第44話「キマイラ」⑤
ジェラルド様に案内され、バグラス城内のとある一室へと来たご主人様と私。そこには一人の男が、包帯に巻かれた姿で床に敷いた藁葺きの布の上に寝かされていました。
「この者がそうだ。ここに運びこまれた時はそれは酷い大怪我で、助かる見込みは無いと思われたのだが……」
確かに傷は胸から手に足と全身に及び、傷の種類も火傷、咬み傷、打撲に裂傷とまさに満身創痍、正直良く助かったなと思う状況です。そんな状況で無理に起き上がろうとして、全身が痛むのか呻き声を上げるその方に手を貸すジェラルド様。
「良き修道士よ、この方はエルサレム総本館から件の怪物退治に来られたレード殿だ。怪物についてそなたの知っている事を神かけて包み隠さずお話せよ」
「承知しました城主ジェラルド様。私の知る事を全てお話しましょう」
「本部から来たレードだ。まずは怪物に襲われながらもご無事でなにより。してその怪物だが、遭遇時の状況を教えてもらおうか」
「あぁ、あれは俺が相棒とエデッサとの国境近くの街道を警備していた時だ。いつものように2人並んで馬で街道を巡回していると、突然大きな影が物陰から飛び出し、あっという間に隣にいた相棒に飛び掛かり、引き倒したんだ。俺は突然の襲撃に驚きながらも、剣を抜いたんだが……あんな生き物、今まで見た事無い。まさに怪物だった」
「と言うと?」
「何というか……上半身が獅子のように力強い身体なんだが、それに比べて下半身はまるで山羊の身体のように下がってて……おまけに尻尾に当たる部分には蛇の頭が付いてやがった」
「なるほど、それは紛う事なく怪物だ。それでどうなされた」
「奴が食らいついて離さない相棒を、何とか助けようと斬りかかったんだが、蛇の頭に咬まれ、山羊の脚に蹴られ、獅子の頭には火の息を浴びせられ……気がついたらここで寝てたって訳だ」
前方には獅子の頭、後方には蛇の頭、おまけに火の息を吐く……とんでもない怪物の話を聞き、思わず冷や汗が出ます。
「補足説明をすると、彼はたまたま通りかかった行商人に助けられ、この城まで運び込まれたのだ。その後、直ぐに現場に我々も駆けつけたのだが、ズタズタに噛み砕かれた鎧とマント、それに乗馬の一部が残るだけで、残念ながらもう一人は見つからなかった」
俯くジェラルド様。恐らくもう一人の修道騎士もその乗馬と運命を共にしたのでしょう。
「この者も、たまたま当地を訪れた聖ヨハネ騎士団のお方の尽力でなんとか一命を取り止めることができたのだが、まさに奇跡と言えよう」
「聖ヨハネ騎士団がこの城に?それは珍しい」
「なんでも、彼女もまたその怪物退治に来たらしいのだが……今となっては彼の命の恩人だ」
「彼女?」
「うむ、女修道騎士だったのだが状況が状況だ、特例により城内に迎え入れたのだ。あまり大声では言えないが、相当の美人だったぞ」
恐ろしい怪物に美しい女修道騎士……この事件、奥が深そうです。
ビザンツ帝国のギリシャ人と十字軍国家のフランク人は、第一回十字軍の頃から仲が悪く、ビザンツ帝国はその頃なされた誓約を根拠に、アンティオキア公国の宗主権を主張して直接争うほどでした。
イスラム教勢力がスンニ派とシーア派とに分かれ一枚岩では無かったように、キリスト教勢力も西方教会と東方教会に分かれ、一枚岩では無かったのです。




