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第4幕2部  ヴァネッサ

挿絵(By みてみん)


「左手を斬り落とすなど、どうかしている」

フルヴォン司祭は深い溜息とともに椅子に身を沈めた。

「はぁ…」

「…もっと他に方法があったのではないか?」

「はぁ…」

「お前はドラゴンライダーだろう。片手で龍を操れるのか?」

「…できます」

「片手でか?」

「はい…」

「戦闘はどうする。騎乗中はまだいい。ドラゴンが守ってくれるだろう。しかし地上では?盾も構えないで剣一本で敵に挑むのか?」

「…剣一本あれば十分です」

「矢はどうする」

「…避けます」

はぁ…、とフルヴォン司祭は再び深いため息をついた。

フルヴォン司祭の目の前では、腕を肩から吊り下げたフローラがブスッとした表情で下を向いて直立していた。

目を瞑りながらフルヴォン司祭は片手で頭を抱えた。

(まるで怒られている時の子供のようだな…)

昔からそうだ。フルヴォン司祭に注意を受けるとき、フローラは決まってこういう表情をする。

(まだまだ、甘えが抜けんなぁ…)

代々ドラゴンライダーを輩出してきたフローラの家系では、幼い頃から親元を離れて龍とともに過ごす。それ自体はさして珍しいことではないのだ。多くの騎士の家系で行われていることで、質の良いドラゴンライダーを育てるために必要なこととされてきた。幼いライダー候補生たちは養成所へと一堂に集められ、幼少期を仲間たちと、そして自分たちのドラゴンとともに過ごすのだ。

同時に子ども達は、その家系によって各司祭の庇護下へと割り振られ、自動的に派閥に組み込まれていく。各司祭たちは経済的に子ども達の養育費の一切を受け持ち、恩と、情を子ども達との間に築き上げていく。月に数回しか会えない司祭との交流は、しかし、幼いドラゴンライダー達にとっては貴重な里親との時間だ。多くの者が司祭の事を実の家族のように慕い、忠誠を誓うようになっていく。フローラも多くのものと同じようにフルヴォン司祭を慕い、不器用ながらもいつも気遣うことを忘れなかった。

ただ、中にはそのような環境に馴染めない者もいる。そうした者たちは不適合の印を押されて養成所から去っていく。どんなに龍を上手に操れたとしても、仲間を作れないものは騎士団の中では生きてはいけない。様々な理由や事件で、養成所をさる子供は決して少ない数ではなかった。

同時にそのような不適合者を出すことは司祭達にとっても恥であった。人心を掌握できない、人の上に立つべき器ではないとして、過去に司祭の役職を剥奪されたものもいる。情の上でも、立場の上でも騎士と司祭は強く結びついているのだった。

