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職業はエッチなお姉さん

 バニーガールと校舎屋上でお茶をしていた。

 さっぱりわからないが、それ以外に説明のしようがない。

 一時間目の終了を告げる鐘の音はどこか遠く、他人ごとのように聞こえる。

 優雅にお茶を啜るバニーガール――グレン=ヴァンシュタインロード=アレキサンドライトさんは、一度カップを受け皿に置いてから口を開いた。


「さて、バニースーツとバニーコートの違いについての話を再開しようか」

「してねえよ。そんなマニアックな話」


 唐突に何を言うのだこの人は。米国発祥のバニースーツと、本家の流れを汲んで日本式となったバニーコートの違いについてなど話していない。当然バニースーツの生みの親とも言える雑誌、プレイボーイは偉大だとか。燕尾服という独自な形態を生み出した日本グッジョブなどという話などもしていない。


「冗談のつもりだったのだが……少年、君の瞳が情熱に溢れ過ぎていて怖いのだが」

「気のせいですよ。それより」


 バニーガールに傾いた心を戻す。

 心はいつも僧侶の側にの精神を忘れてはならない。


「グレンさん。貴方は本当に何者なんだ?」

「その質問は本日二度目だぞ、少年」


 ならば逆に問おうと、グレンさんは面白がって聞く。


「僕は何者だと思うかい、少年」

「――異世界への導き手」


 俺は億面もなく言い切った。突飛な言葉だということは十二分に承知だ。だが期待せずには居られないのが青少年の性である。


 燃える髪を持つ美形バニーガールは、この世界の法則を無視する術を持つ者なのだ。この様な存在が唐突に現れて何も期待しない青少年がいたら、そいつは健全なる肉体と魂を持った青少年ではない。


「私が……異世界への導き手か」


 意味深に微笑んでから、グレンさんは呟く。


「一万飛んで二千と五十六人」

「えっ」

「君を合わせて、一万飛んで二千と五十六人目だ」


 ――僕をそのような存在と勘違いした者は。


 優しい響きでグレンさんは俺の幻想を壊した。

 そうか。そうだよな。異世界からの出迎えじゃ……ないか。


「僕のような人間が羨ましいのかい」

「羨ましいのかな……だぶん」


 GW中はネトゲ漬けだったからな。初めは僧侶の服装に惹かれて始めたのだが、いつの間にか惹きこまれて、今日の日付になるまで熱中していた。そうだよ。俺は剣と魔法の世界に行きたいんだ。


 ……や、違うか。


 空を仰ぐと、青空を気持ちよさそうに鳥が羽ばたいて行く。

 剣と魔法の世界が好きだと言うのも嘘ではない。けれど――きっと俺は。


「俺は、この世界からログアウトしたかったんだ」


 上の空で喉から出た言葉が俺の本音だった。一介の大人から見たら、俺の悩みなど手に取るに足らない悩みなのだろう。けれど、俺にとっては大きな問題で、漠然とした絶望はどこまでも広がっているのだ。

