第2幕2部 真名を――― エリー ―――
【春 赤月 6日】
《ページが破られていて読めない》
【春 赤月 7日】
亡骸を見つけた。
怖かった。
どうしよう。
【春 赤月 8日】
怖かったけど
亡骸を埋めた。
【春 赤月 9日】
ようやくだけど、少し落ち着いてきた。
あの人、どうしてあんなことになったのだろう。
6日の晩に見たのは、やっぱりあの人だったんだ。
【春 赤月 10日】
診察を受けた。
お薬をもらった。
飲みたくない。
気分が悪くなって今日は外に出られなかった。
【春 赤月 11日】
今日で日記も三周年。
見返したら、今は始めの頃に比べて殆ど何も書いてない。
毎日が退屈。
相変わらず体調は最悪だし。
最低。
【春 赤月 12日】
おばあちゃんの目を盗んでお墓参りに行った。
途中で花を摘んで、それを飾ってきた。
帰ったところでおばあちゃんに見つかった。
寝てるように怒られた。
【春 赤月 13日】
今日は体調が良かった。
あの人を乗せていたドラゴンが戻ってきていた。
お墓の前に座っていた。
逃げてきちゃったけど、まだいるのかな。
【春 赤月 14日】
まだいた。
ずっとお墓を見てる。
可哀想。
飼い主だったのかもしれない。
【春 赤月 15日】
台所からパンを盗んで持って行ってみた。
放り投げると、少しだけ顔を動かして見ていた。
でもまたすぐにお墓の方に向いてしまった。
心配。
お腹、減らないのかな。
【春 赤月 16日】
今日も診察の日。
今、お医者さんを待ってる。
もう、意味なんてないんだからやめにしてしまいたい。
別に私は不自由だって感じないんだから良いのに。
診察が終わったら、お墓を見に行こう。
ドラゴン、まだいるのかな。
いた。
身振り手振りであいさつしてみようとしたけど、全然こっちを向いてくれなかった。
文字、読めるかな?
無理だろうなぁ。
ドラゴンって、身振り手振りとかできるかな。
無理かなぁ・・・。
【春 赤月 17日】
お肉を台所から盗んで持っていった。
やっぱり食べてくれなかった。
なんだか、弱ってきてるように見える。
うずくまっちゃったし。
どうしよう。
【春 赤月 18日】
今日はズビの実を持っていった。
投げたけど、やっぱり見向きもしてくれないから、勇気を出して近づいてみた。
ちょっと首を持ち上げてこっちを見た。
怖かったからそれ以上近寄れなくて帰ってきてしまった。
明日は、もうちょっと頑張る。
【春 赤月 19日】
頑張った。
ズビの実が昨日の位置のまま転がっていたから、ひとまずそれを目指して歩いて行った。
ドラゴンは何もしなかった。
唸り声とかあげられても聞こえないからわかんないけど、少なくとも襲ってきたり怖い顔をしたりはしていなかった。
ズビの実をもってちょっとずつ近づいていくと、また首をあげてこっちを見つめてきた。
やっぱり怖くて逃げてしまった。
心臓がすごい速さになった。
昨日よりは近づけたから、明日はもうちょっと近づけるはず。
【春 赤月 20日】
今日は林でカックの実を摘んでいった。
ズビの実は殻が硬いから、小さくてもカックの方が良いかなって思ったから。
カゴいっぱいに取れた。
つまみ食いをしたらまだ少し酸っぱかった。
林の中でオウルさんに会った。
手を振って挨拶してくれたので、私も手を振っておいた。
林を抜けて、お墓の前にいくとやっぱり今日もドラゴンは丸くなって座っていた。
立ち止まったら怖くなっちゃいそうだったから、そのままズンズカ歩いて行った。
すごくドキドキした。
ドラゴンの目の前にかごを差し出した。
ドラゴンは顔をあげてじっとこっちを見てた。
食べようとしないから、私がカックの実をつまんで一つ食べて見せた。
しばらくしたら、ドラゴンが首を伸ばしてカックの実を舐めた。
不思議な匂いのするドラゴンだった。
カックの実みたいに、少し甘い香りがした。
一口だけカックの実を食べて、ドラゴンは頭を上下に振ってからまた丸まってしまった。
おいしくなかったのかな?
