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魔法使いになった男

もし、帰還せずぐだぐだ過ごしていたらという軽い話です。

 救世主様として召喚された見知らぬ国で、世界を祈りで救ってくれという無理難題を吹っ掛けられた。一応できる範囲は祈ってやるけど、私は帰るんだからねと周囲の人間に常々言い続けてもう一年が立つ。救世主様としてこのうえなく役立たずの私は、いつのまにか王家のしがらみに巻き込まれたユメちゃんや、戦争や宗教が絡んだ政治に象徴として駆り出されたユメちゃんや、ミレイさんとレイナードからアプローチを受けて困っているユメちゃんなどを観察して過ごしていた。


 それにしても死亡フラグっていつになったら立つんだろう? 都市伝説ってやつだったのだろうか。

 見事、ユメちゃんと築いた友情は固く、何人たりとも我らの間に入ることまかりならんというレベルである。


「ハルカさん! 私は王都にいってきますから! お留守番お願いしますね~」

「はいはい」


 ぽりぽりとレモンの皮の砂糖漬けを食べながら寝転がっていた私とは違い、優秀な救世主様であるユメちゃんは忙しそうに神殿をあとにしたのだった。残された救世主様のやることと言えば、ブレラの講義と朝のお祈りくらいである。たまにシズマくんとおやつを食べるのは秘かな楽しみだ。

 砂糖漬けをかじりながら読みかけの本をめくるが、邪魔者が現れた。前髪が伸びて陰気くささが漂うようになった、我が親友のブレラである。


「ハルカ! 今日は講義の日だろう! 開始時間からすでに二時間が経過している。お前は一体何をやっているんだ!」

「教養を身につけるために読書に励んでいます」

「また恋愛小説か? そんなもの後で読めばいいだろう」


 くだらないといいたげに鼻を鳴らすブレラに、ちょっとむっとする。


「ブレラが貸してくれたんじゃん!」

「……僕は眠る前に一冊と決めている」

「……あ、そおなの」


 ユメちゃんにも貸していたくらいだから、嫌いではないんだろうなぁとは思っていたんだけどね、まさか眠る前に一冊読むとは予想もしなかった。いつも眉間にしわを寄せて、ミスティアーシャがうんたら、神殿の腐敗がかんたらと悩んでもしょうがないことをぶつくさ言っているのに、恋愛小説が好きなんだろうか。


「なんで恋愛小説をそんなに読むの?」

「別に、恋愛じゃなくても構わない。架空の物語であれば何でもいい。それよりも今日は市井に出る予定だったというのに……」

「え? 町に行くつもりだったの!? 早くいってよ、いくいく」

「……厩舎にこい。先にいく。いいか、すぐに来いよ」


 はいはいと素直に返事をしたというのに、ブレラは念を押しに押してからいってしまった。なぜこんなに信用がないのか不思議だ。それにしても町にいくなんて久しぶりで、少しだけわくわくする。いつも神殿にいるから同じ顔ぶればかりで新鮮味が足りないのだった。

 今度はブレラを待たせるわけにもいかないので、急いで着替えて厩舎に行けば彼はすでに馬に馬具をつけて待っていてくれた。それにしても一頭しかいないのだけど、ブレラは並走でもするつもりなのかしら。


「誰かさんのおかげで一頭しか借りられなかった。いくぞ」

「その誰かさんのおかげで、いい思いをするのだからいいじゃないの。年ごろの女の子と馬上で密着」

「……ハルカは二十歳だと聞いたが? ミスティア国ではお前は行き遅れだ」

「うるせー、私の国では需要があんのよ、ぴっちぴちの女子大生なんだからね。まぁ、ユメちゃんはぴっちぴちの女子高生だからそっちのほうに群がるかもしれないけど」


 先に馬に乗るとブレラが後ろにのる。学者様は肉体労働が苦手なうえ、最低限の筋肉のため凭れると重いだのなんだのうるさい。それでも背丈だけは私より上なので、立派な日よけくらいにはなる。すっと背後から腕が伸びて手綱を取ったブレラを見上げてみると、紫紺の瞳がぴたりと重なった。


「町のどこにいくの?」

「孤児院だ」


 どうやら今日のおでかけは社会見学らしい。町の屋台でじゃがいもをあげたもっちもっちのやつを買って貰おうと思ったのになぁ。

 そうしてやってきた孤児院では、救世主様の私がやってきたということで、職員の皆さんは頭を下げっぱなしだった。連絡なしで来たのかとブレラに問えば、彼は「世間知らずの友人を連れてくると話はつけた」とのたまった。失礼なやつだな……! いいか、お前が日本にきたら、そっちが世間知らずなんだからな! 人差し指をつきつけた私に、ブレラはどうにかして行ってみたいが仕組みがよくわかっていないと真面目に返してくださった。最近、ブレラは私がどんなに怒ってもスルーである。


「ハルカ様がいらっしゃっるのなら、ちゃんとしたおもてなしを……すみません、何も用意できておりませんが」

「いや、構わない」


 それは私のセリフである。しかし、恐縮しきったお姉さんにできるかぎり笑みを作って、手をふってみせた。


「大丈夫ですよー、私、親しみやすいメシア様を目指しているんで。それに子どもは好きだし。一緒に遊んでもいいですか?」


 尋ねるとお姉さんはもちろんといってくれた。でもその前に孤児院の説明を聞こうというわけで、やってきた院長先生が簡単に案内してくれた。ここは親が出稼ぎで一時的に預かる場所でもあり、身寄りのない子どもたちを育てる場所でもあるらしい。貴族の支援で成り立っているが、もちろん神殿から支援もあるそうだ。特に読み書きと道徳などの教えについては神殿が力を入れているらしい。初耳である。

