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雨は心を沈ませる

 ここ、百合谷高校は都内の高校だ。

 駅から近く、偏差値は中の上で、地元ではそこそこ人気が高い高校だ。

 放課後のことだ。その三階にある2年2組の教室で、二人の男子生徒が話をしていた。

「それでさ、すごい難しかったわけだけど、なんとか俺はフルコンボを達成したわけだよ。いやあ、あの瞬間はすげえ嬉しかったぜ。っておい、悠!俺の話聞いてんのかよ!」

 そう言ったのは鹿島俊秀だ。十代半ばの平均的な体躯で、制服のシャツをズボンから出して、上の二つのボタンは開いたままだ。

 そんな少年に呼ばれたのは、守屋悠だ。彼は細身で背が高く、男にしてはすこし髪が長い。身だしなみはきっちりしていて、黒縁の眼鏡をかけていることもあり、まさに優等生といった見た目だ。

「ん、ああ、聞いてるよ。なんか嬉しかったんでしょ?よかったじゃないか、俊秀」

「なんだよそのざっくりした答え。絶対聞いてなかったじゃんよ。まあいいけどよ」

 悠の適当な返事に、俊秀はすこし不満げな顔をして続けた。

「しっかし、最近毎日雨だよな。じめじめして気が滅入っちまうよ。そろそろ晴れてくれねえかなあ」

「天気予報では、明日は晴れるって言ってたよ」

 一週間ほど前に梅雨入りが宣言されたところで、この日も雨がしとしとと降っていた。この時間だと、普段なら騒がしい教室だが、雨の影響か教室の雰囲気はすこし重い。

 そんな教室で話している悠と俊秀のもとへ、二人の少女がやってきた。

「やっほ!二人とも元気ないね。もっと元気出しなよ!」

「こんにちは……」

 この活発な少女の名は谷沢愛菜だ。女子にしては背が高い方で、足が長く、モデルのようなスタイルをしている。彼女は、肩にかからないくらい短い髪を揺らしながら、元気に話しかけた。

 もう一人の、口数の少なそうな子は柳那琴だ。背は平均よりすこし低い。うつむきがちのどこか虚ろな目は、長くまっすぐに伸びた黒髪にほとんど隠れてしまっていて、その下に見える肌は病的なほどに白い。

二人は係りの仕事でクラスのみんなから提出物を集め、職員室へ持っていってから一緒に帰ってきたところだ。

「ほんと、お前はいつでも元気爆発してんな。見てるとこっちまで疲れてくるぜ」

「えー、なんで?元気な人を見てたらこっちまで元気になるもんじゃないの?」

「普通はそうかもしれねえけど、谷沢の場合元気がありすぎるんだよな。すこしは柳を見習ったらどうだ?」

 俊秀が愛菜に苦言をもらすと、愛菜は頬を膨らませる。一方話に出された那琴はすこし恥ずかしそうにしている。

「そんな、見習うなんて……。愛菜ちゃんは元気があった方がかわいらしいよ」

「ああ、確かにそうだね。そっちの方が愛菜らしくていいよ」

 那琴の発言に悠も同意した。

「うん、二人ともありがとう!ほら見たことか、みんなこう言ってるじゃない!」

 愛菜は二人に笑顔を振りまいてそう言ったあと、俊秀に言い返す。そして、なにかを思い出したという様子で続けた。

「そういえばさ、最近聞いたんだけど、悠の従兄弟に、凄腕のプログラマーがいるんだって?なんかかっこいいね」

「ああ、真のことだね。昔はよく一緒に遊んでたし、去年までは何度か会ってたけど、今年に入ってからはまだ一度も会ってないな」

「なんだよ愛菜、知らなかったのか?守屋真っていったら、その業界じゃあけっこう有名らしいぜ。俺は中学から悠と一緒だから、真さんと何度か会っててもう知り合いだぜ。いつもクールで、物知りって感じなんだよな」