「まぁいい」

頭を抱えていた手を下げ、フルヴォン司祭は目を開けてフローラの事を正面から見つめた。

「今日お前を呼んだのは何も叱責することが目的ではない。そう拗ねるな」

「拗ねてなどいません!」

「語気を荒げるな…」

「…」

フローラの顔が僅かに紅潮する。

自分でも、大人気ない態度をとっていることは重々承知の上なのだろう。

「今日はな、いい知らせを伝えようと思ってな」

「…いい知らせ?」

「そうだ」

「一体…?」

「まぁ、説明するより見たほうが早い」

「…?」

「厩舎に行けと言えば、わかるかな?」

フローラがハッとした表情で顔を上げる。

フルヴォン司祭はやさしげに微笑んでフローラに頷いてみせた。

「体色は緑だ。名前は自分で決めるといい」

「そんな、こんな短い期間でどうやって…」

「お前にはできない方法でだよ」

「…」

「いいのか?早く行ってやらなくて。2年間も主なしで育ててきたドラゴンだ。一秒でも早く会って自分の事を主と認めさせてやらなければな」

「…失礼いたします」

「うむ」

フローラは美しい所作で一礼すると踵を返して扉へと向かって歩き始めた。

「可愛がってやってくれ」

フルヴォン司祭がその背中に向かって声をかけると、フローラは歩みを止めて振り返った。

「ありがとうございます」

「礼には及ばんよ」

静かにドアが閉められると、すぐに廊下を走っていく音が聞こえてきた。

気品も何もあったもんではないその騒音にフルヴォン司祭は苦笑した。

「ヨーンはいい騎龍だった。主に似てな」

フルヴォン司祭は窓の外の青天を見つめてひとりごちる。

「きっと今度も、いい騎龍に仕上げてくれるだろう」





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


パチパチと炎がはぜる音が夜の森に響いていた。他にはなんの音も聞こえてこない。

キャロルはその炎をじっと見つめていた。

シオンとトールマンと共にベルをかっさらってから4日が過ぎていた。逃亡途中に山賊に襲われている村を発見して急遽それを撃退するハプニングがあったものの、ドラゴンライダー達が帝都に召集されている今、キャロル達の逃亡を遮るものは何もなく、拍子抜けするほど簡単にダラスとの国境沿いに到達することに成功していた。

(ここから、どうする)

キャロルは迷っていた。

このままグリッツの国内を転々と逃亡を続けていくべきか、それともダラスへと逃れるか。

どちらにせよ安息の日々は訪れないだろう。グリッツ国内では聖騎士団に追い掛け回されることは目に見えている。かといってダラスに逃げ延びたところで大差はないはずだ。

ベルが降臨したことは確実にダラスへと伝わっているに違いない。風の噂にしろ、密偵の仕業にしろ、グリッツと外交上の緊張状態にあるダラスが何の情報も仕入れていないとは到底思えなかった。