 施設をぐるりと回りきるころには、後ろから好奇心いっぱいの目がついてきていた。院長先生が微笑みながら、みんな人懐っこいんですよ、と慈しむようにいう。


「よし、じゃあ、今日はお姉さんも混ぜてもらおうかなー!」


 自己紹介を済ませてさっそく子どもたちの輪に入れば、すぐに受け入れてくれた。もうちょっと警戒心を持つべきじゃないかな、少し心配だわ。けれど、子どもと遊ぶのなんて久しぶりだし、みんなちっちゃくてかわいいし、しかも天使の容貌である。外国の子どもって可愛いと思っていたけど、本当にかわいい。髪が金髪でふわふわ、青い目がきらきら。稚拙な表現だがそれ以上思いつかない。


 けれど、私は子どもという生き物を甘く見ていたよね!

 どんだけ体力があんの!


 文字通り子どもたちを振り回し、追いかけまわし、かけずり回った。神殿でレモンをかじりながら、イケメンウォッチングに興じる私の体力など雀の涙である。くたくたになった私はワンピースを泥だらけにしたのだった。あとでエミリアに小言を貰うな……。

 そこで、ふと気づいたのだけど、ブレラはどこに行ったのだろう。あたりを見渡してみると、中庭の一角にその姿を見つけることができた。女の子に囲まれてなにやら楽しそうな声が聞こえてくる。何をしているんだろうと気になっていってみれば、ガラス玉を消してお花にかえていた。マジックである。


「ブレラ……そんな器用なことができたの……!?」


 衝撃である。真面目で融通のきかない 堅物であるブレラがまさか、手品の一種ができるなんて。出した花はそのあたりに咲いているかわいらしいものだったけれど、ブレラからお花を貰った女の子はうれしそうに頬を染めている。


「ハルカ……顔に泥がついているぞ」

「あ、あー、だろうねぇ」


 こすってみるけど、とれていないらしい。女性としてどうなんだと言っている学者様の視線を無視して、呼ばれた子どもたちの輪に戻る。その間、ブレラはマジックを披露していたようで、だんだん子どもたちが集まって、それは一種ヒーローショーのようにブレラを取り囲んだ。いつも小難しいことを考えている彼も、きらきらとした純粋なまなざしにリラックスしているようだ。眉間にしわがないほうがイケメンなのになー。もったいない。

 そして、日が暮れる前に孤児院を後にすることになった。子どもたちと先生方に手をふって別れを告げたとき、ブレラから花を貰っていた女の子がひときわ大きな声でありがとうという。


「魔法使いのお兄ちゃん! また来てね!」

「ああ、またくるよ」

「そのときは……お兄ちゃんのおくさんになりたい!」


 隣で盛大にむせたブレラに、わたしもわたしもと女の子の手がわらわら上がる。モテモテだなぁとにやにやすると、彼は私を睨みつけておままごとは苦手だと小さな声で呟いた。意外にも子どもから好かれるブレラを微笑ましく思いながら、馬に乗せてもらって神殿に帰る。


「それにしても、魔法使いのお兄ちゃんかぁ」

「手品がうけたようで安心した。僕はあまり笑顔をふりまけないからな」

「そうだね!」


 失礼を承知で頷いて彼を見上げれば、整った顔が無表情にこちらを見ていた。危ないから前を見ろよ、前を。


「それにしても、奥さん候補がいっぱいできて良かったじゃない。将来を買ってやりなさいよ」

「やめておく。僕は人を気長に待つタイプじゃないしな。そうだ、ハルカ、手を出してみろ」


 なんだろう。手を出すと彼はぽんと小粒の石が数珠のようにつらなったブレスレットを、何でもないように置いた。西日をうけてきらきらと光るそれに、思わず顔をあげるとすでに顔をまっすぐ前に向けている。


「ある地方のお守りだそうだ。健康と良い縁を願う石をブレスレットにしている。僕の研究対象外だからお前にやる」


 どうやら、行き遅れの私を心配してくれているようである。さっそく手首にブレスレットをつけてみる。このピンク色の石が良い縁ってやつかなぁ。向こうにもパワーストーンだとかあったよねぇ。ちょっと懐かしい。

 でもさ、これってブレラにも必要じゃないの?


「ブレラにもいい縁があるといいよね! 本当の魔法使いになる前に、娼館に行くか体を持て余した貴族の夫人に手ほどきを受けるか選んでおきなよ!」

「魔法使いがどう繋がるのかよくわからないが、やめろ! お前にそんな心配をされる必要はない!」

「……いいこと思いついたわ!」

「……聞きたくない。喋るな」


 そう言われてやめる私ではない。ブレスレットのお礼もかねてささやかに祈ってやろうじゃないの。


「今夜、いい夢をみますように!」

「……僕は絶対、眠らないからな……!」


 顔を赤くさせて眉間にぎゅっとしわを寄せるブレラを笑ってしまった。そんなに必死にならなくてもいいのに。いい夢を見るといっても、どんな夢になるかはまだわからない。早とちりだとからかえば、今度は本気で怒りそうなのでやめておこう。何事も引き際が肝心なのである。


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