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屋上テラスのバニーガール

 GW明けたので死のうと考えている。


 GW明けの憂鬱から誰もが考える行動を、今まさに俺は敢行しようとしていた。や、何となく漠然とした予感はあったのですよ。受かった高校は第二志望だったし、巷で噂の5月病に侵される自信もあったし。


 友達は……いないというわけでもない。

 ただどこか馴染めないというか。何か違うというか。表面上友達なだけで、どこか互いに気を遣い合っている余所余所しさがある。なんというか疲れる関係なのだ。


「だーれも気づかねえのな」


 誰に言うでもなくツイート。当然リプライなし。

 一時間目に入った時間帯。教室に閉じ込められた生徒はもちろん、教師もだーれも気づきやしない。教室から漏れてくる声を聞き流しつつ、俺は校舎の階段を登っていく。行く先は屋上、そしてその先にある天国とかいう楽園だ。や、行けるかどうかはわかんねえけど。


 一段、また一段と階段を登る最中、心の奥底ではこれで良いのかと思う自分が確かにいる。けれど、それと同時にこれで良いだろと諦めたように溜息をつく自分もいる。


 どうしてこうなったんだろうな。


 GWが始まる直前。俺は中学時代の友人に声をかけては回っていた。今になって思えば、楽しかった時間を取り戻したいという気持ちの現れだったのだろう。

 まあ、結果から言えばこれが大惨敗なわけですよ。掠りもしないで大空振り。逆に惨めになるぐらいなら誘うんじゃなかったと反省すること頻りだよ。こんちくしょう。彼女と一緒に夢の鼠王国行くだの、高校の友達とバーベキュー行ってくるだの。何なんだよお前ら。本当何なんだよ。エンジョイしてんな人生。

 

 ……止まってたのは俺だけか。

 

 みんな新しい環境のなかで居場所を見つけ始めていた。そりゃあ全員が全員エンジョイしてるとまでは言わねえけど、折り合いつけて頑張ってたよ。少なくとも過去(うしろ)向いてる奴はいなかった。そのときになってようやっと理解した。ああ、俺だけ置いてかれたんだなって。


「到着っと」


 屋上前の錆びた鉄扉まで来た。アニメなんかじゃあ、青春真っ盛りな主人公なんかが、よく美少女と戯れている屋上だが、現実的には開放されていない。

 この事実を知ったとき。悲しんだ者はリア充で、アニメの主人公ざまあと思った人間は非リア充に違いない。屋上でラブコメ展開とかねえから。そう考える俺は当然後者である。


「や、どっちなんだろうな」


 自殺ができないと嘆く者は非リア充に違いないと。俺は自嘲するように笑みを浮かべた。


 STOP少子化。自殺防止対策。そんな開かずの扉なのだが、合鍵の前には一溜まりもない。職員室の壁にかかっていた(ぶつ)で難なく解錠。ガチャンと少し重い音が鳴った。


「良い天気だな、おい」


 五月晴れとでも言うのか。雲一つない晴天が空を満たしていた。まさに自殺日和。これはもう神様が俺に死ねと言っているに違いあるまい。


「俺も転生とかできねえかな」


 ネットで読み漁った異世界転生の物語が思い浮かんだ。剣と魔法の世界でハーレムうはうは。そんなお得な特典付きだったら、もっと前向きに死ねるのだが。


 ――ん?


 ポケットが震えていた。未来の俺からの電話か。はたまた異世界の誘い手からの連絡だろうか。そんな馬鹿げた考えもスマホの見るまでだ。何の変哲も無いメッセンジャーの通知連絡だった。


『イッペイ来れる?』


 イッペイというのは俺のネトゲ上の名前だ。名前の明星(みょうじょう)から来ている。命名理由は夜店の焼きそば的なアレだ。

相手はGW中に作った友達。顔も見たことがない、有り体に言えば電子の世界のお友達だ。あいつ、まだネトゲ続けてんのかよ。俺と同い年じゃなかったか。


『無理。今から死ぬから』


 返信すると、即再返信が来た。さすがはネトゲ廃人様。返信速度が違う。


『うはwwwお前www氏ね』


 ……草生やされた。まあ当たり前だよな。俺がいるのが屋上だなんて思わないわな。なんだか石畳の隙間から生える雑草が俺を笑っている錯覚に陥りそうだ。


 この後立て続けに届くメッセージは、早くONしろの一辺倒だった。この廃人様め。俺の遺言状代わりのメッセージを受け取った人間として、白日の下に晒されるが良い。俺は呪い込めてスマホを仕舞った。


