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第2幕3部  蒼龍の真名――― シオン ―――

そのドラゴンが生まれたとき、僕は喝采をあげた。


賭けのようなものだった。

そのドラゴンの父は龍騎士団さがりのドラゴンで、既に傍目にも見て分かるほどに全盛期から比べて体力を失っていた。

若い頃には、とても優秀なドラゴンだったらしい。

主を探して鳴くドラゴンをなだめ、世話をし、貴重なドラゴンの余命の時間を使って僕との信頼関係を築き上げた。

逆に、母のドラゴンはまだ若かった。

恐らく生まれてから2年を経過していなかっただろう。

若すぎたのだ。

僕は互いに怯える2頭を何回も引き合わせ、徐々に心を通わせていく二頭の橋渡し役に徹した。

はじめは、既にどちらかに伴侶がいたのかと思わせるほどに打ち解けなかった二頭だったが、やがて、二頭はついに心を通わせて結ばれた。

だけど、出産は、順調だった二人の関係とは大きく違って問題続きだった。

母龍の体調は絶えず変化して安定せず、体力を奪い、出産が近付くに連れ徐々に衰弱していくのが目に見えてわかった。

出産に耐えられるレベルにいるのかどうか、経験の少ない僕には判断を下すのは難しかったし、明らかに判断を下すには遅すぎた。今更お腹に宿る新しい命を殺したところで、母体までもが危険にさらされる可能性のあるところまで、既に来てしまっていた。生まれてくる命を前にして、僕は母龍を見捨てたのだ。恨まれても仕方のないような、残虐な行為だった。



母龍が出産の時を迎えた。

8時間にも及ぶ難産だった。

どうしようもないほど、血を流しすぎた。

そのドラゴンを産んだあと、母龍は1週間ともたずに息を引き取った。

青い、綺麗なドラゴンだった。

生きていてくれたら、もっと多くの美しいドラゴンを産んでくれていたことだろう。

経済的にも痛かったが、それ以上に、その母龍の死は僕の心にとって痛かった。

僕の焦りと未熟さがあの母龍を殺したのだ。

死なせてしまったのではなく、殺したのだ。

申し開きなど、できるはずもない。

父龍も、その後を追うようにして衰弱していき、母龍の死後1ヶ月ばかりで息絶えた。

そのドラゴンは父の亡骸のそばをいつまでも離れず、僕を困らせた。

そんな彼女の姿をみていたから僕は、




「シオン」




遠くにある人を想う花の名前を、そのドラゴンにつけた。


大きいのに、可憐で、一人では生きていけなくて


綺麗な、本当に綺麗なドラゴンだった。





シオンが成長し、2年が過ぎようとする頃、僕は念願かなって龍騎士の試験に合格した。

剣術ではあまり良い成績を残せなかったけれど、ドラゴンへの知識と、心を通わせるすべが評価されての合格だった。

ダラスでは雌のドラゴンを騎龍として用いることが認められていない。

女性を、男性の副産物として、穢れたものとして見なす風潮はドラゴンにすら影を落としていた。

シオンを雄龍としてダラスに登録してあったのも大きかっただろう。

剣術などよりも、自分のパートナーを見つけることのほうが余程大きな問題である龍騎士にとって、既に心を通わせたドラゴンがいる事は、大きな評価点となったに違いない。


龍騎士には多くの特典が認められる。

何よりもドラゴンがストレスのない環境で生活することを優先事項としていたダラスにとって、僕の農場を離れたがらないシオンが龍舎に入らずに、そのまま農場で管理する事を許可することはほぼ確実だろうと、あらかじめ予想できていた。

前例も多くある。

管理の難しいドラゴンの世話が一匹分減ったことが、むしろダラスの龍騎士団にとってはありがたいことのようだった。

しかもグリッツの聖騎士団と比べてずさんな管理が、よく龍騎士団の批判の矢面に立たされるダラスにあって、その体を鎖帷子で覆ってしまえばシオンの性別が雌であることなどそうそうばれるものではないだろうと、僕はあたりをつけていた。

