表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

第六章 セイレーンの予感

 翌日は土曜日だった。

 俺の学校は、どういうわけだか土曜日の午前中も学校がある。これがまた、現代文、古典、数Ⅰの地獄の時間割で、深海へと潜っていきそうな意識を頬をつねって覚醒させ、かろうじで瞼を半開き状態にとどめておくことに成功した。

 俺のいくつか前の席でつらつらと計算式を書き連ねていく浅倉の後ろ姿を眺めていると、不意に忘却の彼方に押しやっていた昨日の出来事が脳裏に浮上した。

 幸いなことに、今日の午後はまるまる部活動にあてられているため、苅谷崎が落ち着いているようだったらそれとなく聞いておこう。

 思い出してしまった以上、このままにしておくのもなんか腑に落ちないしな、などとぼんやりとした頭で考えていると、黒板で数式を書き連ねていた数Ⅰの茂田がくるりと振り返った。

 「今のところは、来週小テストをするので、よく勉強しておくように。とくに前回不合格で追試も散々だった誰かさんは、次こそ結果を出せるよう努力しておくこと」

 さて、誰のことを言っているんだろうね。

 ニヤニヤ笑いを浮かべた浅倉が振り返って俺を見たせいで、さっきまでの懸案事項がなんだかどうでもよくなってしまった。

 何故だか俺に集まってくる視線に対して肩をすくめつつ、俺はやれやれと頭を振った。



 そういうわけで放課後だ。

 「浅倉、テニス部いつからだ?」

 教室を出た俺は食堂でカレーうどんの列に並んでいる浅倉を捕まえて聞いた。

 「よ、セイレーンか。二時になったら開けてもらうよう顧問に頼んでるけど」

 俺はチラリと腕時計に視線を落とした。一時十分を過ぎたところだった。

 「お前は食堂か?なら一緒に食おうぜ」

 手に挟んだ食券をぶらぶらさせつつ聞いてくる浅倉を見て、そういえばまだ昼飯食べてなかったなと思い出した。

 それにしても、今日は浅倉を見て思い出すことが多すぎる。その調子で試験中に忘れていた英単語を思い出せたら便利なんだけどな。

 「俺も今日は食堂で食うか。ちょっと待て、食券買ってくる」

 「おうよ」

 常にポケットに入れている財布を引っ張り出しつつ、俺は食券販売機の列に並んだ。

 列はそれほど長くなく、すぐに順番が来た。

 カレーうどんの食券を買って、浅倉のところに戻る。

 「二時までどうする?」

 「そうだな、暇だし、勉強でもしてれば?また最終下校まで残る羽目になるぞ」

 浅倉が痛いところをついてくる。

 めんどくさい。テストなんて、テスト前の休み時間にテキストを一瞥して、一発勝負で挑むもんだ。日々の小テストまで全力でやるのは、浅倉みたいな優等生か、よっぽど勉強が好きな変わり者ぐらいだ。

 「適当にダラダラしてたら時間潰せるだろ」

 呆れたように肩をすくめる浅倉を横目に、俺は食堂のおばさんに食券を渡した。



 二時。

 部室が開いたとき、そこに苅谷崎の姿はなかった。

 ほかの中一女子は来てるので、補習かなにかだろうか。苅谷崎は頭のよさそうなイメージがあるが。まあ、これは俺の勘だし、俺の勘があてにならんことは俺がよく知っている。

 体操服に着替えて、浅倉が道具の準備をしているテニスコートに出た。

 いつも通りにウォーミングアップをしたあと、この前みたいにダブルスで試合練習を開始した。

 浅倉がウルトラスマッシュをぶっ放したり俺がスポーツドリンクを死守したりしているうちに、テニスコートにかけられた時計は三時半を指した。

 試合を終えてコートの外に出た俺はそろそろ来たかなと目で苅谷崎凜の小柄な姿を探す。

 だが、どれだけ見渡しても、その姿が見えない。

 それほど広くないコートだ。いたら、見逃すわけがない。

 隣のコートのわきに腰かけて試合を見ていた苅谷崎と同じクラスだったはずの一年女子に聞いてみた。

 「苅谷崎は、今日来ないのか?」

 「ああ、苅谷崎さんね、今日は帰っちゃいました。終礼が終わるとすぐ、鞄を持って」

 「そうなのか?」

 正直驚いた。苅谷崎は律儀なので真面目に部活に来ると思ったが。

 「あまり仲良くないんでわからないですけど、普段はちゃんと来るので、ちょっと意外でした。用事かな」

 「そうか。ありがとう」

 それだけ言って俺は腰を上げた。これ以上聞いても、何も得るものはないと判断したからだ。

 よっぽど俺と顔を合わせるのが気まずかったのか、という考えが一瞬脳裏をよぎったが、いやまさかね、とすぐにその考えを否定した。

 苅谷崎にも家の用事があるだろうし、体調不良とか理由があるのだろう。ただの偶然だ、偶然。

 と、表面上では納得したフリをしているのだが、

 これは偶然じゃない。

 苅谷崎が休んだのは、昨日のことがあったからだ。

 というような主張を、感情の奥の部分がしている。

 そして、ぐるぐると巡回する思考は、最終的には一か所にたどり着くんだ。


 俺は、何をしたらいいんだ?


 俺から声をかけるべきなのか、向こうが言い出してくるのを待つのか、別に深く考えるべきものではないのか。

 どうすればいいんだ?

 わかるわけないね。でも、それほど重要視すべきとも別に思わないんだが。

 まあ、今は別にいいや。何かあったら、その時だ。



 なんて先延ばしにしてる奴は、決まって、その時が来たら後悔する。

 俺がそうだったからな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