 世界はどこまでも不透明な灰色で、ちっとも光が差し込まない。そう思い始めたのは新生活を迎えてからか。や、もっと前から感じ取っていた気がする。


「なに、一時の気の迷いさ。君たちはあれだろ。ここ最近まで黄金色に輝く大型連休のなかにいたのだろ」

「ゴールデンウィークのことか」

「そうそれ。そんな名前だったな」


 合点がいったと、グレンさんはポンと拳を掌に落とした。


「大型連休明けは、実に危ない」

「確かにな。自殺者が多発するという意味でな」


 そういや朝もあったな。どこかの路線で飛び降りがあった。この時期の風物詩みたいなものだ――なんて俺には他人事みたいに言う資格はねえか。


「うんにゃ、違うさ」


 あざとい返答とともに、グレンさんが頭を横にふる。

 黒い兎耳が揺れて、猫なのか兎なのか訳がわからない。


「この時期の自殺は決して、風物詩なんかじゃないのさ。風物詩の皮を被った暗殺なのだよ、少年」

「……暗殺」


 日常生活では聞きなれない。不穏な響きを孕む言葉だった。


「大型連休に仕込むのは結構ポピュラーな手口でね。自然と自殺する方向に仕向けるのさ」

「仕込むって何を。仕向けるって誰がさ」


 俺はグレンさんに食いかかった。自分の意志を否定された気がしたのだ。動揺した。糸で操られたように自分が動かされたのだと、言われた気分だった。


「仕込むのは、倦怠感や閉塞感。まあ早い話が良くない魔法みたいなものだと思ってくれ。そして下手人はこの世界の一部であり、この世界でないどこかだ」


 何だよそれ。狐につままれた気分だ。GW明けに死ぬ人間は誰かに踊らされているっていうのかよ。いやそこまでは百歩譲ってわかる。対面にいる非常識は魔法みたいな人物だ。けど後半は何だ。


「世界の一部であり、この世界でないどこかって。じゃあ一体どこ何だよそれ」

「あー、そこか」


 グレンさんは燃えるような赤髪を弄る。どこかその表情は面倒そうに見えた。


「説明するのはやぶさかではないが、君は同一世界の多重構造論なんてわからないだろ」

「同一世界のなんとか論?」


「それ見たことか」とグレンさんは自分の額をペチンと叩く。さすがにそれはオーバーリアクションだろ。幾ら俺が理系からっきしの文系とはいえ。


「仕方ない。君にわかる範囲内で説明しよう」


 ガラガラと何かがティーテーブルに落ちた。正方形の積み木だ。

 同じ形をした木片が四つ。グレンさんはそれを手に取り、一つにまとめた。四つの正方形の積み木は一つの大きな正方形となった。


「さて少年、この時四角形は幾つあるかな」


 その口ぶりに少しムッとした。そのくらいは文系でもわかる。


「5つだろ」

「少年……それは正方形の数だ」

「ッ――! 9つだ、9つ」


 痛恨のミス。しまったと思ったときには時すでに遅し。

「やれやれ」とグレンさんは悩ましげに手を返す。


「まあいい。これが同一世界の多重構造論だ」

「や、言い切られてもわかんねえだけど」

「この中の存在する四角形すべてが世界だ。世界は互いに密接に交わり会い、それでいて独立している」

「……わかったような、煙に巻かれたような」

「仕方あるまい。あくまで触りだけなのだ。本気で学びたいのなら、人生を棒に振る覚悟を持つことだ」


 一生なのかよ。俺が同一世界の多重構造論とやらの理解に要する時間は。さすがにそこまでして理解する気力は俺にはねえよ。


 一旦紅茶を薄紅色の唇に運んでから、グレンさんは仕切りなおす。


「ともかく、この世界構造というのが実に厄介なのだよ、少年。概念的な世界に比べて物理的な世界は少ない

「物理的に世界は一つでも、本当は沢山あると」

「まあ正確には一つじゃないが、そんな感じさ」


 ああ、そうか。正方形の問題では物理的に4つで、概念上は9つ存在していた。それはわかった。それが何で厄介なのかまではわからないけど。まだキョトン顔の俺を見て、グレンさんは悟ったように補足説明を入れた。


「4つの世界で9つの世界は賄えないのだよ、少年」

「賄えないって? 食料なのか、地下資源なのか」

「君が考えうる世界を構成するすべてだ。そして君には想像もつかぬすべてでもある」


 それはヤバイだろ。俺たちがいる世界が偶然にも裕福な世界なだけってことだろ。総量が有限なら、他にその煽りを受けて貧乏な国があるってことで。


「そんなの戦争(クリーク)だろ。や、どうやって他の世界を構成するものを奪うのかは知らねえけど」

「うんそうだ。何を隠そう私の目的はそれだ、少年」

「……はい?」

「私はこの世界を滅ぼしに来た。君の国の言葉で言うなら」


 ――殺してでも奪いとる。


 バニーガールの破壊神が降臨した。

 その衝撃的な事実を前にして、俺は椅子ごと転倒した。背中が痛いとかそんなの問題じゃない。こんな人外が多数押し寄せてきたら世界がヤバイ。俺の大好きな言葉「終わりの始まり」が正しく起こる。