そもそも、ドラゴンが自分の主以外に体に触れさせることを大いに嫌がるのだ。

不機嫌そうに唸るシオンを前にして、誰も無理にその鎖帷子を剥がそうとする者はいなかった。

ダラスの人々は、ドラゴンを恐れていたのかもしれない。

その点、グリッツの聖騎士団は、まだいくらかはドラゴンを愛していたのだろう。

グリッツでは徹底したドラゴンの管理が行われ、それに耐えるようにドラゴンを調教するという。聖騎士達と生まれた時からの、家族以上の絆を持つドラゴンが大半を占めるグリッツだからこそできるような芸当だった。

グリッツと違って途中採用ばかりが軍籍を占めるダラスの環境も、僕とシオンに味方した。



僕はシオンが大好きだった。

僕の農場にいたどのドラゴンよりも賢くて、人懐っこくて、多くの時間を彼女と一緒に過ごした。

記憶も定かにならないような時期から母龍を失ってしまったシオンにとって、僕は親のような存在だったのだろう。

片時もそばを離れようとせず、小さかった頃はいつも僕の足元に体をすり寄せていた。

夜に一人で寝かせようとすると、ずっとか細い声で僕を呼び続け、周りのドラゴンをイラつかせるものだから、寝るときも僕が抱いて寝なければならない有様だった。

どちらかというと孤独を好むドラゴンにして、シオンはとても人間に近い存在だった。

そんなシオンを前にして、自分の騎龍を選ぶ段階になって、僕はシオンを騎龍として選ぶこと以外が考えられなかった。

そうでなければ、シオンや、その父母を裏切ってしまうような気がした。


シオンは速かった。

鎖帷子を邪魔そうにして鼻を鳴らしていたシオンだったが、シオンに追いつけるドラゴンは一匹たりともいなかった。


一度龍騎士の仲間に、鞍しかつけていないドラゴンとの競争を持ちかけられた時も、シオンは圧倒的だった。

真っ青な空に翻るシオンの姿に、それを見ていた全ての騎士が賞賛の声をあげた。

シオンが飛ぶ姿は天使が舞っているようだと、多くの騎士が僕等を褒め称えた。

僕があまりに喜ぶものだからシオンも盛大に喜び、農場の柵を壊してしまう有様だった。

シオンはやりすぎたと反省して項垂れていたが、僕はそんなシオンも大好きだった。



その頃、ダラスはいよいよ緊張感が高まってきたグリッツとの関係に対抗するべく、多くのドラゴンライダーを採用していた。

僕も、その中の一人だ。

街の空気はどこか灰色で、真っ青なシオンだけがその中で浮かび上がるようにして鮮やかだった。

人々は口々に聖戦だと叫んでいた。

街中に並ぶ商品が徐々に品薄になり、人々の生活は少しずつ圧迫されていった。

彼らの目は殺気立っていて、前までであったら何も起きなかったような些細なことで、小競り合いが起きることも増えた。

傍目に分かるほどに乞食が増えだし、明らかな異常を感じるのに、街の人々は熱に浮かされるようにしてそれに目を向けようとしなかった。

犯罪も増えた。

増強される兵士に比例するようにして、皮肉にも不幸な事件に巻き込まれる人々も増えていく。

治安を守るためではなく、人を殺すために雇われた気性の荒い兵士たちも、その犯罪増加の一因になっていた。


国境付近ではグリッツの聖騎士団との小規模な小競り合いが頻発し、僕が龍騎士団に上げたドラゴンの内、三匹が死んだ。

分かってやっていたことなのに、強烈なショックを受けた。

幼かった頃の彼らの姿が、鮮明に思い出された。

彼らの死に目に立ち会ってやれなかったことが、本当に悲しかった。


いつ宣戦布告が行われてもおかしくないような状況が、ずっと続いている。

人々の疲弊が、目に見えるようだった。



そんな状況の中で、僕とシオンは戦闘訓練に明け暮れた。

