第一話「血の色のオーロラ」
今回から少しグロいというほどではありませんがショッキングな描写が入り始めます。
この防護服は動き辛いから嫌いだ。だが壁の外は高濃度の放射線汚染地域で生身で入れば数分しか生存できない危険地域だ。
この地球には現在69ヶ所の核兵器汚染地域がありその汚染濃度によってイエローゾーンとレッドゾーンに区別され隔離されている。この新東京は本州側の外周をイエローゾーンに、外洋方面にある爆心地側をレッドゾーンに囲まれて存在している。
というのも、この新東京はかつての戦争で核兵器によって首都を攻撃されると読んだ政府が設置した避難シェルターの生き残りによって造られている。
想定されていた規模以上の攻撃でシェルターから出ることができなくなった避難者たちが、長年かけて地上で生活できるエリアを作り上げたのだ。
だからこそ、外からの訪問者は決まって核によって変貌した現地生命体がほとんどだった。
「もしかしたら、日本側からの接触かもね?」
エレベーターに乗ったところで明日香が話しかけてきた。
「だとしたら中に外からの人間が入るってことだよな?いろいろ片しといたほうがいいんじゃねえの?」
「とりあえず美弥達が帰ってくるまでには終わるといいねー」
本当にそう願う。今日の夕飯は豪勢なはずだ。よりによってなぜ今日来たのか呪わずにはいられない。
壁の外部に設置されたカタパルト兼非常用避難路に出ると、ちょうど砂煙の向こうから黒い大きな影が近づいているのが見えた。
着陸した機体から出てきたのは俺たちと似たような防護服を着た十数人ほどの政府がよこした使者だった。
先ほどこちらからの送信に返答があり、日本側がイエローゾーン内に居住空間を発見したため調査及び内部にいる生存者との交流のためよこしてきたらしい。
「えー、てことは敵対してくるとかそういうことじゃあないんだな?」
「はい、こちらの意図はそれ以上のものではありません」
そう答えてくるこいつが政府の人間で他は護衛の人間らしい。
「ではこちらは歓迎いたします。壁の内部は安全ですのでここから先は移動して落ち着いてからお聞きします」
後のことは他のやつらに任せて生徒のところに戻れそうだ。大人たちと話し合うことになりそうだし俺たちの仕事はここまでだろう。
そう思って安心しかけ気づいた。携帯端末にまた連絡が入っている。送られてきた文面の一つに頭からすっと血が引くのを感じた。
『巫女たちを何者かが襲撃、多数の死傷者あり。緊急事態、第二世代は急ぎ巫女たちの救援に回れ。日本側との対応はこちらに一任せよ』
俺たちは今朝見た山の中にいる。この山は核兵器による地殻変動によってできたもので、鉛を含めた金属の塊だ。この向こう側にはレッドゾーンが広がり、爆心地の中心にはある施設が残っている。
巫女たちが年に一度この施設に向かわなければならないのは、彼女らがそこで生まれた強化人間であるためだ。
彼女たちは戦時中において核兵器に対抗できる兵器として開発された。身体能力は異常発達し、放射線に対する完全な耐性も持っている。
だがその代償として彼女らに外見的な老化はなく、その身の細胞のヘイフリック限界、分裂の限界回数が異常に短い。施設にある培養器で細胞の書き換えを行わなければ一年と少ししか生きられないのだ。
「智也、美弥達大丈夫かな……」
「わからん、そもそもレッドゾーン内で誰かに襲われるなんて想像してなかったのはあまりにバカだったな」
焦りを感じる。仲間が死ぬのは初めてだった。大人たちが死ぬのは経験したことがある。葬式のあの感じは嫌いだった。あの寂しさは慣れるものではなかった。
だがまだ子供の俺たちの誰かが死ぬなんて思ってもみなかった。大人は老衰で死んでった。誰かに害されるなんて想像したことなかった。
「智也、落ち着いて。死者はわずかって言ってたし……焦ってもしょうがないよ」
「わかってるさ!……はぁ、すまん。だが美弥に連絡が取れない。なぜ巫女を襲ってくるんだ?誰が、何の目的で」
焦りを抑えることが出来ず語気が荒れる。深呼吸を挟んで、だが口から出る言葉は普段の俺らしくないものだった。
話をいったん止める。ようやくトンネルの中間にあるターミナルについた。ここに巫女たちは避難できたらしい。
中に入って最初に気づいたのは鉄臭さだった。生暖かい空気が中を満たしていた。気分が悪くなるのを感じる、嗅ぎ慣れぬこの匂い、何故かはっきりと血の匂いだと分かった。
部屋に入って心臓がはねた。床が赤い、たくさんの巫女が横たわり、その間を無事だった残りが手当てのために動き回っている。
「こっちに輸血急いで!血が出すぎてる。意識レベル低下が止まらない!」
「血止め急いで!欠損は後で修復が効く、ショック抑えて!抗不安薬もっと持ってきて!」
一瞬意識に空白ができた。ショックが大きい、明日香が吐きそうになっているのが見えた。それぐらい凄惨だった。手足がちぎれ、青白い顔で横たわっている多くの顔見知り。これが現実なのか分からなくなりかけた。
「……っ!みんな動け処置に回れ!さっさとたすけるぞ!」
舌を噛み叫ぶ。みんな固まってしまっていた、無理もない。だが急がなければなれない。何のためにここに来たのか思い出させる。
先ほどまでの停滞が嘘のようにみんな動き出す。ここからは忙しすぎて、あまり覚えてはいない。
ようやく全員の処置が終わった。幸いというべきなのか、死者は三人ほどだった。即死が二人、失血性ショックで一人が死んだ。
落ち着いてショックが再び襲ってくる。
「智也、美弥見つかった。こっち……」
明日香が呼びに来た。美弥が見つかったらしい。だがその顔色を見て不安が大きくなる。
「……っ!!」
美弥がいた。だが両足がなかった。また大きなショックに吐き気が襲ってくる。
美弥が何をした。彼女は心優しいただの少女だ、こんな目に合う必要なんてなかったのに。
そっと彼女の手を取る。冷たかったが生きているのを感じた。少し安堵し立ち上がる。今回の事態の詳細を知らなければならない。
「明日香、大人たちから連絡は?」
「まだみたい、使者たちとの話がまだ続いてるのかも……」
「一先ず落ち着かないと。何か腹に入れよう、このまま待っててもしょうがない」
「うん……そうだよね」
食欲がわかないのもわかるがまだ事態は落ち着いてはいない。いつでも動けるようにしておかねばならない。
この日、合衆国が再び侵攻を開始。新連邦への足掛かりとして日本へ軍を送り込んできた。日本政府は防衛網の展開の折、新東京を発見。使者を送る。
襲撃は合衆国の手によるものだった。大人たちは日本との協議の結果協力を約束。戦時下非常役職に子供たちを配属。以後、俺らは日本軍への合流が通達された。
ロッカーから武器を取り出し整備をしながら山を見る。赤いオーロラが揺らめいているのが見えた。みんな何の疑問もなく事態に取り組むわけではない。だが俺たちの常識は当たり前のように子供たちを戦争に駆り立てる。
ふと昔を思い返す。この壁の中で生を受けた俺たちの幼少期を。