もう少しすれば、カックの実も甘くなると思うんだけどな。
でも食べてくれて安心した。
【春 赤月 21日】
今日はカックの実を煮詰めてジャムにしてみた。
砂糖も加えたから、甘くなった。
前、おばあちゃんに習ってたから結構上手にできた。
鍋いっぱいに作っていたら、おばあちゃんが驚いてた。
どうするのって書いてたから、秘密、って書いたら笑ってた。
おばあちゃんは優しい。
ジャムが冷えるのが待ちきれなくて、まだ少し温かいままドラゴンのところへ持っていった。
私の足音が聞こえたのか、結構遠くからドラゴンが私の方を見てた。
手を振ったら、ちょっと尻尾を動かしていた。
可愛い。
今日は私が近づいたら、立ち上がって座り直していた。
鍋を差し出したら、また首を上下に振ってから、ジャムを全部なめてくれた。
いただきますの挨拶?
やっぱりドラゴンって賢いんだ。
そういえば、首に小さな木の札が吊るしてあった。
ヴェーゲって書いてあった。
名前なのかな?
ヴェーゲ、古の海。
綺麗な名前。
あの亡骸の人がつけたのかな。
私ならなんて名前をつけよう。
甘い香りがするから、カックかな。
センスない。
【春 赤月 22日】
今日、ダラスの龍騎士の人が村を訪ねてきた。
怖かったので私は家の中にいた。
あとでおばあちゃんに聞いてみたら、逃げ出したドラゴンをこのあたりで見失ったから探してるらしいって書いてた。
やっぱり、あのドラゴンかな。
どうしよう。
教えたほうが良いのかな。
でも逃げ出したって、騎士団が嫌だったのかな。
見つかったら連れ戻されちゃうんだろうな。
逃げ出すくらい嫌だったんなら、可哀想。
【春 赤月 23日】
私を遠くへ連れて行く
蒼い風
私を月まで連れて行く
蒼い星
世界が私の後ろへ逃げていく
連れて行って
少しでも遠くへ
連れて行って
メロディーの響く世界へ
小鳥のさえずりが
川のせせらぎが
木々のざわめきが
歩くと衣擦れの音が
朝起きると鍋が煮える音が
メロディーの響く世界へ
私を遠くへ連れて行って
蒼い海
私を遠くへ導いて
蒼い龍
私をここから連れ出して
星の輝く世界へ
私をここから連れ出して
音の輝く世界へ
今日、心配でまだみんなが寝ている時間に見に行ったらドラゴンが飛んでた。
綺麗だったから、詩を書いてみた。
なんで、書いてる時はよくかけたと思うのに、
暫くするとダメになっちゃうんだろう。
センスない。
どんな音をたてて飛ぶんだろう。
聞いてみたい。
朝焼けに、青い宝石が空を飛んでいるようだった。
【春 赤月 24日】
今日は診察の日
相変わらず、なんにもない。
お薬を飲んだら、また気分が悪くなった。
もうやだ。
外出できなかった。
ドラゴンに会いたい。
【春 赤月 25日】
今日は山でいっぱい芋をとった。
なんだか楽しくなって取りすぎた。
全部運べなかったから、あしたまたあれを届けよう。
飽きてたらどうしよう?
持って帰ればいいか。
でもあんな遠くから運んでくるのやだな・・・。
昨日、ベッドの上で暇だったから、私も木札を作ってみた。
コーラル。
春に吹く温かい風。
カックよりは、いいんじゃないかな?
結構可愛く作れた。
さっそくドラゴンにあげた。
目の前においたら不思議そうに見てた。
さすがに自分じゃかけられなかったみたい。
勇気を出して首にかけてあげた。
私が木札を掲げたら、わかってくれたみたいで首を下げてきた。
お姫様と勇者様みたいだ。
別に私可愛くないけど。
ヴェーゲ、コーラル。
2ツ目の名前。
喜んでくれたかな。
【春 紫月 1日】
芋を食べてくれた。
持ち帰らなきゃいけなかったらどうしようかと思ってたけど、ほっとした。
木札、邪魔じゃないかなと思って見つめてたら、コーラルが不思議そうな顔をして私と木札を見比べてから、羽をパタパタふってた。
かわいい。
気に入ってくれたってことかな?
