第66話「ジン」③
ご主人様とシャルロット様が戯れている間に、ついに捕虜達を連れた行商人がテュロスへと出発する時間となりました。果たして襲撃者は現れるのでしょうか。そして襲撃者の正体とは、怪物なのかサラセン人なのか、それとも……
さて車列の編成ですが、前衛を聖ヨハネ騎士団が、真ん中にはヴェネツィアが自前で用意した護衛と捕虜を乗せた馬車、そして後衛が私たちテンプル騎士団が務めることとなりました。
エルサレムを出て、テュロスまでの道のりをひたすら行く一団。それにしても砂漠ばかりの聖地にも関わらず、冬ともなると寒くてしかたありません。毛皮付きの冬用マントが支給されているご主人様が羨ましい限りです。
「どうした?恨めしそうに見て」
「いえ、聖マルティヌス様の事績について考えていただけです」
「あの、寒さに凍える貧者に自らのマントを裂いて与えたと言う聖者か。それがどうかしたか」
「なんでもありません」
ここまで言っても分からないとは、やはりご主人様には心が無いようです。もしくは気づいててわざと知らないふりをしているのか。それはそれで心が無いとしか言いようがありませんが。
なんて事を考えながら街道を進んで行くと、街から遠く離れ、周囲には荒野ばかりが広がる寂しい場所となりました。襲撃にはもってこいの場所ですね……
バリバリバリ!
凄まじい轟音と閃光の後、私達の前方、丁度聖ヨハネ騎士団が務める前衛の方角から、大声と激しく剣が打ち合う音が聞こえてきました。周囲が騒つく中、ご主人様がすぐさま大声で総長に申し出ました。
「総長!私が前衛の様子を見てきます!」
「うむっ、頼むぞ!他の者は商人を囲む円陣を組んで防御態勢を取るのだ!」
慌ただしく動く修道士達。前衛の方からは未だ轟音が鳴り響いています。まさかこの厳重な警戒体制にも関わらず、襲撃してくるなんて……
「ボサッとするな!行くぞっ!」
「はっ、はい!ご主人様!」
流石はご主人様。総長に許可されるや否や、馬を駆り一直線に前衛の方角に飛んでいきます。その途中、襲撃が起きてからまだわずかしか時が経っていないにも関わらず、多くの負傷した聖ヨハネ騎士団の修道士やヴェネツィアが用意した護衛が、ある者は引きずられ、ある者は肩を貸され運ばれて来ていました。
「ご主人様……負傷者の傷ですが……」
「あぁ。肌には火傷、サーコートは燃え、鎧は黒く焦げてる……こりゃ襲撃者は只者じゃないな」
襲撃者は剣や弓矢のようなありふれた武器ではなく、もっと恐ろしい力を持ち合わせているという事実に、身震いがします。
「くそっ、無事でいてくれよな」
しかしご主人様には恐怖など無く、シャルロット様を心配する一心で戦場へと飛び込んで行くのでした。
第一回十字軍に参加し、その後聖地で没するまで年代記を書き続けたシャルトルのフーシェが言うには、東方の冬は西方の冬となんら変わらず、寒く凍え死にそうなものであったそうです。




