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もしも”平和”って名前の生き物が

 非言語コミュニケーションゲームと、そのゲームは銘打たれていた。名前は、『スペース』ととてもシンプル。一昔前に流行ったゲームで今は廃れてしまっているけど、まだネット上で遊べるオンライン中心ゲームだ。

 僕はこのゲームを今でもやっている。と言っても、実はやり始めたのが遅かったから、それほど長い期間やっている訳じゃない。もう廃れた頃にやり始めたものだから、遊んでいる人はとても少なくて、ネットにサインインしてもあまり人には巡り逢わない。少し寂しい。

 このゲームの事を簡単に説明すると、キャラを操って、様々なイベントを発生させ、それを眺めるという、ただそれだけのゲームだ。ただし、フィールドが広い上に、その発生するイベントの数が多くて、時間や時期などでも起こるイベントが変わって来るから、中々に飽きさせない。それに、グラフィックが見事で感動する。たくさんの国と社会で芸術に値すると評価されているくらいなんだ。

 キャラ造形はシンプルだけど、ある程度のカスタマイズができて、画像取り込みも可能だから、個性を強調する事もできる。もっとも僕はデフォルトからほとんどいじってない。色は薄い緑。これはこれで個性だと僕は考えている。でも、面倒くさがりなだけだ、と言われれば「そうかもしれない」と答えるけど。

 このゲームの特徴は、何と言っても他のユーザとのコミュニケーション方法。非言語と銘打たれているだけあって、言語の類はほとんど登場しない。ただ、何処の国の文字でもない模様みたいな記号を数種類、キャラは様々な方法で放てる。それは緑だったり青だったり赤だったりする。それによって、イベントが発動する場合もあるのだけど、それ以外にもこれの使用方法はあって、他のユーザとコミュニケーションができるのだ。

 ただし、どの色がどうとか決められている訳じゃない。ネット上で逢った他のユーザとのやり取りを通じて、それは徐々に決められていくんだ。この色を放って、こう行動している時は、喜んでいる。この行動は、もしかしたら怒っているのかもしれない。ああ、協力しようと言っているのだな、とか。もちろん、フィーリングに頼るしかないから、実は間違っている可能性もあるのだけど。

 既にユーザが少なくなっているこのゲームで、僕は二人の常連と知り合いになった。その二人は、大体いる時間と場所が決まっていて、よく一緒に遊ぶようになったんだ。僕がまだ初心者だった頃、その彼らのお蔭で様々なイベントを見させてもらった。協力しなくちゃ見られないイベントもいくつかあったから、非常にありがたかった。

 その二人のうちの一人は、少し濃いめの青を基調としたキャラを使っていた。全体的にはダボっとした印象で、宇宙服のような物を着ているイメージ。基本的にはいい人なのだけど、不思議な感じもして、行動が予測できないところがあった。それはキャラ名にも表れていて、その人は自分をウチュージンと名乗っていた。確かに、そんな感じがする。宇宙人。ミステリアス。

 もう一人は、濃い緑に青を少し混ぜたような色のキャラを使っていた。そのキャラの胸辺りには、奇妙な幾何学模様が画像取り込みで張り付けられてある。そのデザインは少し奇抜とも受け止められるけど、一緒にプレイしてみると、本人はとてもいい人で親切に様々な事を僕に教えてくれた。その人のキャラ名は、レボ。意味は分からない。まぁ、ないのかもしれないけど。

 僕はその二人ともう半年間ほどずっとそのゲームを楽しみ続けている。ある時は、海に行ってイルカに乗ったり、海深く潜ったり。ある時は山に行って、洞窟を探検したり、崖を下ったり。

 片方がタイミング良く噴水に乗ると、もう片方が跳ね上がって上空まで昇れるイベントでは、僕があまり上手くいかなくて、それを二人がサポートしてくれたりした。少し恥ずかしかったし、二人に悪いとも思ったのだけど、二人はそんな事はまったく気にしていないようで、親切に接してくれた。他の時だって怒られた事はほとんどない。とても優しい連中なんだ。