剣術は勿論のこと、徒手訓練、行軍演習、弓の訓練、爆発物に関する座学。

シオンに騎乗しての爆撃演習、追跡訓練、生存演習、編隊飛行訓練。

朝から晩まで、一時も休むことなく続く訓練の中で、誰もが疲労感を漂わせていた。

寝る前に僕に甘えるのが日課になっていた、寝付きの悪いシオンですら、すぐに眠り込んでしまうような毎日だった。

はたして、こんなことでグリッツと戦端が開かれた時にまともに戦うことができるのか。

誰かが口にした不安は、同じように思っても口をつぐんで耐えていた者たちの不満を噴出させた。

もともとが、烏合の衆に近いような騎士団なのだ。

正規兵と呼べるのは第1から第3騎士団くらいまでのもので、あとは元々違う道に進もうとしていた者たちの寄せ集め。

全体の兵数から見たら70分の1ほどしかいない僕等龍騎士の不満は、しかし、大きな圧迫感を持ってダラス聖教会に迫った。

歩兵100人分を軽く超えると言われるドラゴンライダー達の戦力は、単純に計算すればダラスの龍騎士を除く全戦力を、軽く凌駕していたからだ。

聖教会は大きく動揺しただろう。

突如として僕らに僅かばかりの報奨が与えられた。

いつグリッツとの戦端が開かれてもおかしくない状況のダラスにとって、一人ひとりには微々たる量でも全体としてはかなりの額になったはずの報奨は、まさしく身を切るような思いでのことだったのかもしれない。

しかし、僅かばかりの報奨で龍騎士たちの不満が下火になることはなかった。

むしろ気構えだけは一人前な龍騎士達が、こんなもので解決すると思ったら大間違いだと憤慨する結果を招いたのだ。

僕の周りにも不満を口にするものが大勢いた。

これっぽっちの報奨で命を投げ出せというのかと、彼らはダラス聖教会を罵った。

金貨を床に投げ捨てるものまでいた。

彼らは、怖かったのかもしれない。

数の上では優っていても、グリッツのドラゴンライダー達の技量はダラスのそれを大きく上回っているという。

国境線を越えた超えないの小競り合いが頻発する深い森の近辺では、ダラスの龍騎士団は連戦連敗を喫していた。

死傷するドラゴンもかなりの数になり始め、国境警備の仕事はやりたくない仕事として不名誉な一番を獲得した。




生き残った者の話を聞いたことがある。

その日も森の上空でグリッツの聖騎士団の部隊に遭遇した龍騎士団は、勇猛果敢に突撃を行った。

編隊飛行はすぐに崩れ、一対一のドッグファイトが展開された。

その騎士は運良く一人の聖騎士の背後につくことができたらしい。

急激に繰り返される方向転換にも彼のドラゴンは、よく反応し、後ろを取り返されることはなかったという。

時に直進し、時に翻り、そうかと思うと一瞬にして体躯をスライドさせて軸をはずし、グリッツのドラゴン達は目を剥くような技術を駆使して飛び回った。

しかし彼のドラゴンも瞬時に反転し、彼自身が動きを予測して先回りするようドラゴンを操り、心身一体となって食らいついていく。

激しい横への衝撃に耐えながら、首がもげそうになる圧力に歯を食いしばりながら、彼と彼のドラゴンは聖騎士のドラゴンを追いかけた。

その差は徐々に詰まり、あと少しでドラゴンのブレスが届くという距離まで迫ることができた。

だが、終わりはあまりにも唐突に、あっけなく訪れたという。

突如前方斜め下から、ダラスの龍騎士が飛び出してきた。

その龍騎士は、既にグリッツの聖騎士に背後を取られていた。

彼が追いかけていた聖騎士とそのドラゴンは、あろうことか狙いすましたようにしてその龍騎士の僅かに上をすれ違い、それと同時に龍騎士の首から上を吹き飛ばしていったのだ。

