014「魔女の使い魔と簡単な取引」
暗闇にぽつりと灯された蝋燭の灯り。車椅子に座ったランゼリゼは蝋が半分溶けて短くなったランプを右手に持つと、足元や回りを照らす。後ろで車椅子を押す、カネスよりも大分背の高い本棚。右や左、交互に照らして見ても、分厚い本がぎっしり詰まった本棚が映し出された。
「こんなに沢山の書物の中から一冊の本を見つけるだなんて無謀です」
ランゼリゼはカネスに尋ねた。
「だから、魔法使いの手を借りたんだろう」
「ならば魔法使いである本人に着いてきて貰えば良かったのに」
取引に寄り、レオンは自宅待機となった訳だが、実は足元に敷いたブランケットの下には黒猫のシャルルが身を隠していた。それだからこそ、大切な花嫁と異性が二人で夜に外出するのを許可したのである。
ランゼリゼの口からは珍しく愚痴が溢れる。暗闇は好きではないからだ。
「俺と深夜のデートは不満かい?」
ランゼリゼは相変わらずむすっとしている。
気温が暖かくなってきたとは言えども、暖房が一切きいていない深夜の書庫は寒い。普段は日没とともに書庫の扉も閉めるのだが、自衛団直々の命令と嘘をつき、管理者に無理を言って一時間だけ解放して貰った。
重層な扉の入り口で南京錠の鍵を片手に眠りこけているのは、茶色いフードを被った中年の男性。胸に閉まった、命令書、報告書さえも偽りなのだけれども。
ランゼリゼは首元まですっぽりと隠れるフェイクファーが襟元に付いた黒のコートの中からレオンから託された小瓶を取り出す。
小瓶の中には緑色の揚羽蝶が羽をばたつかせていた。
小瓶の蓋、コルクを開けて、中にいた一匹の蝶を放つ。
それはふわふわと飛び、目的の書物まで導いてくれた。
蝶はとある一冊の本に止まると一瞬にして姿を消す。
レオンが本を手に取る。しかし、本は特殊な鍵で封鎖されていて開けることが出来ない。
ランゼリゼは首からぶら下げていた禁断の鍵を類い寄せる。それをカネスに渡そうとした。その手が一瞬躊躇したのは、手助けしてしまうという自制心からだろう。彼は自衛団でありながらも嘘つきという本性を見抜いてしまったからだ。
街の秩序を守るはずの自衛団捜査員が住人の個人情報、隠して置きたかった秘密を個人的な理由で暴こうとしている。それも、街には「魔女がいなかった」という嘘の報告書を書いて、提出して。
結果としてそれはレオンを守る嘘なわけだけれど、ランゼリゼは良心が痛んだ。
「それではこの本は自衛団に戻ってから開けようとしますか」
鍵を受け取ったカネスはそれらしい嘘を重ねる。
「ここから本を盗むのですか?」
「人聞きの悪い。盗むだなんて。少しの間、借りるだけだよ」
ランゼリゼは悪い手伝いをしてしまったと後悔し、胸が罪悪感でいっぱいだったーー……。
*
「ーー失望した?」
長い長い石煉瓦で出来た一本道。
カネスは後ろからランゼリゼに問いかける。
「……カネスさん、本当に町を守る自衛団の一員なのですか? だとしたら……私が言うのもなんですが……向いてないです……」
ランゼリゼはうつむき頬を膨らます。
「そうだろうね。俺は、嘘つきだ」
カネスは見た目は立派な女性でも清純過ぎる心の彼女に、じりじりと見つめられ、等の昔に忘れたはずの「良心」を思いだし頬をつねられているようで可笑しくて笑いが止まらなかった。
「いや、俺もただ私利私欲の為に悪いことをしている訳でもないからさ。そんな顔で見つめられたら、君には正直に話さないといけないかな。
ランゼリゼ。君はこの街の真実を知りたくはないかい?」
「真実ーー……?」
家の前の小さな花壇にはスノードロップが咲いている。他にもアイリスやビオラが身を寄せて咲いていた。そろそろ、桜の木の蕾も膨らんできて開化してもいい季節なのに一向に花は咲かない。
スイセンやチューリップの球根が植えられている花壇も随分と静かだ。
「misttown」
「?」
「別名、白昼夢の街 The city of daydream。遠く離れた他の国からはこう呼ばれているのを良く耳にする。それは、霧が深いせいではない。街の入り口にある大きな橋からこの街全体は謎の霧に包まれている。遠くから旅人が訪ねてきては良くこの言葉を残して行くんだ。
時が止まった街。まるで白昼夢を見ているようだとね」
「時が止まっている?」
ランゼリゼはカネスの言葉を繰り返した。