 咄嗟に制服のポケットからスマホを取り出す。慌てず落ち着きクールに冷静沈着に119番をプッシュ。もしもし警察ですか。バニーガールで地球がやばいです。


 消防署ですって。知るかよ。取り合え。

 あのバニーさんが、あのバニーさんが。

 ――ドッキリ大成功って看板を持ってます。


「冗談だよ。何だつまらない人間だと思っていたが、実に愉快な人間じゃないか」

「……驚かすなよ」


 ったく。イタ電しちゃったじゃん。


「多重構造内に含まれる世界、総称キューブでの略奪行為は禁止だ、少年」

「じゃあ、何しに来たんだよ、グレンさん」


 結局俺が聞きたいことはそこに尽きる。多重構造なんたらはどうでも良い。結局何者なんだよ、このバニーガールは。


「そこで話はGWに戻る」

「随分と前に戻るな、おい」


 大分遠回りをした気はするが、やっと話は本題に戻った。GWの暗殺話だ。


「表向き略奪行為は禁止でも、間接的に別の世界の資源を奪う方法はある」

「それが暗殺だと」

「そうだ。君も大分飲み込めてきたな、少年」


 や、ここで暗殺と答えられなかったら、今までの話が根底から覆るだろ。もっとも暗殺と略奪がどう結び付くかはさっぱりだ。頭でクエスチョンマークがワルツを踊っている。


「そこんとこどうなのよ、グレンさん」

「世界を構成する資源を一番食うのが人間なのだよ、少年。だからこそ裕福な世界の人間を殺すのさ。浮いた資源は同世界で留まるのでなく、キューブ内での再分配が起こるからな」