咄嗟のことに目を見張った彼は、しかし呆気にとられる暇もなかった。

今度は、頭を吹き飛ばされた龍騎士を追っていた聖騎士が彼と彼のドラゴンに向けてブレスを吐きながら襲いかかってきたのだ。

明らかに、狙いすました連携行動だった。

上空に回避行動を取る一人目の聖騎士に目を奪われていた彼のドラゴンの死角から、二人目の聖騎士が突っ込んできたのだ。

避けられるはずもなかった。

しかし、強烈な熱線が彼を貫くかと思ったその瞬間、彼のドラゴンが異変を感じて瞬時に身をよじっていた。

僅かに狙いを外された熱線は、彼を貫くことはなかった。

だが、彼のドラゴンの左の翼が一瞬にしてもぎ取られた。

もぎ取られたというよりは、一瞬にして溶かされたという表現の方が的確なのかもしれない。

ほぼ最高速まで加速していた彼のドラゴンは姿勢を保つすべを失い、激しく回転しながら吹き飛んだという。

回転しながらも彼のドラゴンは必死になって体勢を整えようともがきまくり、ドラゴンから投げ出された彼を口にくわえたという。

そして、ドラゴンはその勢いを全く殺すことができないままに、しかし、自分の主を口に加えながら、むき出しに地上に鎮座していた大岩へと、背中から激突した。

即死だったろうと、彼は言う。

混濁する意識の中で空を見つめていた彼の目に映ったのは、一騎、また一騎と狩り落とされていく龍騎士団の仲間たちの姿ばかりだった。

あまりにもレベルが違いすぎる。

僕の目の前でそう語った彼の表情には、もう戦意の欠片も感じられなかった。




帰ってくる者たちからそんな話ばかりを聞いていたら、誰だって怖くなる。

死への恐怖が大きくなっても、今更騎士をやめて普通の生活に戻るにも多くの困難がつきまとう。

正式な手続きを踏まずに逃げ出せば逃亡罪で牢屋行きだ。

運が悪ければ、見せしめの為の死罪だって有りうる。

どうすることもできずに、ただ困惑するしかなかった彼らは、不満の吐き出し口を、自分たちを管理する聖教会へと向けたのだろう。

日に日に大きくなる聖教会への批判は、最早看過できないものになっていた。

聖教会は焦ったはずだ、日頃から言論統制や女性への弾圧でもって短絡的に人民の支配を行ってきた彼らにとって、それすらも乗り越えてやってきた不満の波は明確に恐怖としてその目に映っただろう。

