第5話 VSアレス
ここは都市フレイと都市フレイヤと境界線、今ここにはフレイの総力軍約六千人が集っている、そこに急遽として張られたテントの中で、僕たちは最後の作戦会議をしていた。
『よし、最後の確認だ』
先輩が先導を切り、最後の作戦内容の確認をする。
『まずだが、敵の数は約千人、全員守備体制をとっている、んでその奥にアレスが構えてやがるんだな?』
『ええ、私たちの今までの経験だとそうなります、そして今回もその通りかと』
『まぁ、あっちとしちゃぁ時間だけ稼いじゃえば、あとはアレスがどうにかしてくれるもんね〜』
『っつう訳で、今回は今まで使えなかった戦法を取ろうって訳だな、んじゃぁ後はミネルヴァ、よろしく〜』
『相変わらず、全くもって適当なやつだ、まあいいが』
ミネルヴァさんは呆れながらも、なぜかどこか嬉しそうだ。
『それでは、作戦の方を話して行く、まず以前の作戦の失敗の原因としてはだが』
『敵の主力にして敗北の原因であるアレスを叩かなかったことですね』
「ちなみにですが、なぜ今までそれをしてこなかったんですか?」
『当時、アレスに敵うものがいなかったこと、そして敵が守備に転じていて、なかなかアレスまでたどり着けなかったこと、この二つが主な原因です』
『私たち二人の能力は戦闘向きじゃないからね〜』
『そこで、今回はその二つの要素を取り除く形になる作戦です』
と言った後、ミネルヴァさんは大きな地図を広げた、そこにはこの境界線の全体図があり、僕たちと敵の戦力図もある。
『まず一つ目として、アレスへの対抗策ですが、これはJOKER君とヘラクレスが引き受ける、ということで良いですね?』
『おう!! 任せとけ』
「了解しています」
『この二人がアレスの相手をします、次に二つ目の原因である、敵の守りですが、これは私が崩します』
『うちらの出番は〜?』
『それについても今から詳しく説明します』
そう言ってミネルヴァさんは、地図に指をさし、動かしながら説明を続ける。
『まず私が数人の兵を連れて出て行き、敵の防衛軍と戦いながら、JOKER君とヘラクレスが通る道を作ります、その後は控えに用意するもう一つの軍と入れ替わりで、敵防衛軍と戦うことになります』
『つまり私たちの出番は、後方に下がってきた兵士の方々の治療、ということでしょうか?』
『そういうことだ、二人の持つ回復能力は今回において重要な役割だ、そのぶん今回の戦いではずっと能力を使いっぱなしになってしまうことになる、その点は大丈夫か?』
『申し分ないです、むしろ今まで役に立ててなかったぶん大歓迎です』
『ちぇ、今回も楽できると思ったのにな〜』
『あなたはもう少し働きなさい』
セレスさんとヴィーナスさん、こうして見ると姉妹みたいだな、と考えていたら、ミネルヴァさんがこちらに視線を向けてきた。
『JOKER君、そしてヘラクレス』
「なんですか?」
『今回の戦いは短期決戦だ、どれだけ早くアレスを対処できるかがカギとなってくる、無理な頼みとなるのは承知の上だが、できる限り早く済ませてくれ』
『任せとけ! 俺に敗北の二文字はねぇ』
『いや、頼りにしているのはJOKER君の能力なんだが』
『、、、』
先輩は露骨に残念そうな顔をしていた、かつてないほどに。
『冗談だ、お前も頼りにしているぞ』
『!! やっぱりな、んじゃぁ俺も頑張っちゃおうかな〜』
うちの先輩がちょろすぎる件について。
「はぁ、はぁ、、、」
数時間後、僕たちは走っていた、すでに戦いは始まっており、後方ではミネルヴァさんたちが敵を引きつけてくれている、その後ろではセレスさんとヴィーナスさんが負傷兵の治療を行なっている、そして僕たちはと言うと。
