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ダイスワークス✡リポート  作者: 沖 鴉者
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Welcome to Kingdom

♢「失礼します」


 強化ガラスの引き戸を開け、俺達は賽縁庵のリノリウムの床を踏んだ。


 ワゴンの中で手渡されたスタッフ用のジャージとポロシャツが、ようやく衣服の役割を果たし出す。


 海風が強過ぎるんだよ、全く。


♧「髪グシャグシャだよもー」


 三葉、お前は毛足短いんだから気にする必要もないだろう。


 問題は寧ろ……。


♡「……気にしないで下さい。私なら大丈夫です」


 ワシャワシャの髪を手櫛で直しながら、心美さんは目を落とす。


 ポロシャツ姿の破壊力、凄いです。ごちそうさまです。


 しかしまあ、何と言うか。


♧「静かですね」


 そう、静かだった。


 入居者どころか、スタッフがいるかどうかすら怪しい静謐。


 痴呆者の雄叫びも、温厚な談笑もない。


♢「……社長、どうしましょう?」


♤「とにかく行くしかないでしょー。十二里君、事務室まで案内お願い」


♡「……分かりました。こちらです」


 硬い表情で心美さんは頷く。


 事務室には、誰にも会わずに到着した。


 開け放たれた扉を潜ると、三つあるデスクの全員が顔を上げる。


 その動きが余りに揃っていて、何とはなしに背筋が寒くなった。


 キョンシーかお前等。


♡「おはようございます。本社より参りました、社長秘書兼副社長の十二里心美です。九条医院長はいらっしゃいますか?」


✡「ええ、いらっしゃいますよ」


♡「そうですか、どちらに?」


 次の瞬間、俺は事態を確信した。


✡「「「はい、蔵海様の所に」」」


 三人のスタッフが、一斉に答える。


 呼吸すら揃った合唱に、俺は冬の海に突き落とされた様な心地だった。


♢♧「「……」」


♡「分かりました。ありがとう。二人共、行きますよ」


 絶句する俺と三葉にそう声を掛け、心美さんが先導する様に事務室を出る。


♢「……十二里さん」


♡「ご覧頂いた通りです。ここは今、十二里蔵海の支配下にあります。彼女はここにいる全て人の心の弱みに付け込み、侵食し、屈服させています。さながら、女王の様に」


♧「……」


 何て事だ。


 紛れもなく、ここは王国だったんだ。


 十二里蔵海という魔王に征服された、成れの果て。


 その真只中に、俺は迂闊にも入ってしまったんだ。


 歩調が、無意識の内に緩む。


 恐い。


 滅茶苦茶恐い。


 心を蝕む虫が足元から心臓まで這い上がって来る様だ。


 過呼吸と痙攣で頭がクラクラする。


 警鐘が頭痛となって頭を殴る。


 グワングワンと揺れる景色に、吐き気すらもよおして来た。


 思わず口元を抑え蹲る俺に、しかし社長は穏やかに言い放つ。


♤「大丈夫だよ、十一君。大丈夫」


 思わず、社長を睨む。


 その言葉は、気休めには程遠い。


 第一、社長がどんな基準でその判断を下したかが、分からない。


♢「……そりゃ社長はいいですよ」


 気付いたら、そう零していた。


♤「ん?どういう意味だい?」


 その言葉に、再び堤防は崩落した。


♢「想像ですけど、生身じゃないと心読まれないんじゃないですか?だから今日もその訳の分からないゴジラ人形に入ってるんじゃないですか?」


 捲し立てた所で、何が変わる訳でもない。


 それでも、言わずにはいられなかった。


 無計画なのは認める。


 行き当たりばったりなのも、無知なのも、全部自覚はある。


 でも、だからと言って、どうして命を張るまでの事に身を置かねばならないのだ。


♧「何考えてるか当ててあげよっか?」


 不意に三葉に顔を覗き込まれて、俺は身を仰け反らせる。


♧「また土壇場でビビってる」


 いつもの薄ら笑いをスッと引っ込めて、三葉は真顔で俺を見た。


♧「いい加減に止めなさいよそれ。アンタは何でそんなに自信がないの?アンタの技能は凄いの。価値があるの。それを頼った十二里さんや社長を、アンタ簡単に裏切るの?」


 知った風な口ぶりに、血が沸く。


 脊髄反射の勢いで、俺は言い返していた。


♢「知った事かよ!それは同じ土俵に立った人間が言う事だろ!お前は俺がどうなってもいいからそんな事が言えるんだ!お前には何のリスクもないから!」


 言い掛けて、言葉を呑んだ。


 否、厳密に言えば、言葉も吸気も凍り付いた。


♡「十一君、黙りなさい」


 心美さんの放つ氷点下二百七十三度の視線と声が、俺の何もかもを凍らせていたからだ。


 己の爪先を睨む三葉は沈黙し、十二里さんに抱えられた社長も何も言わない。


♤「行くよ、二人共」


 今度は強い口調で社長が促す。


 何故心美さんが腹を立てたのかは、この時まだ分からなかった。

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