第7話
やっと魔王様が登場です!
織音の心境も揺らいでいって……?
(わ~……あの顔、すっごい見たことある~……)
て言うか、さっき夢で見たよー。
普段よりもずっと低い声は、地を這うよう。ご機嫌ななめのしるしだ。
眉間に皺を寄せ。
切れ長の目を、すっと細めて。
彼がこんなふうになるのは珍しいことなんだけど、本気で怒ってるってビシバシ伝わってくる。
凄絶だ。
もーホント怒っててもイケメンさんですねー。
「──姉さん」
奏の目が、真っ直ぐに私に向けられた。それだけで、雁字搦めに捕らえられたような気持ちになる。
すると──。
きゅ、と形の良い眉が寄せられた。
「……姉さん、泣いてる……」
──あっ。
(しまった……)
私が泣いたら、奏はもっと不機嫌になるんだった。
昔からそうだ。
ちょっとでも涙ぐもうものなら、そりゃあもう大変だった。私を泣かせた相手にとことん冷たい態度で詰め寄って──あれ? そう言えば、あの公園で会った苛めっ子達、あれ以来見かけないような……?
コンパスの長い足で真っ直ぐ私の眼前まで歩いて来た奏は、そっと長い腕を伸ばした。
そのまま、陶磁器みたいな白くて長い指に、当然のように私の涙が拭われる。
まるで壊れ物を扱うみたいに、優しく触れて来る彼に、何だかドキッとした。
「誰が泣かせたの? そっちの誰か? それとも全員? いずれにしても──」
言いながら、すっと私から目を逸らす。私の後方──先輩達に、絶対零度の視線を向けた。
「──無事で済むと思わないことだね」
わ、わあー……。
お姉ちゃん、その笑顔、ホント怖いなー。
「…………──え? 魔王……? え? 姉さんって……え? 響のこと? ってことは…………?」
すぐ近くから聞こえた、先輩の声。
あー、困惑してる。
分かる分かる! 分かりますよ~その気持ち。
まっさか、あの品行方正な奏が、恐怖の象徴・魔王様だなんて、予想の斜め上も良いところですよね。
「……えー……? 奏くん? なの……?」
「どうもお久しぶりです先輩。貴方が今回召喚された勇者とやらですか。それはさておいても姉さんを泣かせた輩を許しませんよ」
わ、わーお……。
奏、先輩の言葉に被せる勢いでしたよ……。
しかも、すんごいノンブレスで言い切ったよ……。
笑ってるけど笑ってないね!
「ちょ……違うよ、奏!」
弟はいつの間にかナチュラルに私の背に片腕を回して、私を半分抱き締めているような格好になっていた。
あまりの近さに改めてぎょっとしつつ、これだけは訂正しなくちゃと首を振る。
深紅の瞳が、私を見下ろした。
燃え上がる炎みたいな色なのに、冷たさを感じさせているのは、ひとえに彼が魔王だからなのか……いやきっとご機嫌ななめだからだろうな。
でも私に目を向けた途端、其処にはさっきまでとはまるで異なる表情が浮かべられた。
とろりとした、微笑み。
甘い甘い、砂糖菓子みたい。
う、うわー、破壊力抜群だなー。
「……姉さん……無事で良かった……」
涙を拭っていた手が離れ、そのまま腕が回される。
えっ?
と思う間も無く、私は奏に抱き締められていた。
大切に大切に包み込みながら、ほぅ……と弟が安堵の息を吐く。ちょ……耳元でやめて! くすぐったい!
「……何や、魔王さんって、イケメンやなぁ……」
リディアちゃん、聞こえてるよ!
独り言がバッチリ響いてるよ!
そうこうしている内に、異空間の壁はどんどん崩れていった。
がしゃん、がしゃん。
やがて盛大な音を立てて、最後の壁が崩落する。
がらがらがしゃーん!
……あっ、リディアちゃんも崩れ落ちた。床に手を突いてガッカリしてる……。
そりゃそうだよね……。
頑張って作ったのにね……。
空間を遮断していた壁が取り払われたことで、出入りが自由になったみたい。
奏の他にも、2人の姿が現れる。
「魔王様、お1人でなど危のうございます、お止めください……!」
あっ。
アスタロトさんだ。
何だか疲れたお顔ですね……。
私も、弟がこんな突拍子も無いことをするなんて、夢にも思いませんでした。
そんなことを、のんびり考えていたら。
続けて、明るい声が聞こえた。
「──も~マオーサマ、よくこんな高等魔法壊せちゃうねぇ~」
──ずき。
きゃらきゃらとした笑い声に、私の胸が嫌な音を立てる。
(…………サキュア、さん…………)
アスタロトさんと連れ立って歩きながら、にこにこ奏に親しげに笑いかけた。
(……どう、して……)
彼女が奏の隣に立つと、モヤモヤするんだろう……。
奏が振り向きもしないで
こんなふうに思ったことなんて、今まで無かったのに。
胸が、ぎゅうって締め付けられる。
ちくちく痛い。
こんなこと思う自分も、嫌なのに──……。
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