010「訳あり妻の居候 ショッピング」
レオンのお屋敷から一番近い町は15キロほど離れている。勿論、移動手段は車や馬車なのだが、レオンのお屋敷にはそういうものが一切見当たらなかった。
お庭には倉庫らしき小屋はある。だが、そこは山羊や鶏の飼育所になっていて、奥は畑作りに使う工具だとか収穫した作物や動物の餌が置かれていた。また、どの工具にも小さな宝石が嵌め込まれている。見たところお屋敷にはレオンとシャルルしか住んでいないようだった。大人一人が暮らすのに必要な家畜の数だとしても、一人で世話をするのには限界がある。おそらく、魔法具を使って一瞬のうちに作物を収穫したりするのだろう。
山羊が喉が乾いたと鳴いているとその声に反応して、バケツには山から流れてくる新鮮な水が注がれた。動物がいるのにも関わらず、きつい獣の匂いがしないのも、宝石のついた魔法具が小まめにせっせと掃除をしているからだった。
「便利なものなのね」
ランゼリゼはミュージカルでも見ているような楽しい気分になっていた。その傍らレオンはせっせと準備を進める。
「ランゼリゼさん。準備が整いました。さあ、行きましょう」
ランゼリゼは車椅子で真っ黒なローブ姿のレオンの元へ近づく。日はもう既にどっぷりと暮れていたので、手に持っていたランプの灯りだけが辺りを照らす。
彼が手招きするその先には、地面に魔方陣が書かれていた。そして、暗闇に怪しげに光る黄色の宝石がついた箒。
「まさか……箒で飛ぶのですか?」
ランゼリゼは魔方陣に入ると、その意図を確認する。魔女が箒で飛ぶということは、何度か本で読み得た知識だった。でも、実際に自分が体験することになると思うと凄く恐ろしかった。
「いいえ、飛びません。空を飛ぶのは大層目立つのであまり好きな魔法ではありません。僕が移動手段でよく使うのは、一瞬のうちに姿形をもとある場所から目的地へ移動させる魔法です」
レオンは何やらぶつぶつと呪文を唱えていた。
そして、床からふわっとした風が吹き付け、何処からか、黒猫のシャルルが勢いよく走ってきて、これでもかとばかりにレオンの背中に必死でしがみつく。
「移動先は白昼夢の街 The cityof daydream」
魔方陣が放つ光に包まれる。地面から引力に引っ張られ、肌がピリピリと痛む。その衝撃にランゼリゼは不安になり、レオンの方を見つめた。
箒を握る反対の手でまるで幼子を安心させるかのように、肩を抱いてくれた。
そして、丁度風が下から吹き付け、一瞬だけ彼の深く顔を隠したフードから表情が伺えた。
夜空に浮かぶブルームーン。欠けた月が発光し青く染まる。それは、永く独りで過ごしてきた孤独な狼の心情を表していたーー……。




