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第3幕1部  追憶の花

その道は、キャロルにとっては慣れ親しんだ道だった。

悪路の続く険しい道のりは、隊商にとっては選択する余地を考えるべくもない道筋ではあったが、身軽な一人旅であるならばそれはまた別の話だ。

やがて大きな河川へとつながる湧水が豊富に流れ出し、様々な動植物が生活する森が所狭しと繁る山あいの道は、生きるすべを知るキャロルには案外進みやすい道のりであった。

キャロルは内心に大きな焦りを抱えてその歩調を速いままに維持しながら、何度目になるかわからない道のりをグリッツの帝都へと急いでいた。


ベルが連れ去られた。


フローラのドラゴンに背中から押しつぶされそうになりながらも、瞬時にドラゴンの体と木々の隙間にあたりをつけて身を沈めたキャロルは、かろうじて大きな怪我を負うことなく生き延びることができていた。

しかし衝突の際に刈り取られた意識を取り戻したときには、既にそこにベルやフローラの姿はなかったのだった。

大きなドラゴンに下半身を下敷きにされ、そこから脱出するのに多大な時間を浪費した。

既に異変を察知し、集まり始めていた肉食の鳥類がギャァギャァと喚き鳴く声がやたらと神経をイラつかせた。

あのフローラという女の騎士が、他の騎士を呼び寄せたのだろう。ドラゴンの足跡がそこかしこについていた。

よく、殺されなかったものだ。

自分の愛騎を殺され、仲間を傷つけられ、それでもフローラは意識を失ったキャロルを殺すことはなかった。意識を失った相手を斬る事を良しとしなかったのか、自騎の喪失に意気消沈してそれどころではなかったのか、どのみち肉食動物に囲まれて命を失うことになると判断をくだしたのか。

なんにせよ、今は自分の命がまだあることに感謝するしかない。

ドラゴンの体の下からなんとか抜け出したキャロルは、頭蓋を陥没させ完全に息絶えていたドラゴンを眺めた。

その命を失ってからもなお、主を守ろうとしたドラゴンには称賛以外の思いが浮かんでこなかった。

キャロルは、頭蓋に食い込まされたままになっていたフローラの剣を引き抜き、一旦それを川まで持って行って綺麗に洗ってから、改めてドラゴンの亡骸の前に突き立てた。

一人ではこの巨大なドラゴンの墓などを立てることは叶わなかったので、せめてもの弔いのつもりだった。

物言わぬ屍と化したドラゴンに一礼し、キャロルはその場所を後にした。いずれ、多くの生物によってバラバラに解体され、自然に還っていくことができるだろう。それまでの時間、気高いドラゴンの死体を晒しておくことに申し訳なさも感じたが、ドラゴンの主がそうする判断を下したのだ。ドラゴンと関係を持っていなかった自分がでしゃばる所ではないだろうと、キャロルはそう思った。


ドラゴンの亡骸を離れ、元いたキャンプにまで戻って荷物を回収したキャロルは、一路山岳地帯を目指した。大陸の中央付近を分断するようにしてそびえるその山脈は、肉食動物や山賊のねぐらとなっていることもあって商隊の進行ルートに使われることは殆どなかったが、突っ切ってしまえばグリッツの帝都には一番早く向かうことができる。

