第8話
魔王様、突っ走ります(笑)
「──さて」
声に形があったら、これは間違いなく鋭利な刃物だ。
サクッと……いや、ズバッと何でも切れそう……。
そんな声音で、奏が切り出した。
「それで? 誰が姉さんを攫ったんだい?」
私からは奏の顔が見えないけど……きっとあの怖い笑顔なんだろうなぁ……。
ぎゅうぎゅうに抱き竦められて、私の眼前には奏の胸元がある。いつの間にか、こんなに逞しくなって……。
(…………いやいや、何でこんなドキドキしてるの?)
守るように抱き締められて、私の胸が鼓動を速めてた。
な、何で…………?
今までにも、奏にこういうふうにされたこと、何回かあった筈なのに…………?
(……あっ、でも、違う)
魔王の姿になってからは、初めてだ。
容姿そのものは奏がもう少し大きくなった姿だから、印象はそんなに大差ないけど、体格が違う。
身長も私と変わらないぐらいだったのが、今じゃ見上げるぐらいだもん。
そうだ。
だから、緊張してるんだ。
(そうだよ。今までと違うから、だから緊張して、ドキドキしてるんだ)
変な意味なんか、絶対に無い。
だって、私達は姉弟なんだから──。
「……──アス、サキュア」
耳障りの良い低音に呼ばれて、2人が応じる。
サキュアさんのお名前にドキッとしたけど、奏が振り返らないまま、淡々と告げた。
「あとは任せる」
えっ?
「御意」
「は~い♪」
えっ?
びっくりして顔を上げると、思いの外真面目な顔をした奏が居た。
「行こう、姉さん」
「えっ、で、でも、先輩と──」
魔王として、話があるんじゃないの?
其処まで言いかけた途端、奏の顔がさっと不機嫌に曇る。……いや、不愉快そうに、って言った方が適切かな……。
「先輩? 彼が何?」
「えっ、いや、あの……」
こっわ。
奏クン、めっちゃ剣呑ですよ。
眉間に皺を寄せて、赤い瞳を細めてる。
口調も早いし、苛ついてるんだなって分かるけど……。
(な、何で苛々してるの?)
私、何かした……?
若干怯えも覚えつつ、ぐるぐる考えた。
でも……正直、心当たりが無い……。
言葉を返さない私に焦れたのか、奏が流れるような動きで私を抱え直す。
わ、うわぁ! おおおお姫様抱っこじゃないのこれ!
サキュアさん、口笛吹いてる場合じゃないよ!
あわあわしてたら、奏が何か囁いた。
えっ? 何?
って言うか、耳元で喋らないでってば!
「えっ? かな──」
聞き返す前に。
ふつり、と。
場所が変わった。
「………………」
「………………」
突如消え去った2人に、残された者は皆唖然としていた。
魔王様は、勇者達との和平会合をほったらかして、彼女を連れて転移したのだから。
否。
彼の部下2人は、やれやれとでも言いたげだったが。
「んも~マオーサマ、独占欲強いねぇ~」
魔王が、織音に囁いた言葉。
──逃がさないからね。
(よっぽど惚れ込んでるんだねぇ)
人間の聴力では聞き取れなかったようだが、魔物である彼らにはしっかり聞こえていた。
サキュアは苦笑しながら肩を竦める。
ああなっては、もはや彼を連れ戻すこともかなうまい。アスタロトは一息ついて気持ちを入れ替えてから、1歩踏み出した。
「──では、我らが王に代わって、お話を伺いましょう」
任された責務をこなすのみだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
瞬きした瞬間、もう景色が違うものになっていた。
(……あれ……?)
黒を基調とした寝具や家具。
床にはふかふか柔らかそうなワインレッドの絨毯。
社長室にありそうな、大きいデスク。
(……奏の……って言うか、魔王としての私室、かな?)
きょろきょろ見回すより先に、奏の動きの方が早かった。
すたすたと長い足で歩き、真っ直ぐにソファに向かう。
そのまま、そっと静かに降ろされた。
スプリングのきいた座面は、座り心地が良い。うちにあったのと似てるかな?
ちょっと凭れ気味だったのを座り直そうと、左手を突く。
のと同時に、すぐ隣に大きな手が現れた。
奏の手だ。
右手は私の手のすぐ隣。
左手は私を通り越して、ソファの背もたれに置かれてる。
つまり……私は奏に囲い込まれるような体勢になってる。
壁ドンならぬソファドンだね!