『おい!! 、、、いたぞ』
先輩はそう言って、足を止めた、そしてその視線の先には一人の男が立っていた。
『ん? ほう、どうやら客人が来たようだな』
『久しいな、アレス』
『ふん、ヘラクレスか、裏切り者が今更何の用だ?』
『裏切り者とは、随分とひどいことを言ってくれる』
『自国を捨て、他の国に移るわけでもなく、ただただ国境にそびえ立つ奇怪な建物に住み着いた、愚かな逃亡兵のことなど、これ以上になんの呼び方がある』
「なっ、何もそこまでひどい言い方をしなくたっていいじゃないですか、あなたは先輩の仲間だったんでしょう?」
『いいんだ、JOKER』
「でも、、、!」
僕はそう言いかけた時、ふと先輩を見て、そのあまりに悲壮感漂うその気迫に僕はすぐ悟った、この人は今、自分が元の仲間に罵られることに怒りを表しながらも、その怒りを押し殺し、今はこの人を打ち倒し、勝利をもたらさんとしていることを。
『で、どうした、俺を倒しに来たんだろう?』
『JOKER』
「はい、わかってます」
僕の決意は決まっていた。
「アレスさん」
先輩の気持ちに報いるために。
「あなたを」
この人を。
「倒します!!!」
僕は一目散に駆け出した、僕の能力によって精製した鎌を持って容赦無く斬りかかる、アレスさんの直前に来たところで僕は一直線に鎌を振り下ろす。
『ふん』
しかし、アレスさんは左手に持った槍でそれを難なく受け止める、その後すぐに右手に持った槍で僕の体を狙う、その時僕の左脇から高速で黒い影が迫る。
『ドォォォォォォリャアアアア』
『!?』
先輩がアレスさんの右側を狙い、その大きい剣を振り上げる。
『ぐっ!!』
アレスさんは僕を狙い突き出した槍を一瞬で引き戻し、先輩の攻撃をなんとかガードする。
「甘いです!」
僕はアレスさんの槍を支点として自分の鎌を引っ張り、その遠心力で高く飛び上がった。
「そぉりゃ!」
その後、僕は空中で半回転し、そのまま再び鎌を振り下ろす。
『やるな、、、だが』
『うおっ!!』
アレスさんは力任せに先輩を振りほどく。
『まだ、、、甘いな』
そしてすぐさま振り返り、槍で僕の攻撃を受ける。
「なっ!?」
『ふんっ!!』
その後、僕の鎌を振り払い、僕に向かって突撃してくる。
『受けてみろ!!』
「いいえ、かわします」
僕はアレスさんの一撃をすんでのところで身をそらしかわす。
『ほう、なかなかやるな』
しかし、アレスさんは攻撃の手を緩めることなく、僕に連続で攻撃する。
「くっ……!」
僕はそれを次々と受け流していく。
『だが、守るだけでは、、、』
アレスさんが右手の槍に力を込め、一気に突き出す。
『勝てん!!』
「なっ!?」
その一撃で僕は体勢を崩されてしまう。
『終わりだぁ!!』
アレスさんが僕にとどめの一撃を放つ。
『させるかよぉ!!』
すんでのところで先輩が駆けつけ攻撃をはじく。
『くっ、また貴様か!』
『悪りぃな、俺の後輩に出だしはさせねぇぜ!』
先輩はアレスさんの攻撃を簡単に受け流す。
『JOKER、ここは俺が引き受ける、下がってろ』
「はいっ!」
僕は先輩の言う通りに下がって体勢を立て直す。
『さてと、いっちょやろうぜ!』
『ふん、貴様ごときには負けん!』
向こうでは先輩とアレスさんが戦っている。
「さてと、、、そろそろか」
僕は戦いに終止符を打つべく準備をする。
『、、、どうした? 守っているだけでは勝てんぞ』
『いや、、、勝つだけなら、、、簡単さ』
『何を言ってやがる?』
「先輩!!」
僕は大きな声で、呼びかける。
『どうした、JOKER?』
「たった今、前線で戦っている皆さんから連絡があって、ゼウス王が数万の兵を引き連れて、こちらへ加勢に向かっているって」
