第12話「泣く女」③
その女は黒い衣に灰色の上着、両手で覆われた青白い顔は黒いベールで隠れながらも、その指の隙間から見える目はベール越しにも分かるほど、真っ赤に燃えるように爛々と輝いておりました。そして、耳をつんざくような泣き叫ぶ声。どうやら死にゆく人を悲しむ言葉を発しているようですが、その大音量にただただ耳を塞ぐばかりです。
「まさか俺の前にも出るとはな……」
そう言うとご主人様は、腰の剣帯から吊り下がる柄に手を掛け、ゆっくりと剣を引き抜きました。
「聖別してないが人か人外か、正体を暴くくらいは出来るだろう」
そう呟くと、一歩、また一歩とゆっくりその女に近づき、剣を大上段に構え、今まさに振りかぶろうとした瞬間……何と女が泣き止み、ゆっくりと顔を覆っていた手をどかしました。こちらに振り向いたその顔には、なんと笑みが浮かんでいます。
さしものご主人様も驚いたのか、それとも美女の微笑みにたじろいだのか、一瞬動きが止まったその間に、その"泣いていた女"は、すぅっと姿を消してしまいました。やはり怪物か悪霊であったのは間違いないようですが、肝心のご主人様は、立ち尽くしたままです。
「ご主人様!すぐに辺りを捜索しましょう!」
なおも動かないご主人様。
「ご主人様!」
マントを引っ張り催促したところ、ようやく我に帰ったらしく、剣を鞘に収めました。
「俺を見て笑いやがった……死の予兆として現れ、死にゆく者を嘆き悲しむ女が笑いやがった……」
「どうやら俺はまた死ねず、死よりも苦しい呪
いから解放される事も無いってわけか……」
自らの胸元のサーコートを力強く掴む手とは対照的に、弱々しいその言葉には、ご主人様には珍しく感情がこもっていました。絶望、もしくは諦めという感情ですが。
その後、本部のソロモンの神殿に戻った私達は、日が暮れて夜が来て合図の鐘が鳴ったため、本日最後の聖務日課、晩課に参加しましたが、お祈りの後、総長から伝えられたのは、近々実施されるサラセン人が占領するテコアの街の攻撃に、テンプル騎士団も参加すると言う事でした。初めての聖地での大々的な戦闘への参加と聞き、昼間の事を思い出しギルバート様の方を見ると、何か妙に納得したような顔をしていました。
バンシー
浅瀬の濯ぐ女やベン・シー、ベン・ニーアとも呼ばれる、アイルランドやスコットランドの死を予告する女の精霊。特にマックやオで始まる姓の一族に取り付き、家族の死を知らせるために姿を現す。その姿は美人であるとも、醜い姿とも言われるそうです。




