第9話
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「…………──え……?」
何だろう。
ごめん、奏。
ちょっと、よく分からない。
……あれ?
さっきまでの笑顔は何処行ったの?
春のお日様みたいにポカポカあたたかい、そんな感じで笑ってたのに。
何で?
どうして?
──どうしてそんな、婉然って感じで笑ってるの……?
ふふ。
小さく笑う弟が、何だか艶めかしい。フェロモンだだ漏れって感じ……。
何で?
一体どういうこと──……?
「──嬉しい……だって、ずっと姉さんを──織音のことを、見てたからね」
「初めて会った時から、ずっと」
「ずっと、好きなんだ」
「──愛してるよ」
沢山の言葉が、どんどん通り過ぎて行く。
どういうこと……?
奏は私の髪に手を伸ばして、そっと優しく梳いている。まるで恋人にするみたいに。
…………。
……。
……──恋人……?
「──ま、待って、奏!」
「ん?」
とろりと穏やかに微笑む彼は、愛おしくて仕方ないって言いたげで。
そんな表情、見たこと無い。
「ちょ……待って……! だ、だって、私達……姉弟なんだよ……!?」
「僕は最初から姉弟だなんて思ってないよ」
──えっ……。
衝撃的な言葉が、私を凝固させた。
びしりと石像みたいに固まって、息をするのも忘れてしまう。
だって……奏……姉弟じゃないって思ってたの…………?
「そもそも血も繋がってないし」
「そ、そりゃそうだけど……!」
えっ、いや、ちょっ……待って待って!
さっき奏、何て言ってた?
奏が、私を……?
(えぇええぇ!?)
ぐるぐる考える私はもうパニック状態だった。
人生最大級の驚きだよ……!
(な、ななな何で私……!?)
そうだよ。
だって奏、昔からモテるじゃない。
可愛い系から綺麗なお姉さん系まで、モッテモテだったじゃない。
言い方悪いけど、選り取り見取りだったわけでしょ?
なのに。
それなのに。
そんな彼女達を差し置いて、何故に私?
向こうに居た時だけじゃなくて、こっちの世界に来てからだって──。
(……──そうだよ)
以前会ったヴァイオレットさんだって。
さっき仲良さそうにしてたサキュアさんだって。
奏のことが好きなんだろうし。
私なんかより、魅力的だし。
奏の隣に立ってても、何の違和感も無い。
きっと、釣り合う。
「…………──るよ」
「……え? ごめん、聞こえなかった。何?」
きょとんと不思議そうに目を瞬く弟。
あぁ……。
こういう仕草は、何1つ変わってないのに。
熱のこもった瞳で私を見つめる彼が、同じ人には見えない。
こんなに近くに居るのに、何だか酷く遠く感じられた。
私はお腹に力を入れて、もう1度言う。さっきよりも大きな声で。
「……奏には、もっといい人が居るよ」
──あ。
また眉間に皺が出来た。
怪訝そうな顔してるなー。
空気がまた少し重たくなったけど、私は構わず続ける。
「私より、もっと釣り合う人が居るよ。私はそんな美人さんじゃないし、何か特技があるわけでも無いし……」
「僕はそんなことで姉さんを好きになったんじゃないよ」
むっとした様子で、奏が言った。
いや実際むっとしてるんだろうな。顔に不機嫌ですって大きく書いてある。
あ、溜め息まで吐かれちゃった。何を莫迦なことをと言わんばかり。
「それとも──……」
一段と低い声。
感情のこもらない、無機質なものだ。
赤い目が私を真っ直ぐに見据えている。
まるで、逃がさないとでも言うかのように。
「……やっぱり……先輩のことが好きなの?」
「だから違うって……」
「じゃあ誰? アスタロト? それとも他の奴?」
否定する間も無く、どんどん言葉を重ねられる。
もうこれ質問じゃなくて詰問ですね。
せっかくの整った顔を怒りに歪めて──それでもやっぱイケメンだけど──奏が迫って来る。
「──許さないからね。僕から逃れようだなんて」
間近にある奏の顔。
凄絶に美貌を怒りに染め上げ、近付いて来る。
鼻と鼻がくっつきそうなぐらい。
此処まで迫られたら、大抵の人はくらくらしちゃうんだろう。
──でも。
私の胸に去来したのは、そんな感情じゃなかった。
静かだけど、確かな──怒り。
「──はぁああ?」
なーに言っちゃってんの?
流石にお姉ちゃん、ちょっとプチッときましたよ?
「何勝手なこと言ってんの? 許すとか許さないとか、貴方が決めることじゃないでしょうが」
そうだよ!
大体何で私ばっかり責められるみたいになってんの!?