(……な~んて、言える雰囲気じゃないな、こりゃ……)
ルビーみたいな赤い目が、真っ直ぐに私を見つめてる。視線がビシバシ痛い。
「……え~と……奏……?」
どうしたのかな?
努めて笑顔を心掛けながら、問い掛ける。内心冷や汗だらだらだけど。
奏はそんな私の胸中なんか知りませんって顔で──まぁそりゃそうなんだけど──じっと見てる。
「……姉さんは」
「えっ?」
やっと喋ってくれた!
でも何かトーンが暗いね!
「…………──あいつのことが、好きなの?」
絞り出すみたいに、尋ねられた。
何でそんな苦しそうな顔するんだろう。
……それにしても……。
…………?
……あいつ……?
よく分からず、首を傾げる。
奏は何だか悲しそうな、辛そうな表情だ。
一体何が弟をこんなに苦しそうにさせてるんだろう?
「……さっきの……六条先輩だよ」
「あぁ、先輩! 先輩が喚ばれたんだね。……ってまぁ、私のせいだけど……」
「それは違うって言ってるでしょ」
うは。
ズバッと言われちゃった。
しょんぼり落ち込む私。
違う、そういう話じゃないと奏が首を振る。艶やかな黒色の髪が揺れて、何だか色っぽい。
「そうじゃなくて……先輩のこと、どうなの?」
えー?
どうって……好きか嫌いかって訊かれたら……。
「そりゃあ、好きだけど?」
「──好きなの?」
あれ。
今何かすんごい険悪な空気になってない?
な、何で?
私の右側で、ぎゅっと音がした。
ソファの背もたれを握り締めてるみたい。革張りだから、キュキュって音が聞こえる。……でも音から察するに、大分強く握り締めてるんじゃないですかね……?
「……かな──」
「それはどういう『好き』?」
で。
とは言い切れなかった。
被せて訊いて来る彼に、私はぱちぱち目を瞬かせる。
「え? どうって……?」
「付き合いたいとか、そういう『好き』?」
「はい!?」
突拍子も無い言葉に、思わず変な声が出た。
何言ってんの!?
私は慌てて首を横に振る。
「そんなわけ無いじゃない! 尊敬はしてるけど、付き合いたいとか、そんなこと、考えたことも無いよ!」
「本当に?」
「本当に!」
何を言い出すかと思ったら……!
彼のとんでもない質問に、間髪を入れずに即答した。
念を押して、重ねて尋ねられるけど、答えは変わらない。
一貫して否定する私に安心したのか、奏の表情がようやく柔らかくなった。
「そっか……」
眉間にあった皺が消え、目尻が下がる。
たったそれだけで、場に漂う空気から少しだけ冷たさが消えた。
何だか分からないけど、ご機嫌が回復したみたい?
良かった~。
と、ホッとした、その時。
「……じゃあ、僕は?」
…………。
…………。
…………。
……ん……?
今……何か変なこと、聞こえたような……?
き、気のせい、かな……?
「──僕のことは? 好き?」
気のせいじゃなかった!!
さっきよりも穏やかな……けれど、真剣な眼差しで問い掛けてくる。
嘘は勿論、どんな些細な誤魔化しも通用しないよと言いたげだ。
「……何言ってるの……」
だけど私は半ば呆れてた。
だってそうでしょ? そんなこと、確認するまでもないじゃない。
「僕は真剣に訊いてるんだよ、姉さん」
真剣に、って……。
はぁ……何を言ってるんだか……。
何だか脱力しそうだ。
「はいはい。好きだよ」
「本当に……?」
また念押し?
大体何なの、その質問……。
私はやれやれと一旦目を閉じてから、奏を見る。
「当たり前だよ。たった2人の姉弟なんだから」
「姉さん……」
噛み締めるように呟いて。
じわじわと、奏の表情が一変していった。
細めていた目を見開き、でもすぐに弓なりに変わって。
嬉しそうに、笑み崩れた。
わー笑顔が眩しい!
(全く……相変わらずカッコいいんだから……)
にこにこ微笑む弟に、何だか私も嬉しくなってきた。
ほんわかした気持ちで、私も微笑む。
色々あったけど、やっぱり奏には笑ってて欲しい。
あはは、ブラコンも良いとこかな?
「──僕も、愛してるよ。織音」
………………。
…………。
…………。
……?
え?
拙作をお読み頂き、ありがとうございます(^^)
あともう少しで完結予定です。