麓の村まで3日3晩歩き続けたキャロルは、その村で短槍と短弓を新調したあと、1日のあいだ泥のように眠り込んだ。

目覚めるとすぐに非常食や医療品、衣服の装備を整え直し、食事を十分にとってから村を出た。

眠っているあいだ以外は、息を付く間もなかった。

軋む体に、疲労の蓄積を感じる。数年前までであれば一晩の休養で十分に回復していたことを思うと、歳を意識せざるを得なかった。


ベルを、取り戻す。


自分の中に湧き上がる強烈な感情をキャロルは自覚していた。

なぜ自分がここまでベルに執着するのか、キャロルには自分の原動力になる思いがよく理解できなかった。

だが、あの天使は、泣いていたのだ。

今まで想像すらしなかった悲しみにくれる天使の姿に、キャロルは、あの子をほうっておけないと思った。

戦争の道具として、あの天使を利用させなどしない。今はその思いが、キャロルを突き動かす大きな要因の一つとなっていた。

果たしてどうやってベルを取り戻せばいいのか、そもそも、ベルはどこに捕らえられているのか、どういった状況に置かれているのか。

何もわからなかったが、しかしそんなことはキャロルの中に生まれた明確な意思に影を落とすことはなかった。

どういう状況であれ、解決してみせる。

これほどまでに明確な意志をもって行動するのは随分と久しぶりなことのように感じた。

そして、それを思わせるだけの戦闘力と行動力を、長年の放浪者生活の中でキャロルは身につけてきていた。

ダラスの聖教会を相手取って大立ち回りを演じたこともある。

その時に、あと僅かのところで助けられなかった一人の少女の顔を思いだしてキャロルは一層その闘志を燃え上がらせた。


今度こそ、救う。


自分の前に雄大な姿でそびえる山脈を睨みつけ、キャロルの表情は凛とした緊張感を湛えて引き締まっていた。


人々が、自分を救ってくれると信じてやまない天使という存在を、救うのだ。




―――――――――




1週間が過ぎる頃、キャロルの旅程は驚異的なスピードでもって全行程の4分の1程を消化していた。

僅かな時間でも節約するために、キャロルは天幕を張る暇も惜しみ、夜は高い木に登って眠る生活を続けた。

ベルとフローラはとうにグリッツの帝都に到着しているはずだ。

ドラゴンの足があれば3日もあれば帝都にたどり着くことができる。

自分にもドラゴンがいればという思いが一瞬キャロルの中に浮かんだが、キャロルはすぐにその考えを頭から振り払った。

ドラゴンは簡単に手に入るようなものではない。自分の生活を投げ打ってでも共に生きようとしなければ、ドラゴンを騎龍とすることはかなわない。

根無し草のキャロルにとって、そんなことは不可能だ。

くだらない夢想に時間を浪費するよりも、今は少しでも帝都の近くへ行くことを、一瞬でも早く眠りにつくことを優先したかった。

その日もキャロルは脇目もふらずに、一週間も歩き続けているとはとても思えないほどの速度でもって帝都へと向けて歩みを進めていた。

キャロルは異変を感じていた。

異変を感じたのは数刻前になる。

異変自体が生じていたのは、キャロルが気づくもっと前からだったかもしれない。

気づいたときには既にそれは起き、キャロルはその異変の真っ只中に身を置いていた。

何が原因なのかはわからなかった。

鳥が、いないのだ。

普通なら森の中に時折響く鳥の鳴き声や、羽ばたく音が全くしない。

よくよく周囲に気を配ってみれば、他の動物にしても殆どその気配を感じない。

まるでキャロルの周りの森が死に絶えているような静けさに満ちていた。

そもそもキャロルは音に敏感な大型の動物を避けるために腰から鈴を下げていたが、普段であれば遠目に数匹の動物をたびたび目にする。

それがまったくないのだ。

気にしなければそれまでだったが、神経を張り詰めていたキャロルにとってそれは内心がざわめくような不安を伴った出来事だった。

不審に思いながらも歩みをすすめ、森が開ける地帯に差し掛かった頃だった。

周囲の景色はそれまでの鬱蒼と茂った緑色を、あっという間に岩がむき出しになった茶色や灰色のものに変えていた。

大きな石がごろごろと転がり、昔このあたりを川が通っていたであろう面影を残している。

近くを探せば良質な湧水が多く見つかりそうな、そんな場所だった。

両脇を背の低い崖にはさまれた、自然の回廊のような谷を抜け、少し開けた広場のような場所に出たとき、それがキャロルの目に飛び込んできた。

それを目に止めたとき、正直キャロルは息が止まるかと思った。

まさかこんなところで出会うなど、微塵も考えていなかったのだ。

不意打ちのように目に映ったその光景が、キャロルにとってはあまりにも唐突に思えた。なぜこんなところに張られているのか、古ぼけた天幕が張られ、その横に長い木の枝で固定された布があずま屋の様になっており、その下から


真っ青なドラゴンが、首をもたげてキャロルのことを見つめていた。


(だいぶ興奮している・・・)