 さーてと、覚悟が鈍る前に飛ぶとしますか。と、最後の花火をべチャリと打ち下ろすべく歩を進めた俺だったが、妙な違和感を覚えた。あれ、なんかおかしくねえか。


「柵が……ねえ」


 屋上には赤茶の錆が混じる防止柵がなかった。どうぞご自由に自殺して下さいスタイルだ。自殺のフリースタイル。むしろ自殺推奨と言っても過言ではない。


「……まあ、いいか」


 後頭部を掻いて無駄な思考を散らす。柵がない? 大いに結構じゃないか。お膳立てされてるってことだろ。ありがたく花道を歩いて人生を引退させていただこう。


 屋上を風が吹き抜けた。びゅうびゅうと唸りを上げる風音は何かを囁いてようにも聞こえたが関係ない。ただ前へと歩く。足の踏み場が無くなるまでだ。身体は正直者で、死が近づいてくると、自然と震えが湧いてくる。「へへっ」と妙な笑い声が喉から滑り落ちた。


 ただいま自殺の最前線。

 

 ごくりとつばを飲み込む。


 灰色の淵は、人生の淵。一歩青い地面へ足を踏み入れれば、俺は校庭の赤い染みになる。イーチニ、イーチニと下からアホみたいな掛け声が聞こえた。上見ろよお前ら。俺の人生が一大事だぞ。


 後一歩だ。恐怖で震える足を後一歩前に踏み出せば、俺の勝ちだ。……勝ち? 俺何に勝つのだろうか。わかんねえ。ただ下だけは見るな。下を見たら踏み出せなくなる。


 そうわかっていたはずだったのに。


「君の太陽は燃えているか?」


 俺は釣られるように下を見てしまった。

有り得ない声の出処(でどころ)を探し当ててしまった。


 屋上の淵から真下1m付近。


 バニーガールが校舎の壁に垂直に立っていた。


「ひぃっ」


 一も二も無く飛び退いた。尻もちをついたが、そんなのは些細な問題だ。

 何か手持ち看板を持っていたかもしれないが、どうでも良い。有り得ない光景だった。そして何故バニーガールなのか。俺の趣味か? 俺は遊び人より奥ゆかしい僧侶派だと思っていたのだが、違うのか。深層心理ではバニーガールを求めていて、それが走馬灯に現れたのか。


「夢……だよな」

「釣れないことを言うじゃないか、少年」


 バニーガールが歩いてきた。さも当然のように壁を垂直に歩いて、直角に曲がって平然と。

 

 燃えるような髪を持つバニーガールだった。歩く動作に合わせて動く赤髪は、まるで揺らめく炎のようだ。今にも燃焼音を立てそうな雰囲気すらある。


「これを見るが良い」


 上からの声に従い、俺は下から見上げる。黒のハイヒールから、黒の網タイツに包まれたおみ足。次いでエグい切れ込みを見せる黒のレオタードは、ぴっちり引き締まっている。彼女のスタイルを際立たせ、何より質量豊富な胸を強調していた。なんという絶景。


「おい、そこの健全なる青少年」


 お叱りの声を受けて、途中で止めていた視線を上げる。首元の黒の蝶ネクタイを通り過ぎると、このスタイルを裏切らない造形美を誇る顔があった。目元はニヤニヤしていて、こちらを見ろといわんばかりに薔薇色の瞳が動く。その動きに合わせて、俺はバニーガールの右手を見る。


