プロローグ「オーロラが揺らめく朝に」
2096年、俺たちの世界は大きく変わった。
一昔前、人間は大きな過ちを犯した。食糧危機による世界大戦、温暖な土地を求めて他者を排するため武力をもって争った。
最後は核を用いた自爆行為により幕を閉じたらしい。なんでも地球には50億を超える人間がいたらしい。それでは資源が足りなすぎる、
争ったというのも納得がいく。
それから人間は少しずつ荒れ果てた土地を改良し落ち着いていったらしい。
らしい、というのも俺たちは外の世界を情報でしか知り得ないからだ。ここは日本の新東京。自分たちで名乗ってるだけだが、関東地方に唯一残った人類生存圏だから東京を名乗ってもいいだろう。
俺たちの世界は壁と鉄の山脈に囲まれたここだけだ。
ここで俺たちは生まれ落ち、大人たちから様々なことを学びそれを次の世代に託し、外敵を排除しながら生活している。
外へ行こうとは思わない。外に俺たちの求めるものはないし、そもそも人間に壁の外は危険すぎる。
そんな生活を俺たちは20年ほど過ごした。このままこの生活を続けていくと思っていた。だが大きな変化がこの日起こった。
『2096年8月12日、天気は晴れ、気温18度、爆心地から巫女たちが帰ってくる日だ』
コンソールに日記をつけていた俺は窓に目を移す。一週間ぶりの晴れだ、今日は皆を連れて巫女の迎えに行ってもいいかもしれない。
「智也、起きてる?そろそろ朝食だから降りてきてね」
「おう。あ、明日香、今日は皆で美弥達を迎えに行こうと思うんだけど一緒にどう?」
ドアの向こうから声をかけてきた幼馴染に返事を返しながら着替えを始める。
「あー今日だったっけ帰ってくるの……仕事も少ないし一緒に行こうかな、後で連絡するー」
「りょーかい」
着替えを終わらせ歯を磨きながら携帯端末を覗くと時間も丁度いい、窓を開けてバルコニーに出る。
目の前に広がるのは標高7000mを超える山々だ。その頂上付近でオーロラが赤く揺らめいている。
「今日は凶兆、気を付けよ……」
いつもの日常、変化もないけど平和でいい。遅刻するとみんなが騒ぐしそろそろ降りようか。
「先生ちこくー」
遅れました。あいつ自分の分だけしか朝飯作ってないとか……
「悪かったって……それより課題の回収するぞー」
生徒たちに笑われながら教室に入るのも慣れたものだ。
「先生、今日は巫女の帰還日ですよね、ピクニックですか?」
「ああ、そうするつもりだ。早めに切り上げるつもりだから今日はペース上げるからな」
生徒たちの悲鳴に苦笑しながら課題の回収を終わらせる。やられたらやり返す、それが俺の信条だ。
「ほれほれ、じゃあ授業始めるぞ。コンソール出しとけ」
ディスプレイの電源をつけ授業の準備に取り掛かる。そう、俺の仕事は教師。似合わないとは思うが大人たちの適正評価で割り当てられたからにはそれが俺の仕事だ。
今日も一日、適度に頑張るぞ。
携帯端末が震えている。明日香からの連絡かと思ったが今は仕事中のはずだ。誰からだろうと弁当を脇にどかしメールを確認する。
大人からの緊急連絡だ。珍しい、滅多に送られてこない大人たちからの連絡だ。こういう時は大抵面倒事だから気が重くなる。
内容は壁の外から接近する反応が一つ確認された、とのことだ。第二世代は対応に回り第三世代はシェルターに避難させるよう指示が来ている。ほら、厄介事だ。
壁に接近するものが現れるのは年に二回有るか無いかだ、珍しくはあるが危険性はないだろうし弁当を片付けてから対応に回ろう。そう思って箸に手を伸ばす。
するとまた携帯端末が震える。今度は明日香からだった。
『どうせ弁当優先してるだろうから先に行ってるよ』
「……エスパーかよ」
図星のため顔をしかめながら弁当を掻き込む。さっさと行こう……
生徒たちのことは他の教師が担当してくれるとのことなのでさっさと明日香のほうに合流することにした。
「で、お弁当どうだった?」
「うまかった。で、対象は?」
壁の上で合流するなりこれだ、朝飯のことはどうでもよくなってしまいそうなほどいい笑顔してやがる。
「なんか今回はいつもと様子が違うみたい。熱源探知が効きづらいみたい、レーダーに反応はあるから人工物の可能性があるっぽいよ」
「まじか、外のやつらがちょっかい出してくるとかあるのか?」
「さあねぇ……一応連絡取れないか試してみるみたい」
今日はせっかくの晴れで美弥達が帰ってくるっていうのにこれだ。やはり朝のオーロラは凶兆だったな。
面倒事が好きな奴もいないだろうがとにかく俺は面倒は嫌いなのだ。大きくため息をつきながら壁の外に出る準備に入る。