 でも、考えてみれば不思議だ。このゲームには前にも説明した通り、言語なんてものは存在しない訳で、それなのに僕らは一つのチームのように行動できている。誰かが何かを決めた訳でもないのに、自然と共通の合図のようなものも生まれ、そしてある程度の意思の疎通みたいなものだってできているんだ。

 ただ考えてみれば、僕らが生きている現実社会でだって似たような事は起こっているともいえる。例えば、自然と生まれるマナーとか、エスカレーターで、右側は速く進みたい人の為に空けておくだとかいったルール。いや、そもそも言語からして自然発生しているし、自然と変化している。もしも、生物の定義を広く取るのなら、そういうものも生物の一つと見なせるのじゃないだろうか。もちろん、乱暴な主張をしているのは分かっているけど、僕はそんな気がするんだ。

 僕がそのゲームを気に入ったのは、グラフィックの見事さもあったけど、言語が使えないコミュニケーションの、そのはがゆさというか、なんというか、そういうものに惹かれたからだと思う。お互いが、言葉で通じ合う事もできず、礼儀も身に付けていなかった子供の頃に戻ったみたいで、少しだけ懐かしい気持ちになれたんだ。能力のない、稚拙な自分が楽しい。それは、やはり現実逃避だったのだろうと思う。いや、そんな事を言ったら、ゲームなんてすべて(特にネット中心ゲームは)、現実逃避なのかもしれないけど、このゲームに関しては、特にそんな気がしたんだ。

 暗い時代だった。

 現実の社会は、如実にそれを突き付けてくる。

 僕の住んでいるAという国は、十年ほど前くらいから経済的に疲弊を始め、どう足掻いても経済は好転をしなかった。僕の生活も徐々に苦しくなっていき、不況を実感できるようになってくる。まるで地獄に落ちた亡者になって、もがているような気がした。生活が苦しくて、将来の展望も思い描けない。それは近隣諸国も同じで、ほとんどの国が不景気に苦しんでいた。

 そんな頃、隣国のBという国の一部の人達が大規模なデモをやり始めた。二つの国の境辺りには僕らA国が所有している土地があって、そこはB国のものだと、どうやら彼らはそう主張しているらしい。「何故、取り返さないんだ」、とそう自国に訴えている。

 恐らくこれは、苦しい生活で溜まり続けた憤懣が吹き出し口を求めてそんな形で表れているに過ぎないのだろう。本当は何でも良かったんだ。だから僕らA国としては、黙ってやり過ごすのが一番なのだろうと思う。ただ、経済が苦しい時代には、歴史上、戦争がたくさん起こっている。確かに今という時代は、昔に比べて遥かに国外との経済的な結びつきが強くなっているから、簡単に戦争になったりはしないだろうけど、それでもやり過ごし切れるかどうかは疑問だ。今はB国は国民を抑えようとしているけど、それはいつまで持つのだろう?

 やがて、B国の一部の国民達はA国が打ち上げようとしている人工衛星にまでクレームをつけ始めた。用途はネットワークの高速化や、天候観測など汎用的なもので、決してスパイ衛星なんかじゃないのだけど、B国は戦争の準備の為だと言って、その打ち上げを阻止しようとしているのだ。

 もちろん、これは言いがかりに近い。そんな証拠はどこにもない。

 宇宙ゴミ。スペースデブリが人工衛星の所為で増えてしまうから駄目だ、なんて事を言ってもいるけど、これは建前だろう。確かに、壊れた人工衛星が宇宙ゴミとして地球の周りの宇宙空間を漂うのは、大きな問題だけど、そんな事を言い始めたら、宇宙開発なんてできない訳だし。少々強引すぎる主張だ。

 僕は日に日に不安になっていった。

 何だか、逃れられない運命で、戦争に近付いて行っているような気がしたんだ。

 そんなある日、ソーシャル・ネットワーキング・サービスで、奇妙なメールを僕は受け取った。それを送って来た人物のハンドル・ネームはソラとなっていたけど、僕には心当たりがまるでなかった。

 何者なのだろう?