『ドッキリ大成功!』


 そう書かれた古めかしい看板を持っていた。なんだ、全部ドッキリか。人間は壁に垂直立ちできないからな。


「ふふふ。どうだ驚いただろう」

「ええ、心臓が止まりそうなほどに」


 オマケに腰まで抜けそうだ。足に力が入らねえ。

 演劇部かはたまた手品部の人間だろうか。


「一体どんなトリックで垂直立ちしてんだよ」

「トリック? これのことか」


 パントマイムにも似た仕草だった。バニーガールが見えない階段を登っている。一段二段と、空で昇降運動を繰り返している。や、普通におかしいよな。


「呆れたな。君はこんなことも出来ないのか」


 ただ目を瞠る俺を蔑すみ、バニーガールは続ける。


「やれやれ、功夫(クンフー)が足りないな」

「出来るのか! 功夫積めば出来るのかソレ!?」


 その理論で言うと、中国広東省辺りは空中散歩する人間で溢れて返っていることになる。ないない、そんな現実あってたまるか。

あり得ない現実に頭を振っていると、大層冷たい視線をいただいた。


「何を言っているのだ。功夫を積んで空を歩けるわけがないだろ。君は頭がおかしいのか」

「言ってること変わってる!」

「いや、ちょっと青少年を蔑むお姉さんというのをやってみたかったのだよ」


 わずかに頬を蒸気させ、バニーガールは赤髪を弄っていた。いや恥ずかしがるところじゃねえし。テレテレすんな。本当何なんだよこの人。


「あんた一体何者なんだよ」


 その言葉を待っていたと。そう顔に書いてあった。

 バニーガールは待ち侘びた言葉を歓待し、やがて名乗り口上を始めた。


「良いかい。僕の名前は一度しか言わないから良く聴くのだよ」


 澄まし顔でバニーガールは名乗る。


「僕の名は、グレン=ヴァンシュタインロード=アレキサンドライトだ」


 バニーガールを止まらない。謎の長命を告げてから、澄まし顔をドヤ顔に昇華させた。こんなあからさまなドヤ顔、当方一度もお目にかかったことねえよ。


「グレンさん、ヴァンさん、シュタインさん、ロードさん、アレキさん、サンドさん、ライトさん。何れかの好きな名前で呼ぶが良い」

「……じゃ、じゃあ、グレンさん」


 無駄に豊富すぎる選択肢から頭を取ると、グレンさんは呆れたように溜息をついた。


「ナンセンス。その選択は無難過ぎる。実に君はつまらない人間だな。自己紹介で読書が趣味だと言うのに、決して読書家でない人種の選択だ」

「あんた、俺の自己紹介を見てたのか!」


 まるで俺の四月初頭の自己紹介を見ていたかのような口ぶりだった。何故それを知っている。


朱野(あけの)明星(みょうじょう)です。趣味は読書です。よろしくお願いしゃっす」

「止めろお前」


 汚い顔したバニーガールが俺の真似をしていた。気怠そうに猫背で顎をわずかに突き出す動作。たぶんお辞儀の出来損ないの表現だろうな。


 さすがに馬鹿にし過ぎだろ。俺は怒りを込めて地面を蹴るも転げた。さっきのドッキリ大成功で筋肉が弛緩して使い物になりゃしねえ。


「全く何をしているのだ、君は」


 無様に転げた俺の脚を、グレンさんが掴む。ほわんと。グレンさんの右手が淡く発光する。今度は何の手品だと勘繰る間もなく正解に至った。さっきまで緩々だった筋肉が程よく収縮されて身体が動く。いや動くどころの話ではない。先ほどまで倦怠感に包まれた身体が軽くて仕方ない。嘘だろ、早朝ネトゲ三昧だったのに。


「えっ、何これ。回復魔法?」


 屈伸、腕のばしと、身体の調子を確かめている間。グレンさんはティータイムの準備をしていた。虚空からティーテーブルセットを取り出して、白いレースをかけている。思えばいつの間にか手持ち看板も消え失せていた。何だこの人。非常識の塊なのか。


「さて少年。立ち話も何だ。こちらに来ると良い」


 グレンさんは、頭より高い位置から紅茶を注ぐ。金の刺繍が施されたティーカップには、一滴たりとも外れることなく紅茶の滝が流れ落ちていく。


「喜べ少年。私が美味しい紅茶を淹れてやろう」


 校舎屋上に出来たオープンテラス席に俺は誘われた。

そこは仄かに紅茶が香り立つ不思議な空間だった。

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