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短編とか

こうかの泉

作者: 南後りむ

 そんな昔でもないつい最近のことです。

 学校帰りなのでしょうか、一人の男子学生が、町のなかをふらふらと歩いていました。


「あー、喉渇いた~」


 男子学生は、キョロキョロとあたりを見回しながら歩きます。

「お、自販機見っけ!」


 男子学生の視線の先には、赤い直方体の箱が立っていました。今時どこでも見かける、自動販売機です。

 男子学生はさっそく自販機に近寄ると、制服のポケットから財布を取り出しました。


「えーっと、コーラが110円か……。これでいいかな」


 あまりにも喉が渇いていたので、ぱっと目に入った商品を買うことにしたようです。


「10円、10円と……」


 男子学生は、財布をまさぐって、10円玉をさがします。といっても、小銭入れがそれほど大きいわけもないので、すぐに見つかりました。男子学生はそれを手にとって、自販機の硬貨投入口へと持っていきます。

 と、汗で手が滑ったのでしょうか。くすんだ銅色の硬貨は彼の手から離れ、重力に従ってそのまま落ちていきました。


「あ……」


 呟いた時には時すでに遅し。10円玉はコロコロと転がって、赤い自販機の下に入ってしまいました。


「うわぁ……。取るのめんどいなぁ……」


 男子学生がぼやくと、不意に、自販機が目映い光を放ち始めました。


「え、ちょ、なんだこれ!?」


 思わず目を手で隠して、男子学生は後ずさります。が、足がすくんで中々思うように動けません。

 そうこうしていると、自販機の光がおさまりました。恐る恐る見てみると、そこには金髪碧眼の、日本人とは思えない風貌の女性が立っていました。スタイルの非常に整った体に、女神のような白いワンピースを纏っています。


「ひ、自販機からなんか出てきたっ!」


 男子学生は恐怖に思わず叫びました。こんな気味の悪いところから早く逃げ出したいと。しかし、女性があまりに美しかったため、目と足が言うことを聞きません。

 そうこうしている内に、ついに女性が口を開きました。


「あなたが……」


 まるでこの世のものとは思えないほどよく澄んだ、美しい声です。


「あなたが落としたのは、金の硬貨ですか? それとも、銀の硬貨ですか?」

「……へ?」

 想定外の問いかけに、男子学生は思わず間抜けな声を返します。


「あなたが落としたのは、金の硬貨ですか? それとも、銀の硬貨ですか?」


 まるで機械のように、女性は繰り返します。


「え、ええっと……銅? の硬貨ですけど……」


 男子学生が正直者だったのか、それとも気が動転していたからなのかはわかりませんが、彼は正直に申し出ました。

 すると、女性はにっこりと微笑みます。


「あなたは正直な方ですね。ご褒美に、金銀銅の硬貨をあげましょう」

「え……」


 男子学生が返す前に、女性は再び目映い光を放って消えてしまいました。

 男子学生が見ると、そのあとに、3枚の硬貨が置かれていました。


「これは……金色の500円玉に、銀色の100円玉に、銅色の10円玉……」


 男子学生は、まるで狐につままれたかのように目をぱちくりとさせると、3枚の硬貨を丁寧に拾いました。それから、改めて自販機に硬貨を入れ、ジュースを買いました。



   ◇



 さて、実は一連の出来事を陰から見ていた男がおりました。男は先程の男子学生と同じ学校の学生のようです。ニタニタとした目付きで、非常にケチで性格のわるそうな顔をしています。


「なんだぁ、今の。あいつ、500足す100で……600円くらい得してやがるな。羨ましい、俺もお金を落としてみよう!」


 卑しい笑みを浮かべて、性格のわるそうな男子学生――男子学生Bとでもおきましょうか。男子学生Bは巾着袋を手に持つと、自販機に駆け寄ります。


「えーっと、10円を出そうとして……ここで落とすんだよな?」


 男子学生Bは手から銅色の硬貨を落とすと、


「ああ、落っことしちゃったぁ!」


 とわざとらしく叫びました。

 が、10円玉は自販機とは反対側の方へくるくるとタイヤのように転がっていきます。


「くそ、なかなかうまく入らねぇな」


 男子学生Bはだんだんと苛立ちながら、何度も10円玉を落とします。10回ほど繰り返して、ようやく10円玉は自販機の下に吸い込まれていきました。


「あ……ああ、落っことしちゃったぁ!」


 少し遅れ気味に、やはりわざとらしく叫ぶと、自販機が輝き始めました。


「おお、女神さまのおいでだぜっ!」


 男子学生Bは卑しい笑顔を顔中にたたえます。眩しいのか目を細めているため、余計に卑しさが増して見えます。

 目映い光がおさまると、金髪碧眼の美しい女性が自販機の前に立っていました。


「おお、出た、出た!」


 男子学生Bの卑しさ全開な言葉に、女性は眉1つ動かしません。機械的に、口を開きます。


「あなたが落としたのは、金の硬貨ですか? それとも、銀の硬貨ですか?」

「金と銀です!」


 欲にまみれたケチな男子学生Bは、即答しました。もちろん、落としたのは銅色の硬貨ですので、これは大嘘です。

 女性はにっこりと笑みを浮かべました。


「あなたは正直ではありませんね。なので、あなたが落とした銅の硬貨は残念ながらお渡しすることができません。ですが、その代わりに、金と銀の硬貨をお渡ししたいと思います」

「え、まじ……!」


 男子学生Bは嬉しそうに目を輝かせました。その間に女性は姿を消します。


「ひひ、10円は貰えなかったけど、500円と100円で合計600円。引いて590円の得だぜ! いやぁ、得しちゃったなぁ」


 そうして、あとに残った2枚の硬貨を見て、男子学生Bは絶句しました。


「な、なんじゃこりゃ!?」


 やっと言葉をもらします。

 彼の視線の先には、金色に輝く硬貨と銀色に輝く硬貨が。


「ご、5円玉と1円玉だと!? 4円の損じゃねーか!」


 自販機を睨み付けましたが、時すでに遅し。10円玉は帰ってきません。


 何事も正直でなければならないのは、いつの時代も変わらないことなのです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 字の文の語り口調と内容のギャップが印象的でした。最後の落ちも、童話の戒めによくある展開でありながら4円の損でしたし、そういう現在の学生の話に沿いながら古典的な教訓が語られるのが面白かったです…
[良い点] まさか、そんなオチとは(笑)それにしても、Bのお金の計算がいちいち細かいところがなんとも……(笑)本物のケチですね。なんとなく、理系っぽい話だな、と思いました。あるいは、会計っぽい童話です…
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