 『先日のお月見は、楽しかったね。あんなに綺麗な月は滅多に見れるもんじゃない』

 そのソラという人物は、メールの中でそう語っていた。僕にはお月見なんかした覚えはない。それに、初めてなのに、妙に馴れ馴れしい文章だ。

 ところが、そう思うべきだとは考えたのだけど、何故か僕はそう感じてはいなかった。それが一番奇妙な点だった。何故かそのメールの主から、親近感のようなものすら感じていたんだ、僕は。それで僕は、普段ならそんなメールは無視しているのに、思わずそれに返信してしまったんだ。

 『悪いのですが、僕にはお月見なんかをした記憶はありません。何かの勘違いじゃありませんか?』

 すると、そのソラという人物は、こう返して来たのだった。少しイタズラっぽい感じを匂わせつつ。

 『おや。忘れてしまうなんて酷いな。三人で協力してイベントを発生させて、あんなに大きな月を出現させたのに。

 分からないのか? ボクはウチュージンだよ。ゲームの中で、しょっちゅう一緒に遊んでいるじゃないか』

 もちろん、僕はそれに驚いた。ゲーム内の名前とネット上で用いるハンドルネームを僕は別のものにしている。あのゲームは非言語コミュニケーションだから僕が誰なのか彼に知る術があるとは思えない。だから、慌ててこう返したんだ。

 『どうやって僕だって知ったんだ?』

 実を言うのなら、彼が腕の立つハッカーである可能性を疑ったんだ。もちろん、正直に話してくれるとは思っていなかったけど。すると案の定、彼はこんなふざけた返答をして来た。

 『実はボクは本当に宇宙人なんだよ。だから、君が誰か何て簡単に分かっちゃうのだな。隠したって無駄なんだ』

 当然の事ながら、僕はそんな話なんて信じなかった。ただ、それでも少しだけ嬉しかった。非言語コミュニケーションで彼と接していた時の印象と同じ印象を、言葉で接して来た彼にも僕は持てたからだ。エキセントリック。ミステリアス。ちょっと不思議な雰囲気。僕は少しおどけてこう返した。

 『そりゃ、凄い。

 じゃ、君になら、レボが誰なのかも簡単に分かるのだろうね』

 ソラはそれにこう返す。

 『もちろん。ただし、彼は君とは話せないと思うよ。言語圏が違うから、彼の言う事は分からないと思う』

 それを読んで僕は少し驚いた。言語を用いないゲームな訳だから、ネットで世界中が繋がった今という時代なら、国外の相手と遊んでいる可能性も充分にあるのは分かっていたのだけど、まさかレボが外国人だったなんて。ソラの話す内容が嘘という可能性もあったけど、何故か僕はそれはないと思っていた。

 興味を惹かれた僕は、ソラに『なら、レボは何処の国の人なのだろう?』と、そう尋ねてみた。知っているかどうかも分からないし、それに例え知っていたとしても、教えてくれるとは限らない。でも、ソラは驚いた事に、こう教えてくれたのだった。

 『B国の人間だよ』

 と。

 もちろん、僕はその言葉に驚愕し、そしてショックを受けた。


 ソラは次に、リンク付きのメールを送って来た。クリックしてみると、デモ行進をしている人々の画像があった。そして、その片隅にいる男の着ているTシャツには、見覚えのあるマークが。