突如として国民一丸を唱えたり、その一方で女性への弾圧を一層強める法律を強行的に採用したりと、彼らの行動は完全に方向性を見失っていた。

そもそもが不満を押さえ込む大きな圧力となっていた龍騎士団が、自分たちに反旗を翻しそうになったのだ。

言論統制などという言葉自体がすでに、統制を失いつつあった。

このまま、龍騎士団の不満が外に漏れ出せば大ごとになる。

彼我の戦力差の詳細を知らず、今はまだグリッツへの敵対心に目を奪われている人民にまで不満が広がれば、もう戦争どころの騒ぎではなくなる。

聖教会の威信は地に落ち、クーデターが起こる可能性までが考えられる。

ただのクーデターならまだ良い。鎮圧できる可能性がある。

もしも、今は傀儡となっている王族が息を吹き返したら、一気に人民や龍騎士がそちらに流れる。

クーデターどころの騒ぎではない。

国内で、戦争が起きるのだ。

グリッツが、その混乱を見逃すはずはないだろう。

一気に飲み込まれる。

恐らく、グリッツは王族につくことになる。

戦力を回し、共に聖教会をつぶしにかかる。

混乱する聖教会は、虫を踏み潰すようにして蹂躙されるはずだ。

そしてグリッツは、聖教会に代わって王族を支配するに違いない。

生かさず、殺さず、新たな傀儡の操り手としてダラスの国土を支配する。

ダラスという国名が残るならまだいい方だ。

それすらも、国そのものすらも、消滅するおそれがあった。

聖教会は焦った。

何とかして、自分たちが生き残る術はないかと頭を巡らせただろう。

どうせ信じてなどいないだろう神にまで、祈ったのかもしれない。

藁にもすがりたい思いで毎日を過ごしていたはずの彼らは、だから、藁にすがったのだ。



僕と、シオンに目をつけた。



龍騎士団の中で圧倒的な早さを誇り、非常に珍しい真っ青な、この世のものとは思えないほどの美しい体色を誇り、天使のようだとまで称えられたシオンに、目をつけたのだ。


ダラスを勝利に導く天の御使いとして、プロパガンダに利用しようとした。


ヴェーゲを引き合いに出し、その化身だとして、シオンをマスコットに仕立て上げる計画が浮かび上がった。


人民はヒーローを望む。

安心できるのだ。

ヒーローが全て解決してくれるから。

戦士たちだって同じだ。

圧倒的な英雄のもとでなら、彼らの力は通常を遥かに超えるだろう。

迷うことなどなくなる。

ただ、ヒーローに付き従えばいいのだから。

戦場において、恐怖心を失った人間の猪突猛進ほど怖いものはないかもしれない。

敵にとっても、味方にとってもだ。

かくいう僕だって、シオンという英雄がいなければ龍騎士団などに入ることすらかなわなかっただろう。

僕はシオンを信じて、ただその背に全てを任せていれば良かった。


僕の給金は突如として引き上げられた。

訳も分からずに聖教会の重鎮たちに呼ばれ、計画を告げられた。

僕は始め激しく抵抗した。


シオンが、本来は非常にナイーブであること、とてもではないが大勢の前にさらされて問題がないような精神はしていないこと、そもそも、僕が英雄足り得るような実力など持ち合わせていないこと、僕は卑しい農家の生まれであり、ドラゴンを売り飛ばすことで生きながらえる嫌われ者の一人であること、情婦あがりの母は男と駆け落ちして蒸発し行方も知れず、父は酒に明け暮れて世の中を呪いながら自死したこと、思いつく端から、英雄になどなれない理由を口にした。


しかしそれでも彼らは、問題ない、宣伝の仕方さえ間違えなければ、どうとでもなると言い切った。

納得しない僕に向け、激昂した。

お前の農場をつぶすぞという内容を暗に含んだ、脅迫の言葉までもが投げつけられた。


僕は、あまりにも弱かった。


抵抗する術をあっという間に失い、うなだれる僕の目の前に、金貨が詰まった袋が投げつけられた。

それで、身なりを整えろと言われた。

気高いシオンに相反するようにして、シオンの主であるはずの僕は虫けらのようだった。

汚くて、小さくて、生きている価値など無いように思えた。消せるものなら、僕など消してしまいたかった。


頭の中ではぐるぐると、様々なことが浮かんでは消えた。


多くの目に晒されることとなれば、遅かれ早かれ、シオンが雌であることなど容易に露見してしまうだろう。

そうなれば、僕はいざしらずシオンまで殺されるかもしれない。

龍騎士団を、ダラスを欺いてきたのだ。

許されるとは到底思えなかった。



だから僕は、逃げ出そうとした。



僕の抵抗に不信感を募らせた聖教会の面々が放った尾行者に気がつくこともなく。

僕はシオンの待つ我が家へと歩いて行った。



結局逃げられなど、しなかったのだ。



僕みたいな愚か者には、逃げることすら無理だった。

今、牢獄の中で思うのは、シオンの無事ばかりだ。

シオンなら、逃げ出せる。

どんな追っ手がかかろうと、シオンが捕まることなどありえない。

僕も、ダラスも、聖教会も、何も信じることなどできないけれど、

それだけは、信じられる。


シオンは世界で一番速い。

天使にだって、負けはしない。

シオンは世界で一番美しい。

月にだって負けはしない。

シオンは世界で一番強い。

神にだって負けはしない。


シオンを捕らえることなど




できる訳が無い。















「やぁ」


「やあ、アルフ」


「何を書いているんだい?」


「別に、暇つぶしさ。手記だよ」


「ふぅん・・・」


「・・・みるかい?」


「後でね」


「そうか」


「うん、それよりも、ほら、これを持ってきたんだ」


「それは?」


「何言ってるんだ、君が作ってくれって頼んできたんじゃないか」


「そうだったか」


「そうだよ・・・、君、大丈夫かい?」


「なにが?」


「・・・いや、なんでもないよ。それよりほら、見てごらんよ」


「ありがとう・・・。あぁ、いい出来だ。上手だね」


「だろう?二晩もかかったんだぜ?」


「そんなに?」


「手先が不器用だからさ、なかなか上手くいかなかったんだ」


「そうか、悪かったね。手間を取らせてしまった」


「気にしなくていいさ。僕も満足してるんだ。楽しかったよ」


「楽しかった?」


「そうさ、そのドラゴンなら僕も見たことがある。君が乗っていた時にね。想像しながら作ってるとね、こう、なんていうのかな、僕とそのドラゴンも何かで繋がっているような気がして楽しかったんだ」