 守屋真。住んでいる場所が近いこともあって、幼いころから悠はよく一緒に遊んでいた。年は悠の5つ上で、一人っ子の悠にとってはお兄ちゃんのような存在だ。

 最近は仕事が忙しいのだろうか。久しぶりに会って、話がしたいなあ。そう思っていると、那琴が何かを見つけた様子で声を出した。

「あっ……、俊秀の好きな人、いる……」

「えっ、佳奈先輩いるの?ってか柳!そういうことは言っちゃダメでしょ!」

 俊秀が那琴に抗議すると、那琴はえへへ、と恥ずかしそうに俯いた。

「いや、そこ照れるとこじゃねーし!褒めてねーし!」

そう言ってから廊下に目をやると佳奈先輩が一人で歩いているのが見えた。

「いたいた。ああ、ほんとに綺麗だよなあ。流れる美しい黒髪に、ぱっちりした大きな目。そしてすらりとのびた細くて長い手足。顔も小さくて……」

 一人でぶつぶつ言っている俊秀に愛菜は、気持ち悪い、とでも言いたそうな目線をおくり、悠は、またか、とあきれた様子で俊秀を見る。

「ほら、一人でぶつくさ言ってないで早く話しかけに行きなよ。通り過ぎちゃうよ」

 愛菜が言った。

「はっ、そうだった。」

 そう言って俊秀は佳奈先輩に話しかける。

「こんにちは、佳奈先輩!今日もすごい綺麗ですよ!いやあ、それにしても最近は雨ばっかりで気が滅入っちゃいますね」


「全然気が滅入ってないじゃん、まったく」

 俊秀の話を聞きながら愛菜はやれやれ、といった様子で、周りに聞こえないようにつぶやいた。


「あ……、みんな、こんにちは。確かに雨が続いてるね、でも雨が降ってるといつもより集中できるから、私は雨、そんなに嫌いじゃないかな」

「ああ、そうですよね!雨にはそういうメリットもありますからね。雨、捨てたもんじゃないっすね!」

 俊秀の変わり身の早さに三人はあきれる。

 しかし、今日の佳奈先輩はどこか元気がなさそうだ。そう思った悠が佳奈先輩にたずねた。

「先輩、昨日あまり眠れてないんですか?いつもよりすこし疲れて見えるのですが」

「あ……、うん、実は昨晩、調子を崩しちゃって。なんか友達に追加してない、知らない人からSNSで写真が送られてきたの。高校生くらいの女の子の絵だったんだけど……」

 佳奈先輩が疲れた様子でそう言ったところで、愛菜がピンときた様子で話し始めた。

「あっ、それって最近うわさの都市伝説じゃない?ほら、『自殺した少女の絵』ってやつ」

「それ……、聞いたこと……、ある……」

那琴にも心当たりがあるようだ。

「うーん、私はその話は初耳だな。なんかその絵は奇妙で、ずっと見てたらその少女の表情が変わったの。それも何度も」

「それ、なんてアハ体験だよ……」

 俊秀がつぶやく。

「えっ、それ都市伝説のまんまだよ。もしかして、結構長い間その絵を見つめちゃいました?」

「うん、なんだか不思議でずっと眺めちゃったの。そしたら途中からなんだか気分が悪くなって……。そんなことがあって昨夜はあまり眠れなかったんだよね……」

 佳奈先輩が力なく笑いながら言った。

「都市伝説、本当だったのかな。たしか都市伝説ではね、長い間その絵を見つめていると体調が悪くなって、死んじゃうかもしれないって言われてるんだよね」

 死んじゃうかもしれない。愛菜のその言葉に佳奈先輩は、びくっ、と反応した。それに気づいた悠は愛菜にだけ聞こえるように、静かに注意した。

「愛菜、先輩の気持ちも考えろ」

 そう言われ、愛菜は弁解する。

「あ……。先輩、ごめんなさい。私そういうつもりじゃ……」

「いいのよ、そんな噂があるなんて知らなかったわ。興味深かったわよ」

「大丈夫ですよ先輩、今疲れてるのはよく眠れなかったからですよ。今晩しっかり眠れば明日には元気になってますって!」

「ふふ、ありがとう、俊秀くん。えっと、じゃあ私、もう行くね。またね」

 そう言って佳奈先輩は去っていった。


「ちょっと口が滑っちゃったかな。発言には気を付けないとなあ」

 気を落として愛菜が言った。

「気にすんなよ、俺がしっかりフォローいれたし、佳奈先輩も気にしてないって。それより俺のポイント上がったんじゃね?」

「その通りだよ。気にする必要はない。元気のない愛菜なんて、らしくないよ?」

 俊秀と悠が愛菜を励ます。那琴は興味がない、といった様子で自分の通学カバンからタロットカードを取り出し、遊んでいる。

「うん、ありがとう。でもこれからは気を付けるよ。あっ、もうこんな時間だ。部活行ってくるね!」

 二人の言葉と那琴の姿で元気を取り戻した愛菜は、そう言ってダンス部の練習へ向かった。

「さて、俺たちもそろそろ帰りますか」

「うん、そうだね」

そう言って二人は立ち上がり、帰る準備を始める。

「私も帰る……。ばいばい」

 そう言って、那琴は一足先に帰っていった。二人も帰る支度を済ませると駅へ歩き出した。


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