002「いわくつきの魔法使い」
……ギィーー。
古びたお屋敷の重層な玄関の扉が開きます。
魔女と呼ばれた者は暗い部屋の中に足音も立てず静かに消えました。
「部屋の灯りくらいつけたらどうなの? レオン?」
名前を呼ばれた者は長いローブの中から指先だけを出して、暗闇の中から慣れた手つきで灯りを探します。
長い通路を灯籠の灯りのような優しい光が点り、足元には黒猫がくわえていた小包が置かれていました。
ローブ姿の者は少しだけ屈み、猫の頭を軽く撫でようかと素振りを見せましたが、黒猫は地上から彼のスラリと長い足を見上げると不機嫌になり、彼の綺麗な指先を見てはジト目で見つめ、尻尾をピンと伸ばしてさっさと部屋の奥へ歩いて行きました。
「オレが男の匂いが嫌なことぐらい知っていただろう? レオン? ごぼうとじゃがいみたいなゴツゴツした男の相手なんか二度とごめんだね」
下衆な捨て台詞を吐いて。
黒猫は扉を抜けて、絨毯の上を四本の足で軽やかに歩き、猫足のテーブルの周りをくるりと一回転。
カーテンの隙間からほどよく日差しが溢れ込む、窓際の特等席を見つけると、絨毯の上、テーブルの椅子、チェストをトン、トン、トーンと軽々ジャンプして柔らかなクッションを背に丸くなりました。
「今夜は骨付きチキンとコーンスープがいいな」
レオンと呼ばれた者は玄関前で小包を手に取り、静かに立ち上がると、猫の後を追いかけゆっくりと部屋に入って来ました。
テーブルに小包を置き、きゅっと結ばれた麻乾をほどき、英国新聞の包装紙を広げます。
小包の中は小分けされた粉末に唐辛子、干した木の根っこ、乾燥した茸や小魚など沢山の調味料と一通の手紙が入っておりました。
「コーンスープなんて洒落たもの僕は作れないよ」
黒猫は手紙を熟読する男の方に耳をすませ、片耳を立てて、牙をむき出しにしながら煽りました。
「それじゃあ、缶詰のローストビーフで良い」
レオンは手紙を見るや、嬉しそうに黒猫の名前を呼びました。
「シャルル。継母が僕にでも作れそうな新しいレシピを送ってくれた」
その言葉を聞いた黒猫が慌てて飛び上がりました。
「継母の新しいレシピ!?!? そんなのに挑戦するのは止めてくれ!! これまで、何十回……こほん。君の一向に進歩しないドブクソ料理の実験台になったと思っているんだい!? まさか、今日もクソ不味い木の根っこの出汁汁とか言うんじゃなかろうね!?!?」
シャルルは毛並みを針ネズミのように坂撫でて、ふんふんと鼻息を荒くしながらレオンに近づきました。
シャルルの話にレオンは耳を傾けようとはしないので、テーブルから彼の背中に飛び乗り、黒猫は彼の耳元で大きな声で叫びました。
「そんなんだから、20になっても引きこもりで、女性の髪一本触れたことない、童貞になるんだよ!? このクソxxx(自主規制)がーーーー!!!!」
その勢いで彼の顔を隠していた黒いフードがハラリと落ちて、そこから、本来の彼の姿が現れました。