007「禁断の妻」
その一瞬で現実へと引き戻される。
「妻は旦那の元へ帰る」それはごく自然なことだ。だが、ランゼリゼは「未亡人の妻」の事実を隠していた。しかも、旦那と過ごしたおうちはもう……すでに……。
廊下の窓から太陽の光が射し込み、ステンドグラスの子花柄が影となって写し出される。ランゼリゼは車椅子を押されながら、フラッシュバックを起こした。
「この光景……どこかで……?」
古びた長い長い廊下から扉を開けて、部屋へと入る。鼻を擽るラベンダーの香り。金色の糸で刺繍がされた赤い絨毯。窓際の赤いソファー。古びてはいるが年期の入った猫足のテーブル。
ラベンダーの香りは窓から吹く風に乗せられてふんわりと薫る。
「私……この部屋を知っているような気がする……」
ランゼリゼが窓の外を見つめたまま固まっていたので、レオンは頭を傾げた。後ろから黒猫のシャルルがトコトコと付いて来た。
「レオンーー……可愛いからって、知らないうちにナンパして連れ込んだことあるんじゃないの?」
レオンは遠くの空を見ていた。
「もうすぐ雨が降る。何か良い辛い理由があるなら聞かないでおくけれども。‥‥他に今日泊まる宿はあるのか?」
「奥さんに変なことしないでよ~~?」
こればかりは、レオンはキッとシャルルのことを睨み付けた。
「レオン様」
「……はい?」
ランゼリゼはぱっちり二重の大きな瞳でレオンの姿を見つめた。
「私の足が治るまでここに置いてくださいませんか?」
「そっ、それは……いけない。あなたは人妻で、旦那がいる身。しゃべる猫が側にいるとは言え、旦那に申し訳ないよ」
ランゼリゼは笑った。
「それでは旦那から連絡が来るまでて構いませんわ。私、この場所をなんだか凄く気に入ってしまいましたの。少しの間だけで良い、少しだけここのステンドグラスから外を眺めていたい。決してあなた様方のご迷惑になるようなことはいたしませんし、後程心ばかりのお礼はさせていただきます」
レオンはその真っ直ぐな瞳に深く追求は出来なかった。頭の四隅では「新婚さながら家出」とか「家庭内事情が上手くいっていない新婚夫婦」だとか、頭の中でぐるぐると思考を巡らせていた。
童貞ゆえに多少邪悪な気持ちがあったこともいささか否定はできない。
「……わかりました」
レオンは彼女の押しに負けて、「人妻の居候」を許してしまったのだ。