「キャロル」

自分の背後から突然かけられた声に、キャロルは驚いて勢いよく振り返った。

「トールマン、戻っていたのか。いつからそこに?」

「今だよ」

そう言うとトールマンは少し疲れたような表情で、焚き火を挟んでキャロルの向かい側へと腰を下ろした。

「気づかなかったよ。腕を上げたんだな」

考え込んでいたとはいえ、自分のすぐ後ろにトールマンが近づいていたことに全く気づかなかったキャロルは素直に賞賛を込めてそう言った。

「何言ってるんだよ。キャロルが疲れてるだけだろ。ひでぇ顔してるぜ?」

「そうか?」

「まぁな」

トールマンに言われて自分の顔に手を当ててみる。鏡を見たかったが、あいにくとここにはそんな洒落たものは持ってきていなかった。

「なんだよ、気にしてんのか?冗談だぞ?」

「べつに…気にしてるわけじゃない」

「嘘つけ」

顔に当てていた手を今度は髪に移す。

なるほど、言われてみれば確かにボサついているような気がしないでもなかった。

「綺麗だぞ、キャロルは」

髪をなでつけていた手が止まる。

年甲斐もなく、見る見るうちに自分の顔が赤面していくのを感じて、それが余計にキャロルの顔を真っ赤にしていった。

「こんな時に馬鹿なこと言うな」

「何が馬鹿なんだよ。正直に言っただけだ」

「それが、馬鹿だって言うんだ」

トールマンに顔を見られるのが嫌で、思わずキャロルは下を向いてしまった。

「馬鹿っていうやつが馬鹿らしいぞ」

「うるさい」

二人の間に僅かに沈黙が訪れる。

下を俯いていたキャロルは、それでもトールマンが真面目くさった顔でこっちを向いているような気がしてならず顔を上げる事ができなかった。

「キャロル」

「…なんだよ」

「悩んでんだろ?」

「…」

ゆっくりと顔を上げると、案の定トールマンはじっと自分の事を見つめていた。

「…悩んでるよ、すごく」

「どうすればいいかわからないか?」

「…わからないな」

「そうか」

「そうだ」

暫く押し黙ったままキャロルの事を見つめていたトールマンは身につけていたマントを外し、それを丸めて枕替わりにしながら体を横にした。

バチバチと炎の爆ぜる音が再びキャロルの耳に響く。

トールマンがきた瞬間に聞こえなくなっていた音が急に戻ってきた感覚に、何故かキャロルは自分の鼓動が早くなるのを感じた。

トールマンから目線を外して、自分の斜め後ろにポッカリと空いた洞穴へと目を向ける。

自然の隠れ家のその奥では、今頃シオンのとぐろの中でベルが静かな寝息を立てているはずだった。

「ダラスへ抜けよう」

まぶたに差し込む明かりを避けるようにしてキャロルに背を向けて寝返りを打ったトールマンがそう呟いた。

キャロルは再び視線をトールマンの方へ向け、その背中を暫くの間じっと見つめた。

「なぜ?」

「…可能性がある」

「可能性?」

「そうだ」

「どんな?」

「…」

キャロルの問いかけには答えずに、トールマンはボリボリと音を立てて自分の肘を掻いた。

どんな、可能性があるというのだろう。

ベルが暖かくダラスへと迎え入れられ、幸せに暮らすことができる可能性だろうか。

それとも、ダラスがベルの存在に全く気がつくことがなく、3人と一匹で静かに暮らせることができる可能性だろうか。

「お前さ」

考え始めていた思考がトールマンの声に遮られ、キャロルはぼんやりと虚空に浮かべていた視線をトールマンへと向けた。

「やっぱり俺のとこに嫁に来いよ」

そう言って、トールマンは今度は自分の頭をボリボリと掻く。

「幸せにしてやるぜ?世界一だ。浮気もしねぇ、しっかり稼ぐ。どこに仕事に行ってても毎日手紙を書く。帰ってくるときには必ず髪飾を買って来て、お前の髪を結ってやる。安息日に家にいられるようなら掃除でも修繕でもなんでもしてやる。畑を買ってやるから、お前は作物を育てろよ。暇だったら子供に槍の稽古をつけろ。ただし男の子だけにだぞ。お前の娘なんかに槍を教えたら、10にもならないうちに家を飛び出していっちまう。女の子には、そうだな、読み書きを早いうちから教えて学校へ行かせよう。文官を目指させるんだ。俺たちは切った張ったしかできねえが、何かを生み出せる子を育てよう。」

「・・・」

「どうだ?」

「無理だよ…」

「なんでだよ」

背中を向けたままのトールマンに、キャロルは微笑みかけた。

「私は、人殺しだからな」

「・・・俺だって人殺しだ」

「昨日の村の娘、覚えてるだろ?」

「あぁ」

「アヴァってドラゴンライダーを知らないかって、聞かれたんだ。私を騎士か何かと勘違いしたらしい」

「・・・」

「たぶん、私が殺した中にいたんだろうな。もう帰ってくるはずなのに、なんの音沙汰もないって泣いてた」

「・・・」

「その娘に、私がなんて言ったと思う?」

「・・・知らねぇよ」

「きっと大丈夫だって言ったんだよ」

「聞いてねぇぞ、無理に喋んな」

「きっと何かあって、すぐには帰って来れないだけだろうって。元気を出せって」

「おい、キャロル」

「私が」

「・・・」

「幸せになれるわけないだろう。トールマン」

「・・・忘れさせてやるよ」

「忘れられないよ」

キャロルは寂しそうに笑ったまま僅かにうつむいた。

「忘れたくないんだ」

「・・・」

「ありがとう、トールマン」

「よせよ」

「嬉しいよ」

「・・・よせよ」




――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「これが、ゆ、雪なのですね・・・」

キャロル達が浅い眠りから覚めると、世界は一晩にして銀世界へとその姿を変貌させていた。まだ雪が降るには早い時期ではあったが、標高の高さもあいまって少し積もったらしい。キャロルにとっても久々の雪景色だった。

「どうりで冷え込むわけだ、ベル。寒いだろ?私の外套を着なよ。」

「いえいえ!大丈夫ですよ!わ、私こんなに近くで雪を見るの初めてです!」

「そうかい。気に入ったみたいだね」

「えぇ・・・!すごく綺麗!!」

洞穴の入口からおっかなびっくりに外の様子を覗うベルの姿はまるで小動物そのものだ。なんとも愛らしいその仕草と表情にキャロルも思わず微笑まずにはいられなかった。

「触ってみないのかい?」

「さ、触っても大丈夫なのでしょうか?」

「大丈夫だよ」

ベルは緊張した面持ちでそっと洞穴から外へと足を踏み出した。よくよく見てみると、城から連れ出した時かそれともあの村でゴタゴタに巻き込まれたときなのかはわからなかったが、足の履物がなくなっていた。