ドラゴンは真っ青な体色と相反する真っ赤な瞳を、明らかに異常なほど燃え上がらせてキャロルを見ていた。

不用意に近づけば、あっというまにブレスの餌食となるであろう警戒心を全身から発している。

子育て中の雌のドラゴンなのだろうか。ここまでドラゴンが殺気立つ理由など他に思いつかなかったキャロルだったが、しかしそれにしては子供のドラゴンの姿が周囲に見当たらない。

しかもそのドラゴンは、そのビリビリと空気が振動するような錯覚にすら陥る殺気とはあべこべに、とぐろをまいた姿勢を一切動かすことがなかった。

普通なら立ち上がって威嚇の一つでもしてきそうなものだったが、一向に動く気配がないのだ。

訳のわからない状態に突然追い込まれたキャロルは、無用心に動くわけにもいかず、かといっていつまでもここにこうして立ち止まっているわけにもいかず、えらく面倒な状況に置かれることになってしまった。

なんとかして敵意のないことを伝えなければならない。

ドラゴンの聡明さをもってすれば、それさえ伝える事ができたなら、それさえ彼らが信じてくれたならば、無意味に襲いかかってくることはないはずだった。

キャロルは静かに動くことを意識しながら、槍と弓を、他の荷物も、全て地面に下ろした。

外套もはずし、丸腰になって両手をあげる。

ドラゴンが喉の奥から唸り声をあげていた。

「驚かせてしまってすまない。あんたがいることに気がつかなかったんだ」

キャロルは慎重に、できるかぎりドラゴンを驚かせないように努めながら声をかけた。

しくじった。

なぜ、怒れるドラゴンが近くにいる可能性を考えなかったのか。

ドラゴンは普通であればその巣の周りの肉食動物を遠ざけるだけで草食動物までも遠ざけはしない。

それを分かってかどうかは知らないが、ドラゴンも草食動物を捕獲して食べることは滅多にしないのだ。

余程飢えていれば話は別だったが、彼らの標的は専ら大型の肉食動物に限られていた。

しかし、ドラゴンがなにがしかの理由で怒っている時には草食動物すらその周囲から逃げ出す場合が多かった。

ドラゴンが異様に怒る理由は、主に自分の子供が危険にさらされた時だ。

そうなってしまったら、彼らは見境なしに周囲の動くものを襲う。

子供への全ての危険を排除しようとするのだ。

一切の慈悲はない。

今まだこのドラゴンが自分に襲いかかってこないことが不思議なほどに、子供を守ろうとするドラゴンの怒りは激しいものだった。

もはや、足元に置いた荷物にもう一度手を伸ばすことすら躊躇われる。

唐突に降って湧いた自分を睨みつける死に、キャロルの背筋には冷や汗が伝った。


「攻撃するつもりはない。本当だ。すぐにここを離れる」


キャロルは言葉を続ける。

ドラゴンは個体によってその知性に差があるものの、中には人間の言葉をほとんど正確に理解するものもいる。

このドラゴンがどの程度の知性を備えているのかキャロルにとっては知る由もなかったが、万が一、このドラゴンが言葉を理解するほどの知性を備えている可能性を考えて、生き延びるために手を尽くすしかなかった。