「ふぅん?」


「この木札細工を首にかけてあげるところなんかを想像すると不思議と手が進んだよ」


「そうか、それなら良かった。本当にアルフには世話になってばっかりだね」


「いいさ、気にしないでくれ」


「本当は話してもダメなんだろ?このペンだってそうだ、本当に借りてしまって良かったのかい?」


「大丈夫だよ。だれもこんな所まで来やしないさ。遠慮することはない。本当はナイフだって渡しても良かったんだ」


「さすがにそれは遠慮しておくよ、君に迷惑をかけたくないしね」


「僕を殺す気でもあるのかい?」


「逆さ、君をひどい目に合わせたら申し訳が立たないって言ってるんだ」


「わかってるよ、言ってみただけだ」


「そうか」


「そうだよ」




・・・




「なぁ、アルフ」


「なんだい?」


「お願いがあるんだ」


「水かい?」


「いや、違うんだ。そういうことじゃない」


「うん?」


「・・・この木札をさ、預かっていてくれないか?」


「シオンの?」


「君が作ってくれたものにたいして、こんな事をお願いするのはおこがましいんだけどさ」


「もうそれは君のものだろ。僕だって君のために作ったんだ」


「ありがとう、アルフ。・・・でもさ、僕が持っていても意味がないんだ」


「どうしてさ、シオンを傍に感じたいから作って欲しかったんじゃないのかい?」


「違うんだ」


「・・・」


「これをさ、シオンに、いつか、かけてやって欲しいんだ」


「シオンに・・・」


「うん」


「出会えるかなんて、僕にはわからないよ」


「良いんだ」


「出会えない方が当たり前でも?」


「良いんだ、僕よりは、ずっと、アルフの方が可能性があるだろ?」


「・・・」


「執行日、決まったんだろ?」


「・・・」


「いつだい?」


「・・・」


「・・・いや、すまない。言わなくて良いよ」


「・・・ごめんな」


「気にしないでよ。・・・アルフ、僕はさ、後悔してるのか、してないのか、よくわからないんだ」


「・・・シオンの性別をごまかしていたことかい?」


「そうじゃない。シオンを生まれさせてしまったことだよ」


「・・・どういうことだい?」


「シオンはさ、綺麗だろ?」


「まぁね」


「シオンは強いし、速いし、賢いんだ」


「間違いないね。龍騎士団の、どのドラゴンも敵わなかったんだ」


「そうだろ?僕はシオンが生まれてきてくれて本当に嬉しいんだ。出会えた瞬間から、僕の頭はシオンでいっぱいだったよ」


「じゃぁいいじゃないか。生まれてきてくれて幸せだろ?」


「僕はね、僕は、幸せなんだ。今もさ。シオンに出会えてよかった、例え死ぬことになっても、それでも僕は幸せだよ。シオンのパートナーになれたんだ。世界一の幸せ者さ」


「・・・」


「でもね、シオンはどうなんだろう?」


「・・・」


「父も母も死んで、僕の我侭で危険を冒しながら、自分の意思とは関係なく龍騎士団に組み込まれて、それでも僕のために死に物狂いで頑張って、静かな暮らしの方がずっと好きなはずなのにね。」