それに気づいてキャロルは一瞬ぎょっとしたものの、しかしあわててベルの顔に視線を戻すと相当真剣な表情で岩肌からズイと足を精いっぱい伸ばし、今にも雪につま先をチョンと触れさせようとしている。さすがに寒いだろうが今声をかけるのも悪いかとキャロルはなんだかやきもきした。

「ひゃぅ!」

「ベル!?」

つま先が雪に触れた瞬間にベルは素っ頓狂な声で叫んだ。

それに驚いたキャロルはやはり冷たかろうにと慌ててベルを抱え上げようと素早くベルのそばへと移動した。

しかしタイミング悪く、予想外の雪の冷たさに度肝を抜かれたベルはキャロルから見てちょうど反対方向へとビョンと音がしそうな勢いで飛び上がっていた。反射で飛んだだけのベルはものの見事に死に体で横滑りをし始め、自分から逆方向へとすっ飛んで行くベルを引っ掴もうと大わらわでキャロルが手を伸ばしたが衣服の先にわずかに指先が触れるにとどまった。

「ひゃぁぁぁあああああ!」

ポスン!!!

間抜けな音を立てて雪の真っただ中にベルが万歳をしながら体ごと突っ込んだ。

「あらま・・・」

「ひゃぅううううう!!!!???」

さらなる追い討ちの冷感にベルはエビのごとく状態をのけぞらせて、その場で器用にわずかに飛び上がり、そして健闘むなしくそのままの体勢で再び雪の中へと沈んでいった。




「クシッ」

「ハハハ!」

「わ、笑わないでください・・・」

「いや、悪かったよ、フフ」

「うぅ・・・」

「大丈夫かよベル?」

「あ、ありがとござますトールマンさん」

「おいキャロル、フフ、ベル震えてるぞ」

「ト、トールマンさんまで笑って・・・」

「フフ、ほらベル、あんまり震えてるからシオンが心配してるよ」

「あ、シ、シオンさん、どうもありがとう」

震えるベルを完全にとぐろの中に巻き込んだまま、シオンはジーッとベルのことを見つめていた。小柄なベルは首から下をすっぽりとシオンの体の中におさめ、寒さのためプルプルと頭を震わせるものだからその光景はなんとも言い難い珍妙なものだった。

先ほどから口元にチラチラと炎が見える。

ベルを温めようと口から火でも吐くつもりではないかと一瞬不安になったキャロルではあったが、賢いシオンのことだ、さすがにそれはないだろう。

「雪はどうだった?ベル」

キャロルが尋ねるとシオンの目を覗き込んでいたベルの頭がクルンとこちらに向き直り、眉がなんとも困った角度にまがった。

「きれいです」

「お気に召さなかったかな?」

キャロルが笑いながらそういうと、今度はとぐろの中で小さな頭が横にブンブンと振られた。

「いえいえ、そうじゃないんです。きれいだからって油断していました。本当に氷のように冷たいのですね。ひんやりって程度を想像していたのでびっくりしました。」

「そうだろう。雪を知らなかったものが初めて触ったときは誰でも驚くもんだ。あんなに冷たいもんが辺り一面を覆うんだもんな」

「不用意でした」

「気にするほどのことじゃない」

「それにしても、大丈夫なんでしょうか」

「何がだい?」

「あんなに冷たいものに覆われて、植物や動物は大丈夫なんですか?」

「・・・うーん」

「だめですか?」

「いや、だめってわけじゃないけどね。降雪期が生き物にとって厳しい季節なのは間違いないよ」

「ははぁ」

「ただ、どんな生き物も厳しい季節を乗り越えるために様々な工夫をしてるんだよ。冬の間暖かい穴倉で冬眠し続けるものもいれば、暖かい毛皮を体から生やして乗り越えようとするものもいる。人間だってそうだ。人間は冬になれば動物の毛皮で外套を作り、火を焚いて暖をとるだろう。どんな生き物も、この季節を乗り越えられないわけじゃない」

