第60話「グーラー」⑨
ジャン卿と女のお取り込みの真っ最中に飛び込んでしまい、追い出されるように部屋の外で待たされる事になったご主人様とシャルロット様。ご主人様は平然とされていますが、シャルロット様はどこか落ち着かない様子で腕を組みながら指を遊ばしていますが、その顔は真っ赤です。
「落ち着けシャルロット。まだあの女がグーラーじゃないと決まった訳じゃない」
「落ち着け!?私は落ち着いてるわよ!大体あんなの見せつけて……」
「どうぞ、入りたまえ」
シャルロット様の叫びとも怒声とも取れる声を遮り、部屋の中のジャン卿から声がかかりました。扉を開け入室するご主人様とシャルロット様。シャルロット様はまだ頭から湯気が出ているようです。
部屋の中には、すっかり普段着に着替えたジャン卿と例の女がいましたが、その素顔は、妖艶と言うか、凛としたシャルロット様とはまた違った方向に振り切った美人です。これほどまでとは驚きました。
「何鼻の下伸ばして見とれてるのよ!」
シャルロット様が小声でご主人様を叱りつけます。
「さて、二人は何の用でここに来られたのか説明してもらおうか」
「あぁ、俺たちは例の"人食い事件"を調査しているんだが、被害者が若い騎士ばかりなので、ジャン卿にも注意をと思ってな」
「あの"人食い事件"か……噂は聞いているが、私がそんな女に引っ掛かる訳ないだろ。このアンナと近々結婚するんだからな」
「アンナ……さんはどちらのご出身ですか?」
「私……ですか、私はエデッサに暮らしていたキリスト教徒なのですが、最近ここまで逃れて来たんです……」
妖艶な美しさで満ち満ちている顔と身体つきとは裏腹に、その声はまるでか弱い少女のように力無いものでした。
「エデッサですか。ここ聖地に来られてから具体的にどこで何をしていたか教えていただこう」
「え……」
「いい加減にしないか!いきなり人の館に押し込んで来てアンナに尋問とは無礼だろう!」
困った表情を浮かべるアンナさんを見て、ジャン卿が立ち上がると同時に手に持った剣の柄に手を掛けながら怒り出しました。どうやら相当アンナさんに惚れ込んでいるようです。
「いえ……ジャン様……私は構いません。レード様はお仕事をなさっているのですから」
「いや、これは失礼した。シャルロット、今日はひとまず引き上げよう」
「そうね」
怒り収まらない感じのジャン卿を後にし、引き上げるご主人様とシャルロット様。その背後からアンナさんの声がかかりました。
「私の事でよろしければ、別の機会に詳しくお話ししますよ、レード様……」
それを聞き、一礼するご主人様。しかしシャルロット様は、どこか腑に落ちないという感じの眼差しで、アンナさんを見つめているのでした。
エデッサは元々アルメニア人を中心としたキリスト教徒の国でしたが、ヌール=アッディーンに追放されてから、ユダヤ人やサラセン人を中心とした国になりました。