「・・・」


「シオンには、少なくとも今は、僕との静かな暮らし以上に必要なものなんてなかったはずなんだ」


「・・・」


「でもさ、その僕ももうすぐ死ぬだろ?」


「・・・」


「こんなに可哀想な一生を送るドラゴンじゃなかったはずなんだ、シオンは」


「・・・」


「王のドラゴンとして召抱えられたっておかしくなかったはずさ」


「そうだね」


「うん。・・・だから、後悔しているんだ」


「でもさ」


「なんだい?」


「でも、君と飛んでいる時のシオンは、とても幸せそうだったよ?」


「・・・」


「シオンはさ、時折君の方を見てただろ?あれはいつもなのかい?」


「・・・うん」


「君のことが、好きで好きで堪らなかったんだね」


「そう、かな」


「そうだよ。僕は羨ましいよ」


「シオンがかい?」


「どっちもさ」


「僕も?」


「当たり前だろ」


「なんでだい?」


「わからないのかい?」


「うん」


「ふぅん・・・。じゃぁ、教えてあげるけどさ。あんなに誰かを信じて、あんなに好きになって、一緒に空を飛ぶって、僕は本当に羨ましかったんだ」


「・・・」


「まるで、君とシオンのためだけに空があるみたいだった」


「・・・」


「シオンはさ、幸せだよ」


「・・・」


「あんなに綺麗に飛んでたんだ。君をのせて」


「・・・」


「幸せじゃないはずがない」


「・・・」


「シオンが、君と飛んだ記憶を忘れるとでも思うのかい?」


「・・・思わないよ」


「だったらさ」


「・・・」


「シオンは、君の元に生まれてきて、本当に幸せだって思っているよ」


「・・・」


「絶対だ」


「・・・」


「・・・」


「アルフ」


「・・・なんだい?」


「僕はさ」


「うん」


「死にたくないよ」


「・・・」


「もう一度、会いたいんだ」


「・・・」


「もう一度だけ、シオンと」




















空を飛びたいんだ




























「シオン!!!!!!!!!!逃げろ!!!!!!!!!!!」




「来るな!!!!!!!!!シオン!!!!!!!いいから逃げろ!!!!!!!!」





「駄目だ!!!!!やめてくれ!!!!!!!お願いだ!!!!!!!!シオンに手を出さないでくれ!!!!!!!!!!」





「謝るから!!!!!!!許してくれ!!!!!!!!シオンに罪はないんだ!!!!!!!僕が!!!!!!!!!僕が教会を騙したんだ!!!!!!!!シオンは何も悪くないんだ!!!!!!!!!!」




「あぁ・・・シオン!!!!!!!!お願いだ!!!!!!シオン!!!!!!!!戦わないでくれ!!!!!!!!!やめてくれ!!!!!!!!!シオン!!!!!!!!駄目だ!!!!!!!!!!!」



「頼む!!!!!!!!!話しをさせてくれ!!!!!!!!!シオンを抑えなきゃ!!!!!!!!!!駄目だ!!!!!!あんなに興奮してる!!!!!!!!!やめろシオン!!!!!!!!!良いんだ!!!!!!!!!!僕のことなんか良いんだシオン!!!!!!!!!」






「僕のことなんか!!!!!!!!!良いんだ!!!!!!!!シオン!!!!!!!!!!!」




「あぁ・・・・・・」




「シオン・・・そんな・・・」




「違う!!!!!!!シオンは僕を守ろうとしただけだ!!!!!!教会に歯向かうつもりなんてない!!!!!!!!お願いだ!!!!!!!!!シオンを許してやってくれ!!!!!!!!!頼む!!!!!!!離してくれ!!!!!!!あんたたちも死ぬぞ!!!!!!!たかがドラゴン4匹で!!!!!!!シオンが止められる訳が無い!!!!!!!!!!」




「・・・あぁ」




「・・・シオン」




「・・・」




「・・・」




「シオン」




「なぁ、シオン、聞いてくれ」




「僕はさ、ゴミクズみたいな人間でさ」




「父さんも、母さんも、僕にはお似合いの人間でさ」




「僕はさ、死にたかったんだ」




「生きていくのに必死でさ」




「毎日が灰色だったんだ」




「そんな時に、シオン、君が」





「君が、生まれてきてくれたんだ」




「真っ青でさ」





「こんなに綺麗な命があるのかって」





「僕は、そう思えたんだ」





「僕は、君にいつも憧れているんだよ、シオン」




「君は、僕の全てだ」




「君と、空を飛ぶ事が、僕の生きる理由だ」




「もう一度、君と空を自由に飛びたいんだ」




「だからさ、シオン」




「僕も頑張るからさ」





「君も、頑張ってくれよ」





「大丈夫だよ」






「必ず、また会えるから」





「心配なんてしなくていいんだ」





「僕を信じろよ、シオン」




「僕は、君を信じてるぞ」






「だから」









だからさ






















シオン

















飛んでいくんだ



















また

















会えるから


















絶対に













どんなに遠く離れても












いつも君のことを想っているよ















シオン


















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