 や、通じちゃうのね。そこんとこで。


「おっと勘違いしないでくれ。私が読んでいるのは君の心の表層だけだ。決して僕のおみ足を舐めたいとか、胸に埋もれたいなどという、君の秘めた願望までは読んでいないさ」

「あんた本当に何者なんだよ――ッ!」


 俺の僧侶趣味とか、バニーガールに揺れる青少年の心とか。性的な視線で見つめていたあれやこれや、全部筒抜けかよ。恐ろしいバニーガールだな。そしてごめんなさい。


「気にするな。僕は思春期の男子の味方。いわば職業はエッチなお姉さんだ、少年」

「あんたの正体、それで良いのかグレンさん!」

「後、副業でキューブの問題解決を図る調停官をしている」

「さらっと重要なこと言った!」


 同一世界に存在する、無数の世界。そこで起こる問題を解決するって超重要な職業だろうが。冷静に考えろ。エッチなお姉さんが本業っていうのは。


「最高ですね。男子高校生的に」

「ふふふ。この性欲盛んな青少年に視姦される瞬間が、実に堪らない」


 頬を赤く染め上げて、グレンさんはぶるりと背筋を振るわせた。やばい真性だよこの人。エッチなお姉さんが天職だよ。


「まあ、そうやってエッチなお姉さんをやっている片手間に世界間の問題を納めている。選り好みして人助けをしている感じだな」

「選り好みすんのかよ、調停官!」

「当たり前だろ、少年。女を助けてどうする。私を視姦してくれるのか?」


 やばい真性を通り越して神性だ。「いや、レズビアンであれば」とか呟いてやがる。先の機会にせめて救急車を手配すべきだったかもしれない。や、手遅れだな。


 一頻り妄想で涎を垂らしてから、グレンさんが現実に戻ってきた。良かった二度と帰ってこないかと思った。


「失敬。取り淫らたな、少年」

「さらりと新種の単語が聞こえたのだが」

「君は青少年で良かったな。私が居なければ死んでいたところだぞ」


 聞いてねえし。その上一人で完結してるし。だけど助けられたのは事実だろう。この人が居なければ、俺はあわや死んでいた。一応、頭下げねえといけねえよな。


「あの、グレンさん。ありがとうございます」

「何気にするな。君は目の保養になって、私は背中がゾクゾクする。ギブアンドテイクというやつだ」


 そっちじゃねえ。勿論百万枚撮りのフィルムを凌駕する男子高校生の脳みそに焼き付けておいたけど。


「さて、長居し過ぎたな。そろそろ次の迷える青少年(こひつじ)を助けに行くか」


 座っていた椅子が、空気椅子に早変わり。慌てて立ち上がる時には茶席の跡はなかった。ポットもカップも机も椅子も全てが虚空に消えていた。


 グレンさんの目の前には夜空を切り取ったような楕円球の入り口がある。縁が燃えるその入り口に足を踏み入れようとする姿を見て、焦った。この人が行ってしまうと。


「あの、グレンさん」

「何だ少年、まだ視姦し足りないのか」

「たぶんこの後――俺は自殺します」


 両腕で挟んで胸を強調する。そんなセクシーポーズを取っていたグレンさんが呆気に取られた様子だった。仕方あるまい。俺の発言も大概なのだ。

 額に二本指を当ててグレンさんは思案顔で説く。


「おいおいおい。聞いていたのかい、少年。君の自殺は君の自由意志によるものではない。どこに死ぬ理由があるのか説明願いたいところだ」


 何が説明だ。どうせ読心術でわかっている癖に。だから困っているのだろう。俺が無理を言うから。


「俺も連れて行って下さい。さもなければ死にます」

「……あのなあ、少年」

「これが俺の自由意志です」

「……だからなあ、少年」

「お願いします。今はまだ下手でも、もっと上手く視姦できるようもなります」

「……ふむ」

「そこで考えるのかよ!」


 冗談だと微笑むと、グレンさんは俺の手を取った。何の真似かと思っていたが、俺が甘かった。職業エッチなお姉さんを完全に甘く見ていた。


「な――ッ!」


 むぎゅう、と俺の右手が柔らかい凶器に突っ込まれた。黒のレオタードの切れ間から覗く柔肌。その程よい弾力が指先から全身へ突き抜ける。


「エッチなお姉さんを喜ばせたいなら、これぐらいはできないとなあ、少年」

「いや……あの、えっと」


 上から覆いかぶさるグレンさんの手。その動きに合わせて俺の右手がグレンさんの胸を揉みしだく。いやわからない。この手は自由意志で揉んでいるのかもしれない。

 頭が沸騰して熱い。顔どころか全身の皮膚から火が出そうだ。


「おやあ、どうした少年。前屈みだぞ」

「これは……自然現象です」


 だんだん前傾姿勢を深める。そうせざるを得ない。その様子を愉しげに眺めながら、グレンさん言った。


「5分だ。もし君が自殺を諦めるのならば、5分揉ませてやろう、少年」

「5分……だと」


 なんて男子高校生の背骨を揺さぶる魅惑の提案なのだろうか。しかしだ。これは蜂蜜に塗れた罠だ。騙されてはいけない。


「それは、自殺と一緒に異世界行きを諦めろってことだろ」


 毅然とした態度でグレンさんを睨む。


「いや……胸を揉んだ状態で凄まれてもな」


 そこは本能的な動きなのでご容赦願いたい。だから妖艶な瞳で見つめるのを止めろ。直ぐに離すさ。大事なものを手放す前にな。舐めるなよ男子高校生の鉄の意志を。


「俺はこの世界からログアウトするッ――!」

「そうか。ところで、僕の提案はまだ片手落ちなのだが」


 俺の左手が独りでに動き出した。ホワッツ? 何の力が働いてやがる。意志が届かぬ左手は伸び行き、グレンさんの空いた双丘に向かう。


「なッ――!」

「どうだい。両手が幸せ気分かい」


 グレンさんは誇らしげな顔をする。片手落ちってそういう意味かよ。確かに両手に全神経が集中していることは認める。だが男子高校生の鉄の意志は――。


「……っう」


 小さく。色っぽい呻き声が聞こえた。声の主は全身を桜色に染めて厭らしい微笑を携えている。呼吸の感覚は短く、わずかに荒げた吐息が耳に届く。汗に塗れた良い匂いが、甘美な香りとなって俺の鼻を抜けていく。や、なんだよこれ。


「さて、どうする少年」


 誘惑に合わせて、俺の天秤は揺れる。


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