みかんの生きる権利について
彼女は一つのみかんを選択した。
そのときみかんの運命は決まった。
みかんは左手の爪により一撃を加えられ、
皮を剥かれる。
房が二つに割られる。
中心には真っ白な産毛が生えている。
蝶の羽根のような筋が房の上に張り巡らされている。
袋の中には空気によるたるみと、汁によって袋の皮に貼りついた部分とがある。
彼女は気にも留めずに一つの房を他の房たちから
引きはがして口に入れた。
噛んだ。
口の中でその鮮やかな色の瑞々しい物が
どんな風に破壊されているのかも知らずに。
そのみかんの肉体は、味という価値基準によって審査され、
生きる価値や一生を評価され、
他の美徳は味や栄養素の前にひれ伏す。
そのみかんの存在意義は、
彼女によって食べられることだけだったのだろうか?
そしてこの世から一つのみかんが消滅した。
そのみかんは永遠に彼女だけのものになった。
みかんは彼女の体の一部となった。
それ以外の何物でもなく、彼女の体に取り込まれ、
他の物になる運命は放棄された。
彼女は取りいれた以上、もうそのみかんを拒否できない。
意志にも関わらず、彼女の体を構成する一員として、
そのみかんは参画する権利と義務を得た。
永遠にそのみかんはいなくなった。
みかんの帰りを待ちくたびれて、
ぐったりと広がって、白い裏側をさらけ出していた皮は、
ごみ箱へ捨てられた。