雨が止むと心も病む
翌日、いつもなら授業がある時間に、全校生徒は体育館に集められていた。
「ったく、急になんだってんだよ。まあ授業がつぶれるのはうれしいけどよ」
俊秀はポケットに手を突っ込み、面倒くさそうにしている。
「一体何が始まるんだろうね」
悠が俊秀にそう言うと、壇上に校長先生が現れた。
「えー、もうすでに知っている生徒もいるかもしれませんが、先日、我が校の生徒である、三年生の清水佳奈さんが亡くなりました。みなさん、どうか黙祷を——」
校長がそう言ったのを聞いて、生徒がざわめきだした。
―佳奈先輩が亡くなったなんて嘘だろ?いや待て、僕よりも俊秀の方がつらいはずだ。大丈夫だろうか—
悠はそう思って俊秀の様子をうかがうと、俊秀は、信じられない、といった様子で固まっている。
「——以上で話を終わります。それではみなさん、各教室に戻ってください」
その言葉を皮切りに、生徒たちはそれぞれの教室へ戻り始めた。しかし、俊秀はまだ固まったままだ。
「俊秀……。俊秀!教室に戻ろう」
呼んでも反応がないので、悠は俊秀の肩を揺らした。すると我に返った俊秀は
「お、おう。わりい。教室に戻ろう」
そう言って歩き出した。
授業が終わると、いつものように四人は集まった。
しかし、四人の空気はいつもと違い、限りなく重く、みんな黙ったままでいる。
その沈黙を最初に破ったのは悠だった。
「今日はもう、帰ろうか」
「う、うん……、そうだね。私は部活あるから、もう行ってくるよ」
そう言って愛菜は行ってしまった。
「私も、帰る」
那琴は立ち上がってそう言うと、荷物をまとめて去っていった。
そうして二人になると、俊秀が口を開いた。
「悪いな、悠……。俺のせいで雰囲気悪くてよ」
「気にするな、そうなるのも無理ないよ。さあ、もう帰ろう」
そう言って教科書などをカバンに詰めていると、女子生徒のうわさ話が聞こえてきた。
「清水さん、このあいだ妙な絵の写真を見たって言ってなかった?」
「あー、言ってたね。『自殺した少女の絵』のことでしょ?ほんとに都市伝説通りになっちゃったねー」
「なにが都市伝説だよ、クソッ……」
そう言ったあと、俊秀は立ち上がった。
「悠、行くか」
「ああ」
二人は静かに教室から立ち去った。
悠と俊秀の二人で駅に向かっていると、悠の従兄弟の真に出会った。ほとんど一年ぶりの再会だ。
「やあ、久しぶりだな悠、俊秀」
思いがけない再開に少し喜んでいるのか、ニヤリと笑みを浮かべて言った。
真は少し気温が高くなってきたにも関わらず、薄手の黒いロングコートを羽織っている。そのコートは、下から黄緑のグラデーションがかかっていて、なんとも不気味な印象を与える。彼の身長は高く、コートからわずかに覗く手足は、病的なほどに細く、白い。
「ああ、真さん、久しぶりっす……」
俊秀は、力なく答えた。
「しばらく会わないうちに元気が無くなっているじゃないか。本来なら久しぶりの再会を祝福したいところだが、どうやらそちらはそういう気分ではないらしいな」
真はいつものように笑みを絶やさず、そう言った。
「ああ、真さん、久しぶりっす……」
「久しぶり、兄さん。本来ならこの再開をもっと喜ぶところなんだけど、ちょっといろいろあってね……」
「ふむ、いろいろか。ひょっとして昨日このあたりで起こった事件と関係してるのか?」
真が冗談まじりにそう言うと、二人は驚いた様子で顔を振り上げる。
「兄さん、知ってたの⁉」
すると真は二人の様子が可笑しかったのか、すこし笑いながら言った。
「いや、適当に言ってみただけなんだが、まさか本当に関係しているとはな。なにやら変死体が見つかったという話だったが、その死体がお前たちの知り合いだったのか?」
—変死体……?死体があったというのは聞いていたが……—
悠がそう思っていると、俊秀がその言葉に食いついた。
「真さん、あの事件についてなにか知ってるんすか⁉どうして佳奈先輩が死ぬ必要があったんすか⁉」
「なにか知っているのか、か。まあ知らないこともないが。変死体と聞いて興味がわいたものでな。軽く調べてみただけだ。聞きたいか?」
真はもったいぶってそう言った。
「はい、聞かせてください!変死体って、どういうことっすか⁉」
「まあいいだろう。まず死体には傷跡が複数あったようだ。頭の周りと手のひらと足、そして脇腹だ」
考えただけで痛々しいが、真は淡々と告げた。
「それって、自殺でも事故でもないっすよね……。誰かに殺されたってことっすよね……」
俊秀は静かに怒りながらぷるぷると震えている。すると真はすべてお見通しだ、といった様子で言った。
「そういうことだな。まあ、犯人はこの世の者とは言い難いがな」
どういうことだろう、そう思って悠はたずねた。
「犯人はこの世の者じゃない?どういうこと?もしかして『自殺した少女の絵』と関係があるの……?」
すると真は眉をわずかに上げて言った。
「都市伝説の話か。その絵の写真が送られてきていたということか。ふむ、知らなかったな。まったく、悪趣味なやつだ」
「なあ、どういうことっすか。犯人知ってるんなら、誰なのか教えてくださいよ!」
「まあ、教えてもいいんだが、それを知ってどうするというんだ?」
「決まってるっすよ……。ぶち殺して仇をとってやる‼」
「俊秀⁉」
悠は、俊秀が目をぎらつかせて物騒なことを言い放ったことに驚き声をかけた。すると真はニヤリと笑って言った。
「そうか、それなら教えてやってもいいが……」
二人はごくりと息を飲む。
「真実を話しても信じてもらえそうにはないのでな。実際に自分たちの目で見るのがいいだろう」
そう言うと真はポケットからスマホを取り出し、何か操作をした。そしてしばらくすると、悠と俊秀のスマホが鳴った。
二人がスマホを確認すると、見知らぬアプリが追加されている。すると悠は眉をひそめてつぶやいた。
「……?なんだ、このアプリ……」
「このアプリ、真さんがなんかしたんすか?」
俊秀は困惑から少し冷静になったのか、さっきよりは落ち着いた声色でたずねた。
すると、真はスマホを自分のポケットに戻して、口を開いた。
「その通りだ。このアプリを使えば、その事件の真犯人がどういう存在か分かるだろう」
そう言うと真は歩き始めた。
「悪いな、あいにく俺はこれから用事があるので失礼させてもらう。そのアプリの使い方はあとで悠にメッセージを入れておく」
「え、分かったよ兄さん。それじゃあまたね」
悠がそう言うと、真は片手を上げ、そのまま去っていった。
「なんだったんだろうな」
あまりにも予想外の展開に、俊秀は混乱している。
「このアプリを使えば犯人が分かるって言ってたけど……。まあ考えるのは、アプリの使い方が分かってからだよね……」
「そうだな……。まあ、とにかくもう帰ろうぜ?」
「うん、そうだね」
そう言って、二人は足を動かし始めた。