「・・・」

「どうした?なにか気になるのかい?」

「暖をとれない人も、いますよね」

「・・・そうだね、そういう人も大勢いる」

「・・・」

「・・・戦が起これば、そういう人が今よりもずっとずっと多くなるね」

「・・・」

「ベル」

「・・・はい」

「気に病むことはないよ」

「・・・でも」

「ベルが悪いんじゃない。人々が苦しむことが分かっているはずなのに、つまらないプライドに固執して戦を起こそうとするやつが悪いんだ」

「・・・」

「どんな生き物も争いは起こすもんだけどね。」

「・・・」

「そういうもんなんだ、ベル」

「・・・」

「そういうもんなんだよ」







―――――――――――――――――




「お前がヴァネッサという娘か?」

「は、はい」


ヴァネッサは落ち着きなく目線を泳がせながら、モジモジと身をよじって答えた。

3日前、野盗の襲撃にさらされた村は未だ何かが焦げたようなにおいが充満していた。遺体の埋葬はなんとか終わったものの家屋のがれきなどは全くと言っていい程手が付けられておらず、住人達の表情もどこかくすんだように翳っていた。

アヴァがいた時とは、村の様子はがらりと変化してしまっていた。


「聞きたいことがあってな、こんな時にすまないとは思うが、協力してほしい」

「め、滅相もございません。私でできることであればなんなりとお申し付けください」


ヴァネッサは目の前の人物達のうちの一人から予期せず自分をねぎらう言葉がかけられたことに一層動揺し、あわててスカートをつまんで頭を下げる。

優雅さの欠片もない、自分で自分が恥ずかしくなるようなお粗末な所作だった。

ヴァネッサの目の前には5人の男たちがいた。

ヴァネッサに話しかけているのはその中でリーダー格であろうと思われる男で、周りの男たちよりも一際豪華な細工を施された鎧を身に着けている。

ドラゴンライダーの鎧だった。


「3日前は大変だったそうだな、村の長から話は聞いている。」

「・・・はい」


男にそう声をかけられ、ヴァネッサの体は先ほどまでの緊張とは別のものによってわずかに震えだした。

今でも、目をつむると鮮明に思い出されるのだ。

自分が殺した者の顔や声が。

自分のよく見知ったものの首が切り飛ばされる瞬間が。

自分が殺されそうになった瞬間が。

この3日間、眠ることなどほとんどできなかった。

それと同時に、ヴァネッサの中に僅かな疑問が浮かぶ。

なぜ、自分なのだろう。

ヴァネッサは年長者な訳でも村の防衛に関して一枚かんでいるわけでもない。ただの普通の娘なのだ。

野盗に襲われた時のことを聞きたいのなら、自分なんかよりもずっと適任の者が他に大勢いるはずだった。


「つらいとは思うが単刀直入に話をしたい、よろしいか?」

「は、はい、勿論でございます」


口調は丁寧でも、男の目には有無を言わせぬ色が浮かんでいた。

ヴァネッサがかぶりを振るのを見て、男はわずかに頷いた。


「聞きたいことは一つだ、ドラゴンに乗った3人連れがきただろう」

「え・・・?あ、はい」

「その者達が何を君に話したのかを聞かせてほしい」


どういうことだろうか。ヴァネッサは激しく混乱した。野盗の事ではなく、その野盗から自分たちを救ってくれたあの人たちの事を?