ドラゴンがゆっくりと、前足を地についた。

立ち上がろうとしている。

それを見てキャロルは自分の全身の筋肉がいっきにこわばるのを感じた。

威嚇の段階が上がった。

早急に何か手を打たなければ、ベルにたどり着くことさえできずに命を散らすことになる。

しかし、大いに混乱する頭からドラゴンをなだめる術を必死に引き出そうとするものの、まったく思考をまとめることができなかった。

心の準備もなにもないままに直面した危険に、何が最良かを一瞬では判断ができなかった。


ドラゴンが完全に立ち上がった。

喉の奥から、さっきよりも大きな威嚇音を鳴らしている。

今にも盛大に翼を打ち鳴らし、一瞬にしてキャロルとの間合いを詰めてきそうな気配がドラゴンから立ち上っていた。


「・・・」


しかし、キャロルは


「あんた・・・」


ドラゴンの怒りに染まった目も


「その足元の子は、誰だい?」


翼を大きく開き、足に力を溜めるドラゴンの体躯も


「その子を・・・守ってるのかい?」


見つめていなかった。


キャロルの言葉に、真っ青なドラゴンが明らかに反応する。

悲しいことを思い出したかのように、大きく広げていた翼を力なく垂れ下げ、自分の足元へと顔を向ける。




ドラゴンの足元には、半ば白骨化した、少女のものと思われる亡骸が横たわっていた。



「あんたの主かい?」

ドラゴンは再び顔をあげてキャロルを睨みつける。

しかし、心なしか先ほどよりも、その瞳から力を失っているように見えた。

その様子に、話が伝わっている実感と生き延びる可能性を感じると同時に、キャロルは、なんとも言い難い同情をそのドラゴンに感じ始めていた。

気づけば、先程までキャロルの中に満ちていた恐怖心は徐々に薄れてきていた。

「可哀想に、弔っていたんだね」

ドラゴンの瞳が、明らかに怒りの色を薄め、動揺を湛えた。

落ち着いてよく目を凝らせば、このドラゴンが摘んできたのだろうか、花が所狭しと少女の周りに敷き詰められているのが見える。

紫色の、可憐な花だった。


キャロルは言葉を続ける。

「あんた、賢いんだね。その花、その子に供えてやったんだろ」

ドラゴンはいよいよ悲しそうな声を喉奥から絞り出すようにし、耐えられなくなったのか、項垂れるようにして頭を下げ、ついに座り込んでしまった。

なんと賢いドラゴンだろう。

まるで人間が化けてでもいるのかと疑いたくなるほど、キャロルの言葉を正確に理解している様子が窺える。

だからこそ


「もしよかったら・・・、何かの縁だ。私に埋葬させてやってくれないか・・・?」


だからこそ、キャロルはドラゴンの中にある悲しみが想像を絶するほどのものであろうと感じ、その物言わぬ屍と化した少女が締め付けるドラゴンの心中が、まるで自分のことのように思えて切なかった。


ドラゴンは完全に沈黙した。

キャロルは、静かにドラゴンへと歩み寄り始める。

音を立てないようにしたのは、ドラゴンを驚かせないように警戒してのことではなく、なんとなく、騒がしい音を立てながらドラゴンとその亡骸に近づくのは不躾な気がしたからだった。

一匹と一人がたたえる雰囲気は、とても静かで、物悲しかった。

キャロルはドラゴンに手が触れられるほどにまで接近した。

ドラゴンの息遣いがはっきりと聞こえる。

しかし、キャロルは不思議な程に恐怖を感じなかったし、そのドラゴンが突然キャロルに襲いかかってくることもなかった。

「その子に、触れても構わないかい?」

そうキャロルが尋ねると、ドラゴンはしばしその少女の亡骸を見つめたあと、静かに腰をあげてキャロルから距離をとり、腰を下ろした。

どうやら許してくれたらしい。

先程までの殺気は完全になりを潜め、ただ静かにキャロルを見つめるばかりだった。

それを見てから、キャロルは改めて少女の亡骸へと視線を移した。

殆ど白骨化している姿からは正確な年頃や外見は想像がつかなかったが、身長や健康そうな歯から検討をつけるに10代の前半といったところだろうか。

質素ながらも可愛らしい服装からも、この亡骸がまだあどけなさの抜けない年頃であることが覗えた。

遠めに見えていた紫色の花は、自分の身を抱えるようにして横たわる少女の亡骸を囲むようにして備えられている。

ドラゴンの、精一杯の弔いなのだろう。


「シオン・・・」


遠くにある人を想う、紫色の花の名前だった。

その言葉をつぶやいた途端、キャロルは背後のドラゴンの動く気配を感じた。

一瞬とは言え完全にドラゴンのことを思考の外においていたキャロルは飛び上がるほど驚かされたが、慌てて振り返ったドラゴンは、相も変わらず先ほどと同じ場所で腰を下ろしたままだった。

