004「禁断の妻」
「……? ……?」
「どうやら、目を覚ましたようですね」
彼女は驚きを隠せないでいた。辺りには円を描くように旧式文字の羅列が散らばる。びくついて思わず指先が触れると、それは赤くドロッとした液体だった。辺りをぐるりと見渡すと、彼女はその中心に座っていて幾重にも星の形が複雑に重なりあった魔方陣だということに気づく。
そして、魔方陣を囲むように置かれた蝋燭。暗闇に蝋が溶けて小さくなった蝋燭の微かな灯りがゆらゆらと不気味に揺れていた。
風もないのに急に蝋燭の炎が左右に揺れて、蝋燭と蝋燭の間から真っ黒いローブの何者かが彼女の方へと歩み寄る。ローブの中から屍みたいな真っ白な手を差し出すと、彼女の折れてしまいそうな程細い首に軽く触れる。
彼女は恐怖で強く目を瞑ってしまった。
「……生きています。成功です」
「せ、成功……?」
するとさらに奥の方から、甲高い声が飛び交って来た。
「魔法召還で自分の花嫁を探し出すなんてどうかしている!!!!」
「はな……よめ……?」
「どこの娘かも分からない。もしかしたら間違ってあの世から死者の魂を呼び起こしてしまったかも知れないんだぞ!?」
「ですから、今、生きているかどうか確認しましたでしょう」
「ええいっ、ならば、私が純潔の乙女かどうか確認してやる!! おい、女!! 首元をさらし出せ!!」
「きゃーーっ!!!!」
突然、走ってきた何者かに勢いよく押し倒された女性の悲鳴が響き渡る。柔らかなふわふわとして腰まで伸びた猫っ毛の柔らかな絹糸のような髪の毛。女性らしく桃肌の丸みをおびた体つき。
何が起きたのか不安できゅっと瞳を閉じ、小さな唇はさくらんぼのように愛らしい。
見た目は少し大人の女性、18歳くらいだろうか。身長は小さめの155センチくらいだと言うのに、大分大人の……こほん。正直に率直な感想を伝えると胸が程好くふっくらとしていて女性としてとても魅力的だった。
彼女を押し倒したのは、黒猫のシャルルだった。
シャルルは彼女の着ていた薄手のネグリジェワンピースの首もとにすんすんと自らの鼻を押し付け匂いを嗅ぐ。ふわふわとした猫毛と長いお髭がさわさわと肌に触り、くすぐったくて女性は驚いたような声をあげた。
「……どうでした?」
後ろで見ていたローブ姿の男、レオンはその光景をまじまじと凝視し助けようとはしなかった。それどころか、自らは女性に触れたことすらないので、心の中では「いいぞ、良くやったシャルル」と声援を送っていた。
「花の蜜のような甘い香りがする」
「……それってどうなんでしょう?」
シャルルはもう一度と、女性に近より、もっともっとと、ぐいぐい押したのだが、それ以上はレオンに阻止された。
「猫の首根っこを掴むのは止めてくれ!! じょ、じょ、冗談だ!!」
顔を真っ赤にした女性は乱れた服を直しながら呟いた。
「乱暴はやめてください。それに私は……。こほん、こほん。私の名前はランゼリゼ・ローズクォーツ。ローズクォーツ家、シュガーレットを夫とする、彼の永遠の妻だからです」
二人は目を丸くしながら彼女の最後の言葉を頭の中で繰り返した。
「彼の永遠の妻」、「妻」、「人妻ですわーー」……ーーと。
童貞の魔法使いはあらぬことか、高嶺の花、それも禁断の人妻に手を出してしまったのであるーー……。