「大体奏も奏でしょ! ヴァイオレットさんとかサキュアさんとか居るじゃん! ちゃんとしたお妃候補の人が居るのに、何で私なの!? 好きだって言ってくれて嬉しいけど、その辺はっきりしてないのに私だけ責められるのは不公平だよ!」
ガーッと。
一気に、まくし立てるように、怒鳴る。
こんなに大きい声出したの、いつぶりだろう……。
対する奏は。
目を見開いて、私を眺めてた。
表するなら、ぽかーん、って感じ。
奏もそんな顔するんだ。何か珍しいもの見たなぁ。
黙られてるのを良いことに、私は勢いのままに更に言い募る。まるで、言うなら今しか無いみたいに。
「──そうだよ、不公平だよ。奏だって、サキュアさんとイチャイチャしてたじゃん。仲良さそうに腕組んでさぁ。私と違って可愛い系だもんね。並んで立ってても美男美女だもんね」
「でも私のこと、お妃にするとか言っといて、他の人とイチャイチャしてるし。それってちょっと不誠実なんじゃないかな?」
「そういうとこ見ると、何かモヤモヤするし……。こんなふうに思ったこと、今まで無かったのに……」
つらつらつら。
思いの丈をぶちまけて、ちょっとスッキリ。
でも最後はちょっと愚痴っぽくなったかな?
さぁどうだ。
反論出来るなら、してみたら良いわ!
そんな心境で奏を見ると──。
「…………何笑ってるの……?」
なんと。
何故か顔を赤らめて、口元を手で隠して。
喜色満面って感じで笑ってた。
口元は隠せてるけど、もう目が笑ってるから意味無いし。
ぷるぷる肩を震わせてるのは、笑うのを堪えてるからかな。ちょ、酷くない?
「……──姉さん。それ……本気で言ってる……?」
「えっ? な、何が?」
本気も何も……私の思ってること、そのまんま言っただけだけど……。
思ったまんま言ったから、もしかして支離滅裂だった、かな……?
ぱちぱちと目を瞬いていると、奏がにっこにっこしたまま、衝撃的な言葉を口にした。
「──それ……僕のことが好きだって言ってるようにしか、聞こえないよ?」
…………。
…………。
……──はい!!??
「な、ななななななな!?」
「あぁ。勿論、恋愛の意味でね」
「言わなくても良いです!!」
えっ!?
な、何で!?
何がどうなって、そんな結論に!?
だ、だって、だって!
奏は弟なのに!!
パニックになる私を見つめながら、その弟の顔が近付いてくる。
ま、満面の笑みだね!
「ふふ……嬉しい……。まさか姉さんがそんなふうに想ってくれてたなんて」
あれ!?
さ、さり気なく手を繋がれたよ!?
しかもあれだ!
指を絡める恋人繋ぎってやつだ!!
「──て言うか顔近い顔近い!」
「いいじゃない。僕達、両想いでしょ?」
今にも、その……き、キス出来そうな位置で、奏が妖艶に微笑んだ。
君、ほんっとにイケメンさんだな!
「──あ、そうだ。嬉しすぎて訂正し忘れるところだった」
「えっ!? な、何が!?」
これまた繋いでない方の手が、さり気なーく私の頬に触れてくる。
優しいその行為に、もう恥ずかしくって恥ずかしくって顔が熱い。きっと今真っ赤なんだろうな。
「あのね、さっきの話だけど。ヴァイオレットもサキュアのことも、姉さんの誤解だよ」
あ、ああー……。
今し方、怒濤の勢いでぶちまけた、あれね。
……って、え?
誤解……?
小首を傾げる私に、頷いて見せる奏。
「──そうだよ。ヴァイオレットは彼女が勝手に言ってるだけだし、サキュアに関しては何で誤解したのか分からないけど……」
「あいつ、男だよ」
──な……!
ナンダッテーーー!!??
「エーーー!!??」
あまりにも衝撃的な事実に、久しぶりに大声で叫んだ。
奏がちょっと顔をしかめる。ご、ごめん……。
でっ……でもさ!
あんなに可愛らしい人なのに!?
あ、人じゃないけど!
「えっと……あの……でも、サキュアさん、女の子の格好してなかった……?」
「あー、あれ。あいつの趣味なんだよ」
趣味ーーー!?
「あれでこの国の幹部なんだから笑っちゃうでしょ」
幹部ーーー!?
もう動転するしかない。
えーーー!?しか言ってない私だけど、奏はお構いなしだ。
くすくす笑って、私の頬を撫でている。
「でも……ホント嬉しい……。姉さんが、僕と同じ気持ちだったなんて」
「いやあのでもちょっと待ってください!」
「やだよ」
「やだよ!?」
拗ねたように返す彼に、びっくりした。まるで小さな子どもみたい。
奏は真っ直ぐ私の目を捉えたまま、続ける。
誰もが振り返るだろう美貌をそんなふうに歪めるなんて、しかもそうさせたのが私だなんて、何だか猛烈に恥ずかしい。
「どれだけ待ったと思うの? もう待ち草臥れちゃったよ?」
え、えぇー……。
そんなこと言われましても……。
形の良い唇を尖らせて、幼子みたい。
そう思ったのも、束の間。
ちょっと顔を伏せていた奏が、次に見せたのは。
「──もう、待たないからね?」
燃え立つ炎を思わせる、深紅の瞳。
に、と弧を描く、綺麗な唇。
まるで、そう──獲物を狙う、獰猛な肉食獣みたいだ。
(あ、あれ……? 私もしかして、ピンチ……?)
あ、あははー……。
とてもじゃないけど、笑って誤魔化せそうじゃ、なかった。
次回エピローグの予定です。