「あんた・・・」

しかし、その顔は明らかに、まるで人がそうするように、目を見開き、驚きを湛えていた。

「どうしたんだい?この花の名前のことかい?」

キャロルは直前に自分が口にした言葉に考えをいたらせ、ドラゴンに訊ねた。

手に一輪、シオンの花をとり、ドラゴンに掲げる。

「シオンだ。綺麗な、可愛らしい花だな」

キャロルがそう言うと、再びドラゴンが僅かに喉を鳴らして反応する。

この花に思い入れでもあるのだろうか。

なんとも奇妙な反応ばかりをみせるドラゴンだとキャロルは感じた。

もっとドラゴンの反応を見てみたいと思ったキャロルではあったが、しかしその思いを断ち切って少女に視線を戻した。

「ちょっと、待っていてくれな」

そう少女の亡骸に声をかけ、キャロルは一旦その場を離れて、地面におろしていた自分の荷物の元へと戻る。

荷物の中から組立式の中型のスコップを取り出し、組み立てながら少女のそばへと向かった。

ドラゴンはその間、何を思っていたのか、キャロルのことをじっと見つめて姿を追っていた。

東屋の様に張られた布の下を避け、キャロルは人を一人埋めるには十分な深さの穴を掘った。

歩き通しのせいで疲れた体にはだいぶ応えたが、キャロルは一時も休むことはしなかった。

なんとなくだが、この少女のためにも、ドラゴンのためにも、早く埋葬してあげたかった。

安らかに、眠らせてあげたかったのだ。

穴を掘り終えたキャロルは静かに座ってキャロルを見つめ続けるドラゴンに視線を送ったあと、少女の亡骸を丁寧に抱えた。

半ば白骨化していたこともあって、何回かに分けて運んであげなければならなかった。

ドラゴンはキャロルが少女の亡骸を抱え上げた時に僅かに喉を鳴らしたが、それからは一切動きを見せることなくキャロルの行動を見守っていた。

キャロルは数回の往復を終え、少女の亡骸を完全に穴の中に移すとドラゴンに視線を送った。

何も話しかけはしなかったが、キャロルの意を汲み取ったようにしてドラゴンは静かに腰をあげ、墓穴の横に移動してくる。

キャロルがドラゴンに道を譲るようにして体をどけると、ドラゴンは長い首を伸ばして穴の底に横たわる少女の亡骸を見つめた。

かなりの時間微動だにせずに静かに少女を見つめたあと、ドラゴンは首をあげ、空に向かって細く、長く、美しい声で鳴いた。

切なくなるような、物悲しい鳴き声だった。

キャロルはドラゴンが鳴き終わるのを合図にするかのようにスコップを持ち直し、少女へ少しずつ土をかぶせていく。

ドラゴンはその間、ずっと少女の亡骸を見つめていた。


掘り返してあった土を全て元に戻したキャロルは、周りから土をかき集めて墓の体裁を整えると、そこを見つめ続けるドラゴンに声をかけることなくそっとその場を離れた。

森を目指して離れていったキャロルは、暫くしてドラゴンの元へと戻ってきた。

その手にはシオンの花がいっぱいに抱えられていた。

ドラゴンが首をもたげてキャロルを見つめる。


「シオンの花を、掘り返してきたんだ。あんたが摘んできたシオンには根っこがなかったからさ、いずれ枯れてしまうだろ?」


そういってキャロルは改めてスコップを手に取り、墓の周りを浅く掘り返した。

そこへ丁寧な手つきでシオンの花を埋めていく。


「根付くかどうか、わからないけどさ。何輪かは生き残ってくれるんじゃないかな」


ドラゴンは、僅かに喉を鳴らす。


「そうしたら、毎年この辺りはシオンの花を咲かせてくれるようになるかもしれないね」


キャロルはシオンの花を全て埋め終えると、ポンポンと墓を手で叩いた。


「寂しい場所だけど、いくらかは、それが紛れると良いね」



ドラゴンが、再び鳴き声を上げる。


とても美しくて、思わず涙腺が熱くなるような、誰かを想う鳴き声だった。


ドラゴンはいつまでもいつまでも鳴き止もうとせず、キャロルも、いつまでもいつまでも、その声を聴き続けていた。


その鳴き声に、キャロルは、今は遠く離れているベルのことを想う。


ベルと離れてしまってから既に10日を超えている。


急がなければならない。


あの可哀想な天使の頭を撫でて、早く安心させてやりたかった。







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