019「嫉妬」
夕暮れ時、古いお屋敷のドアをノックする音が聞こえた。
中からレオンが慌てた様子で扉を開けて飛び出してきた。
すると、探していたであろう花嫁がずぶ濡れになって、神父に背中に抱えられて眠っていた。
「彼女のおうちはここであっていますでしょうか?」
レオンは無言で神父の背中で眠っているランゼリゼを受けとる。送ってくれた神父のことは玄関に放置して、さっさと部屋の中へ入って行ってしまった。
「ニャー……」
そこへ目付きの悪い黒猫がやって来て神父をじっと見ていた。
レオンはベッドまで彼女を運ぶと、起こさないように、優しく腕の中で抱き締めた。
「ランゼリゼ……」
暫くしてレオンが居間に戻ると、神父がドアの前で礼儀正しく待っていた。テーブルの下からは黒猫のシャルルが出てきて、レオンに訴えかける。
「礼も言わずに申し訳ない。彼女を連れてきてくれてありがとう」
神父は爽やかな笑顔で微笑み、右手を左右に振り「とんでもありません」と謙遜した。
「彼女も無事に送り届けましたので、私はここで……」
神父は深く会釈すると、部屋から出ようとした。
「……彼女はどこにいたのですか?」
レオンは鋭い目付きで神父に尋ねた。
*
ランゼリゼは夢の中で魘されていた。
深い霧の中、遠くで旦那様が呼ぶ声が聞こえて、必死で声が聞こえた場所へ走ろうとする。しかし、自分の片足は鉛のように重く上手く歩くことができない。もがき苦しみ、やっと霧を抜けたと思ったらそこは朽ちた古いお屋敷だった。
どこかで見たことがある。この場所。いくつもの記憶が呼び戻される。旦那様がいなくなってから、ランゼリゼは長い間この場所で過ごしていた。それは、彼という存在が大きかったから忘れてしまっていたのだろうか。
レオンのお屋敷、旦那様と過ごした大切な場所。
ここは本当によく似ているーー……。
「レオン……? いるの……?」
少しだけ開いた鉄格子の隙間から中に入る。全く庭の手入れがされておらず、草木を掻き分けて、侵入する。お屋敷の玄関の扉は固く閉じていて、開くことが出来なかった。
ランゼリゼはそれがいけないことだと分かっていても、彼の名前を叫んでしまった。
「レオン。お願い。助けて……」
その時だった。低く響き渡る恐ろしい地割れのする音が聞こえ、雑木林を殴り倒して水が迫り狂って来た。一、二、三秒。それはあっという間だったと思う。驚いて思いっきり息を吸った後、彼女は水の中に飲み込まれた。
「……た、助けて……!!」
苦しくて苦しくて目が覚めた。
何度も何度も咳払いを繰り返し、息を吸ったり吐いたり。
「ゆ、夢……?」
自分がベッドの上にいるということが分かって、夢だったことを自覚する。
少しだけ開けられた窓の隙間から、いつも通りの綺麗な風景が見える。
彼女が彼の名前を何度も呼んでいたから、心配したレオンが部屋の扉の外で待機していた。維持を切らした、黒猫のシャルルが高くジャンプしてドアノブを開ける。扉に背を預けていた彼はそのまま尻餅をついて中へ入ってしまった。
「ーーすまない。君がどこかへ行くのではないかと心配で、起きるのを待っていたんだ」
レオンは表情を見られないように右手で顔を覆う。
その手は赤く、大分冷えた廊下で待っていてくれたことが伝わった。
……ぽつり、ぽつり、真っ白な布団に雫が落下し、滲む。
黒猫のシャルルは心配そうに彼女に寄り添うと長い尻尾で背中を擦った。
「……ーーっ、っく……ごめんなさい。ごめんなさい……」
彼女は両手で溢れる涙を拭いながら、泣いていた。
「……違うの。痛いとか、そんなんじゃないの」
レオンもランゼリゼの側に寄り添った。
しゃっくりをしながら少女のように大粒の涙を流す彼女にどうしたら良いのか慌てていた。
レオンは自然と黒のフードから顔を出して、顔を塞ぐ両手を優しく握った。
言葉は何も出てこない。ただ、ただ、手を握って彼女の涙が止まるのを待っていた。
「……目を覚ましたら、ここで安心したの。私はずっと暗い場所にいたから……」
レオンは視線を合わせようとしない。
「レオン。私を助けてくれて、ありがとう」
何も知るはずのない彼女の口から思わぬ言葉が出たことに彼は驚いた。レオンはランゼリゼをじっと見つめる。
レオンは不馴れな手つきでそっとランゼリゼを抱き締めたーー……。