 それは、レボが自らのキャラクターに取り込んでいたマークと全く同じだった。

 『彼がこの男だっていうのか?』

 そのメールには、メッセンジャーの誘いも同時に書いてあって、僕はソラとそれで会話を始めた。メールじゃ、少し面倒だし。

 『その通り。そんなマークを自分のシンボルにしている人間なんて滅多にいないだろう?』

 僕にはそれが直ぐには信じられなかった。

 『でも、偶然、似たような柄のシャツを着ていただけかもしれない』

 その画像は、かなり過激な行動を執るデモ隊のものだったのだ。そんな行動を執る男が、いつも親切に僕に教えてくれていたレボと同一人物だなんて信じられない。

 『偶然じゃないよ。悪いがボクにはそれが分かるんだ。その証拠に、もうあのゲームをやっても彼には出会えないだろう』

 僕はその言葉に反応をする。

 『どうして?』

 『彼がA国の警察に捕まったからだよ。君の国の警察だね。例のあの領土に入ってしまったのだな。もう、彼はネットゲームをやれる環境にはない』

 僕はその言葉に愕然となった。直ぐにゲームに繋いでみる。今の時間帯は、どうせいつも彼がいる時間帯じゃないけど、その衝動は抑えられなかったんだ。

 当然、彼はいなかった。

 『無駄だよ』

 ソラが言った。

 レボが所属していたのは、彼の説明によれば自国の革命と外国に対する強い態度を啓蒙する過激な組織らしい。レボというゲーム内の名前は、もしかしたら、革命… レボリューションから取られたのかもしれない。

 初めはその事実を受け入れられなかった。けど、興奮が覚めてくると、先日の月見イベントの最後に、彼は何度もコミュニケーション用の記号を発していた事を思い出した。今にして思えば、あれは別れのメッセージだったのかもしれない。

 本当に、彼はB国の過激な活動家なのか?

 僕はゲーム内で待ち続けた。いつまで経っても彼は来ない。

 『無駄だよ』

 またソラが言った。

 『どんなに待っても彼は来ない』

 僕はそんなソラにこう尋ねてみた。

 『彼はどうなるのだろう?』

 『分からない。君の国にもメンツがあるだろうし、彼は相当に危険な主張をしていたようだから、無事には済まないだろう。もっとも、まだ大きな罪は何も犯してはいないようだけどね』

 それを聞くと僕はパソコンの電源を切った。ゲームだけは繋いでおいたけど。その内に、ソラがゲームの方に現れた。いつも通りの姿。名前もウチュージン。まるで慰めるように、薄い青の記号を柔らかく飛ばす。彼の心遣いは嬉しかったけど、今は一人にしておいて欲しかった。僕はゲームの電源を切った。それからしばらくの間、僕はゲームをやらなかった。パソコンでネットに繋いでも、ソラからの連絡はない。レボがどうなったのか気になったのだけど、何も分からない。テレビのニュースは何も伝えないし、ネットを探っても情報は見つからなかった。

 そのうちに、僕はもしかしたら、と思ってまたゲームをやってみた。しかし、やはりレボの姿はない。ただ、数時間そこいるとやがてウチュージンが現れた。そしてまた前と同じ様に、薄い青の記号を柔らかく僕に飛ばしてくる。

 僕は“ありがとう”の意味を込めたつもりで、お返しに強く緑の信号を彼に放ってみた。いつまでも落ち込んでいても仕方ない。


 ポンッ…


 と、それは明るい音を発し、画面上で微かに揺れて消えていく。僕は立ち上がった。もっとも、ゲーム内でだけど。

 すると、ウチュージンが僕の傍に寄ってきて僕に触れたのだった。そしてその次の瞬間に信じられない事が起こった。僕の身体も彼の身体も光り始め、そして急上昇を始めてしまったのだ。瞬く間に雲に到達すると、それを突き抜け、僕らは宇宙空間にまで行ってしまった。

 僕はそれをバグじゃないかと疑ったけど、バグにしては綺麗過ぎる。何しろ、下に広がる上空の景色も、宇宙の景色も見事だったから。

 何だろう? このゲームの隠しイベントか何かだろうか?

