001「いわくつきの魔法使い」
むかし、むかしのお話です。
人里離れた薄暗い森の奥深く、どんよりと暗い空にはカラスが飛び交い、固く閉じた門の奥にとても古いお屋敷がありました。
近隣の街では突然「可憐な乙女」が失踪したり、森の中を黒いローブ姿の老婆が刃物を持ち徘徊しているとか、お屋敷の煙突から黒い煙がもくもくと空を覆い、人の髪の毛が焼けたような酷い悪臭がするとか、そんな噂が流れ、いつしかここは「魔女が住むお屋敷」と呼ばれ、誰もが忌み嫌う場所でした。
ですが、このお屋敷には数ヶ月に一度、遠くの街から小さな小包が届きます。
街の配達員はこの数ヶ月に一度の依頼が来ると「厄日」だと思い言意を決して森に入りました。オープンボディのクラシックカーのハンドルをガタガタと震える手で握る、ごぼうみたいに細い配達員と、口の周りにごわごわとした黒髭をまとった、肉付きの良い小太りのおじさん。おじさんは、もしもの為にと持参した拳銃を片手に持ち、どっしりと構えていました。
「ニャーオン」
すると車が走るずっとずっと先に、スラリとした黒猫がどこからか現れました。
「ニャー、ニャーオン?」
近くまで行ってみると黒猫の瞳は右目がイエロー、左がブルーの輝きを放つオッドアイでした。
二人は目を丸くして苦笑しながら「なんだ猫か」と言い、そのまま通り過ぎようとしました。しかし、その二つの瞳に捕らわれなぜだか身動きが取れません。メデューサに見つめられ石になったかのように二人は硬直してしまいました。
「ニャーオン?」
いつしか猫は二人の目の前に座っていました。
二人はさらに額からダラダラと大量の汗を流しはじめました。
それもそのはず……。
黒猫の背後に大きな大きな古めかしいお屋敷が突然現れたからです。
「ーー!?!?!?」
その隙に猫が細い体で車の中から小包を奪い取り、器用に小包の紐を口に加えて、屋敷の門の方へ走って行きました。
先に金縛りから抜け出せたのは小太りのおじさんで、おじさんは手に持っていた拳銃を構え、猫を音で驚かせようとして引き金を引きました。
パァンーー!! 耳を塞ぎたくなるような弾丸の音が響き渡り、様子を伺っていたカラスが一斉に飛び立ちます。あたり一面に真っ黒い羽根がゆっくりと舞い降り、弾丸が突き抜けた霧の中から真っ黒い影が現れました。黒の幻影をまじまじと見つめると足元から頭先まですっぽりと黒いローブを被った何者かがそこに立っていました。
「魔女!?!?」
二人は口をあんぐりと開けて「これは夢か?」とお互いの頬をつねりましたが、引っ張られた頬が痛くて痛くて「現実である」ことを認識されました。
雨でも降りそうなどんよりとした空に、辺りを飛び交うカラス。舞散る黒い羽根。手に持っていた銃の引き金をいくら引いてもカチカチと音が出るだけで銃弾の中には弾が一つも残っておりませんでした。
困惑した二人は「命だけは許してください」と泣き叫び、街へと逃げるようにこの場をさりました。