第15話「テコアの戦い」③
総長の下に馬を駆け寄せたご主人様は、馬を降り、兜を外し、そして跪きました。素顔を晒すのは、戦場で目上の者に近づく際の礼儀です。
「総長!敵は算を乱して逃げています!今は追撃して一人でも多く打ち取るのが先決かと!」
あの心の無いご主人様にしては珍しく語気も強めで、その姿はどこか焦っているようにも見えます。
「控えろレード!貴様ごときが総長に意見するとはどういうつもりだ!」
早速、被服長官ピエール様の怒声が飛びます。
「ロベール様、ここは守りを固めて後続の部隊を待つのが適当かと」
従軍司祭として隊と共にあったハットー司祭様もご主人様の意見には反対のようです。
「うむ……今夜はここに陣を張り、後続の到着を待つ事にするとしよう。修道士方よ、神のみ名により野営せよ!」
「しかし総長……!」
なおも話を通そうとするご主人様。いけません、このままではまたピエール様に総長の命令違反の廉で訴えられてしまいます。
「ご主人様、気持ちは分かりますがここは一旦引くべきかと……」
「くそっ、サラセン人の中でもトルコ人の行動の速さを知らないから、こんな悠長な事を言ってられるんだ」
この聖地で長い時を過ごしてきたご主人様は敵の戦法にも詳しいのですが、ここで追放でもされたら元も子もありません。
結局この日はテコアの街で野営をする事になりましたが、テンプル騎士団の野営の決まりとして野営地には礼拝所と輜重隊、そして軍司令長官が入らない限り他の修道士は入ってはならない事になっています。それらより先に入れるのは唯一総長だけとなっています。
野営地の設営を待つ間、ご主人様の所にギルバート様が小声で話しかけてきました。
「あそこまで総長に楯突くとはレードらしくないな。参事会の後こってり絞られたのか?」
実はご主人様は総長とは昵懇の間柄なのですが、それを知る者はテンプル騎士団内では少ないのです。
「そんなんじゃない。ギルバートは逆らってみたくないのか、死の予兆に」
ご主人様にしては必死になっていたのは、ギルバート様や他の修道士達の死の運命を何とか回避したかったからなのかもしれません。
「俺もバンシーを見たときは正直慌てたが、今となっては何故あれが一族の危機の前に現れるのか理由が分かった気がするぜ。騎士らしい死のために準備しろって警告するためなんだってな」
ギルバート様はもう覚悟を決められているようです。この戦を前に、納得したような顔をしていたのはそのためだったのでしょう。
「まっ!そう簡単には負けも死にもしないつもりだがな!」
そう言うと大笑いするギルバート様。ピエール様に怒られている彼を見て、ご主人様はどこか悲しい顔をしていました。
イスラム教勢力の使用するアラブ馬は十字軍の使用する馬に比べて積載量には劣りますが機動力に優れ、それを生かした機動戦に十字軍の騎士達は苦しめられたそうです。




