プロローグ
真っ白な雪が空から降ってくる。
私の心はいつまでもあの一瞬に捕らわれたまま。
心は冷たく凍り、結晶の中に記憶が閉ざされたまま。
あの夜のこと、忘れることは出来ない。
日の光が明るく、眩しい朝が来ても、枯れた地面から新たな種が芽吹き、力強く根を張っても。
街を一望できる高台にあるお屋敷。誰かが植えたのか。鳥が種を運んできたのか。石婢の周りにはたくさんのひまわりが咲いていた。
ひまわりは真っ赤な夕日に照らされ、一枚一枚葉を落とし、土へと還る。
長い長い冬が来る。
灯りひとつない真っ暗な闇。
いつまでも自分がこの悪夢から解き放たれないのならば。無限に繰り返される記憶から逃れられないのならば。
生きたいと願うことさえ、罪に思えてしまうのならばーー……。
私の魂はあの夜死んでしまったのと同じ。
両手両足を使い、お屋敷の中を自由に歩くことは出来るけれども、一歩たりとも扉の向こうには出れない。
長い間幽閉され、記憶と強い念だけが残った中身は空っぽの器。
確かにずっとここで暮らしたいと願ったけれど。
確かにあの夜、私は「生きたい」と願ってしまったけれど。
このままここで永遠の時を過ごすとしたら、せめて、せめて。
今宵、夢の中では、私が私でいた頃の大好きだった時を夢見させて欲しい。
暖かな部屋に大好きな書物。愛しい旦那様の隣で、お気に入りの本を開けば甘いお伽噺と美味しそうな言葉遊び。
心踊るような素敵な洋服と宝石。真っ赤なリボンと首元には彼の妻の証、すずらんの形をした金のチャーム。
甘い甘い恋のお話の続きを聞かせて。
あなたの隣では世界がきらきらと輝いていて。
未来が希望に満ち溢れていてーー……。
何度、神様に願っても叶うことはなかった。
爪で胸元を引っ掻き、赤く滲んだ十字架の傷を作り「助けて」と願っても、叶うことはなかった。
夜空に浮かぶ「月」に不思議な魔力があるとするならばーー……。何度だって奇跡を祈ろうーー……。
『どうか……どうか。旦那様にもう一度逢わせてください……』
結末は絶望しかない幻想曲でも、何度でも愛しきあなたの側へ寄り添いたい。