もう一度みたいな、かわいかった。
【春 紫月 2日】
今日、コーラルのご飯を林の中で探していたら矢を見つけた。
多分、あの人を打った矢だ。
なんだかおかしいと思って矢を―――――――――
《ページが破られていて読めない》
【春 紫月 6日】
あの人がなくなってから今日で一ヶ月だ。
途中で花をカゴいっぱいに摘んでいった。
コーラルは静かにお墓の前で座っていた。
手を振ると、今日も尻尾で挨拶を返してくれた。
私がお墓に花を添えると、コーラルが顔を上に向けて鳴いた。
鳴いているようだった。
どんな声で、鳴いたんだろう。
聞いてみたかった。
長く、長くコーラルは鳴いていた。
【春 紫月 7日】
オウルさんにドラゴンが見つかった。
どうしよう。
秘密にしてってお願いしたけど。
困った顔をしていた。
どうしよう。
どうしよう。
【春 紫月 8日】
おばあちゃんに、家からでないように言われた。
どうしよう。
ばれた。
どうしよう。
コーラル、早く逃げて。
【春 紫月 9日】
朝、私の家の上をコーラルが飛んだ。
追われてた。
5匹も追ってる。
どうなっただろう、コーラル。
夜中まで窓に張り付いているけど、あれから一度も見えない。
どうしよう、コーラル。
【春 紫月 10日】
龍騎士団が家に来た。
どうやらまだコーラルは捕まっていないみたい。
ほっとした。
私が、騎士が来ているのに気づいていなくて下に降りていくと、私の姿を見た途端に騎士が家の中に入ってこようとした。
怖かった。
おばあちゃんが凄く怒って、追い返していた。
おばあちゃんに聞いても、ほとんど何も教えてくれなかった。
【春 紫月 11日】
許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない
あいつら、おばあちゃんをおばあちゃんをおばあちゃん―――――――――
《ページが破られていて読めない》
許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない
あいつらおばあちゃんがおこるか―――――――――(判読不能)
おばあちゃんおばあちゃんおばあちゃんおばあちゃん
許せないよ、おばあちゃん、ゆるせないよ、よくも、よくもよくもよくも
ゆるせない
お願いおばあちゃん、助かって、おばあちゃん、お願い
おねがいします、かみさま、てんしさま、おばあちゃんを、おねがいします、おねがいします。
【春 紫月 12日】
夜、おばあちゃんが死んだ
【春 紫月 13日】
《記載なし》
【春 紫月 14日】
《記載なし》
【春 紫月 15日】
おばあちゃんのお葬式をした。
顔を、見せてもらえなかった。
龍騎士団が来たので、見つかる前に逃げた。
夜になって戻ってきたら、もういない。
【春 紫月 16日】
《記載なし》
【春 紫月 17日】
ドラゴンが戻ってきた。
家を出て、今ドラゴンのとぐろの中で書いてる。
暖かい。
【春 紫月 18日】
ドラゴンだけでも生きてて良かった。
春 紫月 19日
ドラゴンの背に乗った。
村から出たい、誰にも会わないとこに行きたいというと、どこかわからない山まで来た。
村がどっちにあるか、もうわからない。
随分長いあいだ飛んだ。
古ぼけたテントがあった。
テントの横に布が張ってあったので、コーラルとそこの下で一緒に寝る。
【春 紫月 20日】
コーラルがグングをとってきてくれた。
食べろって事らしい。
今も私の目の前で、グングを前にじっとしている。
優しい子。
ごめんね。
何も食べたくない。
【春 紫月 21日】
死にたい。
【春 紫月 22日】
私を無理やり咥えて、コーラルが川まで連れてって落っことした。
煤けた体に、水が気持ちよかった。
水を飲ませたかったのかもしれない。
すぐにコーラルが川に飛び込んできて、私を咥えて川べりに下ろした。
急に入ってきた水にびっくりして、胃が痙攣して吐いてしまった。
私がうずくまって泣いていたら、コーラルがすごく動揺して何回も顔を舐めてきた。
ごめんね。
ありがとうね。
ごめんね。
ごめんね。
【春 紫月 23日】
お腹が空かない。
不思議。
【春 紫月 24日】
コーラルがカックの実を大量に口に咥えてきた。
よく、その口でカックなんて取れたね。
賢い子だね。
ごめんね。
ありがとうね。
地面に文字を書いて謝ると、コーラルがとぐろを巻いて私を包んでくれた。
暖かかった。
【春 紫月 25日】
怖くないなぁ。
こんな、もんなのかなぁ。
【春 青月 1日】
おばあちゃん
ごめんね
【春 青月 2日】
空
真っ青だ
綺麗だなぁ
音が
聞こえ
《以降、記載なし》
表題 『エリー・日記 NO18』
執筆年月日 詳細不明 約50年前
所蔵 ダラス龍騎士団 現 ボルド第1騎士団
取り扱い注意
持ち出し不許可
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