005「禁断の妻」
最初に立ち上がったのは黒猫のシャルルだった。シャルルはドア付近の椅子に軽々と飛び乗ると、部屋の灯りをつけようとする。それに気づいたレオンは慌ててシャルルの可愛らしい手をきゅっと掴んで抱き上げた。
「だめだよ、シャルル。僕の正体を見たら、花嫁は怖がって逃げてしまう」
レオンはそっと呟いた。
床につくくらい長い長いローブを翻して、レオンはランゼリゼを見て言った。
「僕の名前はレオン・スカーレット。決して怪しい者ではない。どうか、怖がらずに、僕の方を向いてくれないだろうか」
ランゼリゼはうつむきながら両手をぎゅっと握りしめ、小刻みに体を震わせていた。
「怪しまないでくれって言ってもね。この状況じゃ、信憑性が全くないよね」
シャルルは冷めた目付きでレオンを見る。
それもそうだろう。蝋燭の灯りだけの真っ暗な部屋に不気味な魔方陣。そして、なぜだか召還されてしまった花のように可愛らしい女性。震える女性の目の前には、頭から足先まで真っ黒なローブに身を包んだ怪しい人影が。唯一ローブの隙間から口元が見える。剛毛な髭が生えていないことだけが唯一の救いだろう。真っ白な長い髭が生えたしわしわの老いぼれ爺、もしくはいかにも手入れされていない伸ばしきった髭面の強面の男に監禁された挙げ句「花嫁候補」だなんて、そんな物語はごめんだ。
ランゼリゼはか細く小さな声でたずねた。
「……どうして花嫁を探しておられるのですか?」
「……」
それは長年のコンプレックスを抱えた彼にとっては目を背けたくなるような質問だった。
レオンがぐっと固く口を閉じたので、抱かれていたシャルルがよっこらせと身を乗りだし、レオンの肩に乗って、変わりに話し出した。
「レオンは結婚適齢期をとうに過ぎているのに、恋人は愚か、女性にすらまともに触れたことがない超奥手なんだ。可愛らしい君には全く理解不能な方法だとは思うけどね。自分がすること全てが見事裏目に出るような不器用な彼は、最終手段を使って、強引にも、いや……それが例え非合法的な手段だとしても。魔法で自分好みの花嫁を探しだしたんだ」
ランゼリゼは目を丸くしている。
「……まさか、こんなチート的な手段が本当に成功するだなんて思っていなかったから、今、一番動揺して手に汗握っているのは彼なんてーー……あ、あいたたた……!! 喋りすぎたのは分かったから、オレの立派な髭を引っ張るのは止めてくれ!!!」
二人のやり取りを見て最初はただポカーンと口を開けていたランゼリゼだが、自分の置かれている状況を段々と理解出来たのか、周りをキョロキョロと見渡す。そして、これが犯罪に巻き込まれた……いや、自分に起きている事実だと分かり、彼女は超最悪の状況から少しでも明るい希望を見出だせようと解決の糸口を探った。
「……レオン様のお姿は見せていただけないのでしょうか?」
だが、その質問はすぐに止められた。
「レオンは極度の人見知りでね。いつもこうなんだ」
黒猫のシャルルの言葉に、レオンはそっぽを向いてしまった。ランゼリゼはめげなかった。
「先程も言いました通り、私には心に決めた大切な人がいます。いきなり花嫁候補と連れてこられましても、彼からの永遠の愛を裏切るつもりはありません。そろそろ解放させていただけませんでしょうか……?」
ならん、それだけはならないと心の中でレオンは彼女を止めたかったが、ランゼリゼは立ち上がろうとした。しかし、なぜだか、足に力が入らない。それどころか、腰を少しだけ上げた時、上手く力が入らずに濡れた地面に足を滑らせて転んでしまいそうになった。
「あっーー……」