第9話「ソロモンの神殿」④
テンプル騎士団における総長の命令は絶対で、修道士は総長に絶対服従しなければなりません。例えば総長の許可が無ければ、全ての修道士は本部を出てエルサレムの市街地に行く事すら許されていないのです。権限の行使には、諮問会議の協力が必要ですが、この総長の権限の強さには、騎士団の根本精神の一つ、服従が強く現れています。そんな総長の使命とは、"手に杖と鞭を持って、正しい者への愛によって権力を行使する"事だそうです。果たして、今回ご主人様は、杖で助けられるのか、鞭で打たれるのか……
ドアをノックし、総長室に入るご主人様。各地から寄進された財産の運用により、莫大な富を持ちつつあるテンプル騎士団。その2代目総長であるロベール・ド・クラン様の部屋にしては、室内には調度品は全くと言って良いほど無く、あるのは椅子とテーブルに長持ちだけ。これまた騎士団の根本精神の一つ、清貧を体現した部屋と言えます。
「修道士レードよ、呼ばれた理由は分かっているな」
「はい、鞭で打たれる覚悟はとっくに出来てます」
臆面も無く答えるご主人様に、総長ロベール様はやれやれと言う感じです。
「そなたが初代総長ユーグ様を助け、共にこの騎士団を創設した9人の騎士の内の1人だと言うのは、今や知っているのは私やハットー司祭だけだ。今回もなんとか軽い罰で済んだが、次もこういくとは限らんぞ」
やはり金曜日の大斎と言う軽い罰で済んだのは、ご主人様の秘密のお陰のようです。秘密とはもちろん、心臓の無いご主人様は不老であり、長年生きてきた中で初代総長ユーグ様とも親交があった事です。
「齢を重ねても全く老いないのは、神の祝福か、それとも悪魔の呪いか。それは分からんがとにかく無理はするな。先日もギルバートが呼んだ応援が駆けつけなければ、そなたはとっくにグールの餌食となっていたぞ」
「……承知しました」
グールの大群と死闘を演じ、血塗れ泥塗れの中、駆けつけたギルバート様と応援の修道騎士に従士達。お陰でご主人様は無事助かったのですが……
総長室を出たご主人様は自室に戻り、そこで着ていたリネンのシャツをめくり、胸に広がる黒いアザを眺めてました。ご主人様には心臓を失ったことにより、不老の他にもう一つ秘密を持っているのですが、そればかりは総長ロベール様にも知られるわけにはいかないのです。
中世ヨーロッパの封建社会においては王の権力は必ずしも絶対的ではなく、有力諸侯等が構成する諮問機関の協力が無ければ、権力の行使は難しかったようです。