『マジか!!』
『なんだと!?』
僕がそう言った瞬間、二人の表情が一転してさっきまでとは逆になった。
『くっ、、、仕方ない』
アレスさんは先輩から離れ、手を上に掲げる。
『我が能力"Ares"よ、今こそ神の名の下に此度の戦に、、、』
『無謀な抵抗はよせ、アレス』
『、、、っ』
『ゼウス王の力の前では貴様の能力も無意味、諦めろ』
「おとなしく、降参してください」
『、、、』
アレスさんは黙ったまま、しかしその風貌から、もう戦意はないように見えた。
『仕方ない、、、か』
アレスさんは武器をしまい、手を挙げた。
『よっしゃ! JOKER、拘束だ』
「はい! 先輩」
僕は目にも留まらぬ速さでアレスさんを拘束した。
『、、、』
『よし! JOKER、信号弾だ』
「はい! 先輩」
僕は颯爽と勝利を告げる信号弾を打ち上げた。
ー戦場ー
『なっ、なんだあれは!?』
『敵の信号弾!? まっ、まさか』
『馬鹿な! アレス様が負けただと』
『お〜、動揺してる〜』
『どうやら、やってくれたみたいですね』
『そのようだな、さて、、、おい、貴様ら!!!』
『!?』
『貴様らの大将、アレスは敗北した、これでもまだ戦いを続けるか!!』
『アレス様がやられたんじゃあ勝ち目がねぇ、逃げろぉ!!』
『やーい、逃げろ逃げろ』
『まさか、本当に勝てるとは思いませんでした』
『あぁ、、、ふっ』
(やってくれたな、JOKER君、ヘラクレス)
『さぁ、敵の陣形は崩れた、一気に畳み掛けるぞ!!』
ーJOKER達ー
『っっっっっしゃあああああああああ!!!』
「やりましたね、先輩!」
『おうよ!!』
向こう側からは、前線からここまで逃げてくる敵兵達と、それを追いかける味方の兵士たちが見える。
『、、、完敗だ』
さっきまで静かだったアレスさんがようやく声をあげた。
『さぁ、ヤるといい』
アレスさんは首を差し出す、先輩は近づいて。
『ばぁか、そう簡単に殺してたまるかよ』
『何?』
『俺は逃亡兵かもしれんが、お前はこの国の名誉ある騎士だ』
先輩は座り込んでいるアレスさんと目線を同じにする。
『お前が死んだら、誰がこの国の戦を勝利へと誘うんだ?』
『!?』
アレスさんは目を大きくして驚く、その瞳は先ほどまで逃亡者と卑下していた男にかけられた情けをかみしめるような、それでいてかつての盟友にかけられた言葉に含まれた期待という意味を心に深く刻み込むような、そんな複雑な心情を孕みながらもしっかりと輝いていた。
『、、、負けたよ』
アレスさんはまたポツリと呟いた。
『戦士としても、人としてもな』
後方から来る敵兵達は、座り込むアレスさんを見て戦意を完全に喪失したのか、座り込んだり、手足をつき嘆くものもいた。
『ヘラクレス!!』
『おぉ、ミネルヴァ』
ミネルヴァさんとヴィーナスさん、それにセレスさんがヴィーナスさんに背負われながらやってきた。
『どぉよ、見事に勝利してやったぜ!!』
『あぁ、本当によくやってくれた』
ミネルヴァさんは心底嬉しそうな笑みを浮かべている。
『ふぃ〜、疲れた疲れた〜』
『みなさん本当にお疲れ様でした』
『JOKER君もありがとう、今回の勝利は間違いなく君のおかげだ』
「いえいえ、僕は自分にできることをしただけです」
戦いに勝つ、初めての経験だったが、その経験は間違えなく僕の中に深い思い出として刻まれていた。
『さてと、、、』
先輩がアレスさんに近づく。
『ついでだ、ヘラ王女の元へ案内してもらうぜ』
『ふっ、構わん』
アレスさんは笑顔でいる、もう二人の間に壁は見えなかった。
こうして、初めての戦い、アレスさんとの戦いは幕を閉じた。