021「再開」
夜空に浮かぶブルームーン。
先程まであれほど霧が立ち込めていたのに、どこかへ消え、満面の星が広がる。ひび割れた窓ガラスからささやかな月の光が注ぎ、朽ちた床板に道標を残す。
元の姿に戻ったランゼリゼはゆっくりとベッドから降りる。足取りはおぼつがず、よろめいてしまうが、それでも、彼女は一歩一歩ゆっくり前に進んだ。旦那様の時計をその場に残して。
『僕が連れて行ってあげるーー……』
道標はランゼリゼの行く先を照らす。ボロボロのすきま風だらけのお屋敷。床板は腐り、剥がれ落ちている場所もある。
思い出がいっぱいつまった場所を離れ、彼女は鼻先でドアを開ける。玄関のドアはもう大分前に壊れていて、軽く押したら開いてしまった。
いつかは、あれほど憧れていた外の世界。
そして、実際出てみたら、残虐な風景が広がっていた世界ーー……。
その時の思い出がフラッシュバックしてきて目眩がした。
真っ暗な暗闇。
微かに唄が聞こえる。
窓から見たときはあれほどきらびやかに見えた丘下の町並み。
夜になると点灯するオレンジ色の街灯。
けど、不思議なことにいくら遠くを見渡しても明かりひとつない。不気味な真っ暗な闇が広がるばかりだった。
そして、いつしか空から降ってきたのは、雨ではなく、雪。
それは、少しずつ静かに降り積もり、この世界の終わりを予言させた。
世界を沈める真っ白な幕が下りる。
唄声も途絶え、ただ、だだ、ただ。
静寂が続くーー……。
気を失ってはいけないーー!!!!
ランゼリゼは頭を左右に振り、立ち直った。
「レオン、どこへ行ってしまったの? 私はまだ、あなたにー
ー……あなたに何も伝えられていないのに……」
草や木が生い茂った森の中を歩く。
便りになるのは満月が照らす月明かりだけ。
「レオンーー……私は、いつしかあなたのことが……」
それでも、最後まで言葉にすることが出来ない。
『ランゼリゼ』
感情は喉まで来ているのに、頭の中を過る声の主が気がかりでごくりと飲み込んだ。
「はい。旦那様ーー……」
旦那様の元奥様はとても美人で綺麗な方だった。花が大好きな方で自ら庭の手入れをしたり、花壇に色とりどりの花を咲かせてみたり、無頓着な旦那様とは逆でお屋敷を綺麗に綺麗に保っていた。
奥様には持病があり、病気療養の為と二人は自然に道溢れた、人里離れた森の高台で暮らしていたのだが、それも長くは続かなかった。
子供がいなかった二人にとってランゼリゼは愛娘同然。奥様が愛した嗜好品はそのまま、ランゼリゼに受け継がれ、独りになった旦那様はランゼリゼを可愛がった。
その時誓った、生涯彼女は彼のものだと。
旦那様に永遠の忠誠を誓うとーー……。
「ランゼリゼは旦那様を愛しておりますーー……」
暖かな想い出の中、ランゼリゼは旦那様に頭を撫でられていた。
『ランゼリゼ、もういいのだよ。
君にも好きな人が出来たんだね。もう、私のことは気にしないでその人と一緒に行っていいんだよ。
私が君を置いていなくなってしまってからも、君は花をくれた。花から種が落ち、そこには沢山の向日葵が咲いた。
だから私は一人ではなかったんだ。それにねーー……』
街を隠していた霧が晴れ、頭上には大きな大きな満月が。
月の光が辺りを照らし、廃墟となった街が現れる。
全ては幻想の幻。
他の街から来た旅人だけが、目を覚ましたーー……。
*
数十年後ーー……。
いつしかこの街に魔法使いがいたという噂も消えた。
街はまた長い年月をかけて復興して、今では災害が起きた場所と分からない程素敵な街並みになっているーー……。
そして、海からは少し離れた場所にある、家族で暮らすに丁度いい敷地のおうちにはかわいらしい赤子の産声が。
とても美人な心優しい奥さんと物静かでもこれまた優しい旦那。そして、ちょっとやんちゃな黒猫。
新婚夫婦はとても仲がよい鴛鴦夫婦でとても幸せに暮らしているとかーー……。