あの人たちは、ドラゴンライダーでは、この男たちの仲間ではないのだろうか。

なぜわざわざ自分たちの仲間の事を尋ねるのだろう。

もしかして、あの人たちは逃亡兵だとでもいうのだろうか。


「どうした?」

男に声をかけられ、ヴァネッサは我に返って慌てて頭を下げた。

「も、申し訳ございません。なんでもありません」

「話すと都合の悪いことでも?」

男の目線が鋭いものになる。

「い、いえ、そういうわけではないのです。話したことは本当に取り留めのないことで、ただ・・・」

「なんだ?」

「いえ・・・あの方々は、騎士様方のお仲間ではないのですか」

「馬鹿なことを言うな!!!」

突然、目の前の男は立ち上がって怒号をあげた。

「ヒッ!?」

「あんな者どもが我々の仲間だと!!?冗談も大概にしろ!!!!!」

「申し訳ございません!申し訳ございません!!」

男の豹変ぶりにヴァネッサは震えあがり、必死になって頭を下げた。

心が弱っていたところで新たに目の前に突然湧き上がった恐怖に、ヴァネッサは頭の中が真っ白になる感覚を感じた。

「申し訳ございません!知らぬこととは言え失礼な事を申し上げました。お許しください!ど、どうかお許しください!」

訳も分からずにヴァネッサの口から謝罪の言葉が次々と飛び出していく。

体は憐れに思うほどガタガタと音を立てて震え、目からはボロボロと大粒の涙が零れ落ちていた。

「・・・」

「申し訳ございません!申し訳ございません!!」

「・・・もうよい、こちらこそすまなかった」

その様子に男も怒気をそがれたのか、目に憐憫を浮かべながら浮かせていた腰を再び椅子の上へと下ろした。

「本当に申し訳ございません。なんと、お詫びを申し上げればよいか、申し訳ございません・・・」

「もう良いといった。これ以上の謝罪の言葉は必要ない」

「は、はい、ありがとうございます・・・ありがとうございます・・・」

嗚咽で、ヴァネッサはまともに喋れずに、それでもうわ言のように言葉を吐き出していた。

「・・・」

「ありがとうございます・・・」

「・・・よい、それで、先ほどの話の続きは」

「は、はい、わ、わたしは、あの3人の方々に・・・あの3人連れに、助けていただきました。野盗に今にも切り殺されそうになっているところに、突然、空からドラゴンにのってやってきたのです」

「・・・」

「お、恐ろしさすら感じるほどの強さでした。次々と、赤子の手をひねるように野盗の一味を打ち倒し、村を危機から救ってくれたのです」

「・・・それで、そのあと何を話したのだ?長から君だけがその者達と言葉を交わしていたと、その後すぐに立ち去って行ったと聞いている」

「は、はい。確かに話をいたしました。で、ですが、申し訳ございませんが、どこに行こうとしているとか、何者なのかとか、そういった実のある話は何も・・・」

「よい・・・すべて話せ」

「は、はい。お、お恥ずかしい話ですが、私は、その、アヴァの、い、いえ、アヴァ様のことを」

「・・・」

「ご、ご存じないかもしれませんが、アヴァ様は、この村の、ドラゴンライダーで・・・」

「アヴァの事なら知っている、話を続けよ」

「は、はい、その、アヴァ様は、12日前にこの村をお立ちになり、帝都へと向かわれました・・・」

「・・・」

「も、もう、もうとっくに、とっくに戻ってきていていい筈なんです。なんの連絡もなくて、わ、私、アヴァ様の事が、し、心配で、心配で、たまらなくて」

「・・・」

「し、心配で、どうしても、アヴァの事が、し、しりたく、て」

「・・・」

「その3人の方のうちの女の人に、アヴァの、アヴァの事をしりませんか、って」

「・・・」

「し、しらないと、でも」

「・・・」

「でも、きっと」

「・・・」

「無事だと」

「・・・」

「みっともない醜態をさらす私を、その方は慰めてくださって、そして」

「・・・」

「急がなければ、いけないと、村を・・・」

「・・・」

「こ、これだけでございます」

「何か隠し立てしていることはないか」

「と、とんでもございません!本当に、本当にこれだけでございます!!」

「偽りないな?もしも後から何か発覚すれば、重罪とする」

「嘘は申しておりません・・・。本当でございます・・・どうか、どうか信じてくださいませ・・・」

「・・・」

「どうか・・・」

「・・・わかった」

「・・・」

「君」

「は、はい」

「詳しいことは話せぬが、一つだけ教えておいてやろう」

「は、はぁ・・・」






「アヴァは死んだよ」








「―――――――――――――」


「五日前の事だ」


「―――――――――――――」


「そして」


「―――――――――――――」


「アヴァを」


「―――――――――――――」


「殺したのは」


「―――――――――――――」


「その女だ」


「―――――――――――――」


「―――――――――――」


「――――――――――」


「―――――――――」


「――――――――」


「―――――――」


「――――――」


「―――――」


「――――」


「―――」


「――」


「その女が、殺したんだ」


「―」


「」





「何か」






「まだ話していないことはないか?」





「。」












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