研究者A
朝、光が窓から差し込むのと同時に「ああ、起きなければ」と、半ば寝かかっている頭を無理やり覚醒させる。
朝飯は、適当にお茶漬けにでもしよう。
そう思い、作業を中断し、工房から出てキッチンへと行く。
キッチンまで行くのはめんどくさい。だが、工房内での作業を考えると同じ場所で作られた飯は食べたくないし、気持ちの切り替えの意味も込めて、キッチンは工房とは別の部屋を作り、そこに設置してある。
作業効率の観点から見れば非効率なのだが、疲労感をリセットするという意味では役に立つ。実際、薄汚く工房独特の匂いのすり場所で食事まで(睡眠は基本、工房での寝落ちである)するようになれば、心の休まる場所がない。
それに、食事は人間に必要不可欠であり、ある程度所要時間も決まっているため現実逃避の手段としてもちょうどいい。
そんなわけで、現実逃避に使われているためそこらの料理人並みとなっているキッチンへ、お茶漬けを作りに移動した。
無駄に豪勢なキッチンの戸棚からちゃわんとお茶漬け海苔を取り出し、釜から冷えたご飯を茶碗に盛る。そして、冷やご飯の上にお茶漬け海苔をかけ、やかんに残っていたお茶をそそぐ。
冷や茶漬けの完成である。
温めた方が美味いのだろうが、生憎猫舌なものでこちらの方が好みである。
無駄に豪勢なキッチンから、冷や茶漬けというロクな設備がなくても作れる朝食を作り、作業を忘れて一時の休息を楽しむ。
本来ならば、この豪勢なキッチンに似合うような朝食を作りたいものだが、所詮現実逃避の賜物なわけであり、並み以上の料理を作る腕もなければやる気もない。
もう少し、まったりしてから作業に戻ろう。特に急を要するわけでも任期があるわけでもない作業・・・とどのつまりはただの趣味なので、そう急く必要もない。
しかし、今にも瞼が落ちそうなのであまりのんびりもしていられない。落ちたが最後、次に目が覚めた時には真夜中か、早朝だろう。
そんなうつらうつらした不安定な状態でいたら、バンッ!!という音に無理やりこちら側へ引き戻された。
恐らく、誰かが正々堂々正面から侵入してきたのだろう。
「研究中、入るな」といったプラカードを玄関に下げていたが、鍵はかけていなかったはずだ。
なに、不用心というわけではない。職業柄来客が多いため、そうしているだけだ。
鍵がかかっていないからといって、見知らなぬ家に入り込むなど見知った顔か、盗人の類だけだ。後者であれば、若干面倒だが、それならばあんな音などたてないし、ちゃんと侵入者対策もしてあるから問題ない。せいぜいこの家に盗みに入った事を後悔するだけであろう。
前者は、基本客か友人ーーーというより腐れ縁の類の人物だ。研究を邪魔されるという意味ではこちらもこちらで面倒ではある。
さて、恐らく前者なのであろうが、客か、腐れ縁か。出来れば客であってほしいーーーしかし、客であればせめて呼び鈴ぐらいならすのではないか?いや、少々ガラの悪い客なのかもしれない。いやそうであってほしいものだが
「レリックー!どうせ暇してるんでしょー。ちょっとダンジョン行くからあんたもきなさい!」
まぁ、そんなわけもなく、腐れ縁の方である。しかも声から察するに、かなり面倒な奴のようである。
「一体どうしたカナミ。ダンジョンなど俺がいなくてもお前ならば余裕だろう」
「いやー、それがね。ギルド登録抹消されちゃってさ、一から作り直しだから初級ダンジョンにまた潜らないといけなくなっちゃったのよ」
それならば、より俺はいらないはずなのだが・・・
初級ダンジョンなど、カナミならばソロでも踏破余裕なはずである。
「そんで迷いの森に潜ろうと思ったんだけど、私あそこのギミック把握しきれてなくてさ。レリックいればなんとかなると思って来たわけ」
迷いの森とは、初級ダンジョンの中でも3ッ星の高難易度ダンジョン