第65話「ジン」②
そして、エルサレムに集められた捕虜達をテュロスまで運ぶ行商人の護衛任務当日となりました。テュロスに向かうのは、サラセン人から奪取する際の戦いに協力した褒賞として、市街地の3分の1がヴェネツィアに与えられており商館もあるため、そこで捕虜達の取引をするためだと思われます。
さて、出発の時間までご主人様は剣の手入れ、私は荷物袋を開き、持ち物の最終確認をする事にしました。今回はこれだけ護衛がいるのですから、まさかことを起こそうなんて考える命知らずな襲撃者はいないとは思いますが、準備をしておくに越した事はありません。
「それにしてもご主人様、襲撃者は戦争捕虜や奴隷を運ぶ行商人をあちこちで襲っているそうですが、一体何が目的なんでしょうか?」
「さあな。こんだけおかしい世の中だ、おかしな行動をする奴がいるのはもはや普通の事なのかもな」
「そうですか……」
怪物、呪い、そして奇跡。理屈や道理に合わない事が平気で起こるこの世界、ご主人様の言う通り今更考えても仕方ないので、おかしいのがむしろ普通の事と、受け入れるしかないのかもしれません。
「なーに難しい顔してるの!」
「うおっ!おどかすなシャルロット!」
そんな話をしていると、突然ご主人様の背後からシャルロット様が大きな声を掛けてきました。いつもの黒地に白の十字のサーコートでは無く、赤地に白の十字のサーコートなのは、今回は戦闘任務であるため、聖ヨハネ騎士団の戦時服を身に纏っているからなのでしょう。
「どうせまた任務とか作戦とか言って、綺麗な女を誑かそうと考えてるんでしょ!」
それを聞き周囲の他のテンプル騎士団の修道士がご主人様の方を見ます。どうやら今回の任務、シャルロット様も参加されているようですが、やはり恐れていた事が起きてしまいました。
「やっやめろシャルロット、大きな声で適当な事を言うな!」
「何が適当な事よ、この前の人食い事件の時だってもがっもががが」
慌ててシャルロット様の口を塞ぎ、
「確かに、美人に化けて騎士を何人も食っていたあのグーラーは強敵だったな!いやぁ退治できて良かった良かった」
大声で必死に誤魔化すご主人様。それを見て、それぞれの作業に戻る周囲の面々。ふぅっとため息をつきつつ、シャルロット様の口を塞いでいた手をどかします。
「頼むシャルロット、あまり余計な事は言わないでくれ。総長や参事会にでも報告されたら、今度こそ追放されちまう。俺は今大事な物を探していて、それにはテンプル騎士団の組織力と情報網がどうしても必要なんだ」
「ふぅ〜ん……まぁいいわ、黙っててあげる。これで貸しが一つできたわね。と言ってもこれで何個目の貸しかしら?その内返してよね♪」
「はぁ〜……」
明るい笑顔で言うシャルロット様とは対照的に、これからの事を思ってか、ご主人様は暗い顔で深くため息を吐くのでした。
十字軍国家の主要都市にはヴェネツィアやジェノバなどの商業都市が支配する一画があり、そこは領主の裁判権や租税徴収権も及ばない完全に独立した場所でした。




