008「訳あり妻の居候 魔法使いのレシピ」
「チキンとコーンスープ、チキンとコーンスープ」
黒猫のシャルルはソファーに寝転がりながらそんなことを呟いていた。
レオンはキッチンの暖炉の前で突っ立っている。
黒いフードを被ったどでかい人が、怪しげな鍋の前で立っている景色は異様だった。フードの中から先に赤い宝石がついた杖を取り出し、暖炉に向ける。暖炉にくべられた木材に火花が散り、炎が引火した。
その姿は「魔法使い」と言うよりは、まさに街の人が言う通り「魔女」。
レオンは戸棚を開けると手のひらサイズの小さな四角い缶の中を両手で開ける。中から個包装された小さな四角い何かを取り出すとそれを半分に割った。
暖炉置いたお鍋には沸騰したお湯が入っていて、乾燥したキノコと縮れたほうれん草、干し肉の欠片を入れる。木ヘラでぐるぐるとかき混ぜた後、先ほどの固形物をポロンと落とす。搾れたてのミルクも少し注いだ。そしてまた、ぐるぐると大きくかき混ぜる。
火が強かったのか、沸騰したお湯がぶくぶくと鍋から吹き零れた。
火が弱まった後、暖炉の側に置いてある、火消し棒を使って消化する。
食器棚から適当な器を取り出して、適当に盛り付ける。ランゼリゼは、目の前のいかにもおいしくなさそうなスープを見つめていた。すると、最後のだめ押しにシャルルが毒を吐く。
「うわっ、まずそ~~」
レオンは黒いフードを被ったままテーブルの椅子に腰掛け、スプーンでスープを飲んだ。続いて、ランゼリゼが少しだけ味見をする。
「あっ、美味しい!!」
レオンは頷いた。テーブルの上に盛り付けてあった一口サイズのパンにスープを付けて食べる。
「少しほろ苦いけど、とても美味しいわ。シャルルちゃん? とても美味しいですよ?」
ランゼリゼはシャルルの方を見た。
しかし、猫には人間の食べ物はキツイようだ。鼻で匂いを嗅ぐと、そっぽを向けて、ふて寝をしてしまった。
「シャルルには別で用意してありますから」
レオンは干し肉の切れ端とミルクを温めたものが入った器をシャルルの前に置いた。
「小魚つきです」
シャルルはスープを冷ましながら、小さな舌を使ってミルクを飲む。器に盛られた小魚も噛み砕きながら美味しそうに食べていた。
ランゼリゼは皆のお皿が空になったことを確かめると、車椅子を引いてお皿を流し台へと運ぶ。
「ランゼリゼさん、あなたはお客さんですから休んで貰って結構です」
「いいえ、私にも出来ることを手伝わせてください」
ランゼリゼは青の宝石がついた蛇口に触れようとする。しかし、何度か捻っても水はでない。すかさず、レオンはランゼリゼの手のひらに自分の片手を添えた。
「これも魔法道具の一つだから」
レオンの手の内側から暖かな光を感じる。
すると蛇口から水が流れた。
「魔力を持たない者には残念ながら使えないのです」
ランゼリゼは、少しだけ落ち込んだ。
「ならば、ランゼリゼさん、お皿を拭いてくださいませんか?」
ランゼリゼに笑みがこぼれた。
お皿を拭きながら、ランゼリゼはキッチンを観察していた。よくよく見ると、木ヘラにも、木のお玉にも、包丁にだって小さな宝石が付いている。
ならばこれらも「魔法」で調理するのだろうかと。
先ほどレオンが取り出した棚には沢山の缶や小瓶が並べられていた。どれもまめにラベルがついてある。「人参の根」、「大根の葉」、「ニンニクの茎」まるで調味料や香辛料の宝庫だった。
「……気になりますか?」
ランゼリゼの視線に気付き、レオンは声をかける。
「はい」
ランゼリゼは素直に答えた。
レオンが引き出しを開けると様々な茶葉や紅茶の葉が缶に詰められていた。「ミント」や「ハーブ」、中には貴重な角砂糖まで常備されている。
「僕は本来は料理が下手くそなんですけど、この魔法具があると人並みには料理が作れるようになるのです。
でも、料理上手の継母がレシピを送ってくれるのですが、それがどうにも僕には難しくて……」
ランゼリゼは目をきらきらと輝かせていた。