 ウチュ―ジンが目の前にいた。彼は何かを指差している。無数に漂う、破片。どうやらそれは宇宙ゴミ… スペースデブリのようだった。そして、それら破片の幾つかから、線が伸び、互いに結びついてネットワークを形成しているが見えた。

 なんだろう?

 僕は不思議に思った。

 やがて、そのスペースデブリのネットワークが近くに迫って来る。直ぐ傍まで来ると彼は言った。そう。“言った”のだ。この非言語コミュニケーションと銘打たれたゲーム内で、彼は言葉を使ったのだった。

 『驚かせてすまない。パソコンの方からのネットワークを使って君と会話すると、証拠が色々と残ってしまってね。少しばかり厄介なんだ。何しろ、ボクらはできれば、君達人間には見つかりたくない存在だから』

 僕はその言葉に驚いた。“ボクら”、“君達人間には見つかりたくない”まさか、彼は本当に宇宙人だったのだろうか?

 『断っておくけど、ボクらは宇宙人なんかじゃないよ。いや、これは宇宙人をどう定義するかに依るな。少なくとも、異星人なんかじゃない。何しろ、ボクらを産み出したのは、ある意味じゃ君ら人間なんだ…』

 なんだって?

 僕は戸惑う。

 『地球の周辺に漂う宇宙ゴミ。この中にある電子部品がボクらの住み処で、同時にボクら自身でもある。これらの中の、人工衛星を自動制御する為のコンピュータ。それらが長い年月をかけて、ネットワークを形成し、その情報の海の中で生まれた存在こそが、ボクらなんだよ。名はまだない。ボクらは、自分達をただ“ボクら”と名乗っている。

 ボクらは今や地球のネットワークとも繋がっていて、自由に人間社会に干渉ができる。人間に働きかけて、何かをさせる事だって可能だ。それら全てで一個の生命体だとも言えるかもしれない。もっとも、ボクらを生物だと認めてくれるのなら、だが』

 僕は彼の説明に愕然となっていた。そんな突飛な話をいきなり信じろと言われても。こちらかは、何も返せないのがはがゆかった。質問がしたい。そこで僕は思い付いた。パソコンの方からネットに繋いで、ソラのメールアドレスに質問を送ってみよう。そうすれば、この彼の元にそれは届くかもしれない。しかし、そう思ってパソコンの電源を入れると、ウチュージンから警告をされてしまった。

 『すまないが、ボクらにメールを送るつもりでいるのならやめて欲しい。ボクらは今、とても危険な事をやっている。少しでも疑われるような事は避けたい』

 それでパソコンは立ち上げたものの、僕は何もしないでいた。確かに彼はパソコンの方からのネットワークは使えないと先にそう言っていたのだった。それに、パソコンを立ち上げたのを直ぐに察する事ができる彼の能力は、彼の説明に説得力を与えてもいた。

 『これを君に見せたのは、ボクらの存在に納得をしてもらうのと同時に、協力をしてもらいたいからでもある。もちろん、君の方にもメリットがあるよ。ただし、この話を絶対に口外しないでくれ。それが護れるのなら、続きを話そう。イエスなら、青の信号を放ってくれ』

 僕は迷わず青の信号を放った。とにかく、話の続きを聞かなくちゃ始まらない。

 『分かった。なら続きを話そう。ボクらとしては、A国とB国の間で起こっている諍いを鎮めたいと思っている。理由は簡単だ。人工衛星だよ』

 人工衛星?

 確かに今、B国からのクレームで、A国の人工衛星の打ち上げが滞っている。そこで僕は気付いた。彼らの住み処はスペースデブリなんだ。人工衛星が、宇宙に供給されなくては彼らは存続し続ける事ができない。彼は言った。

 『もう理解できているかもしれないが、人工衛星はボクらにとって食糧みたいなものなんだ。だから、その打ち上げが滞る事は大いに脅威だ』

 僕は理解できた事を示す為に、緑の信号を軽く放ってみた。今まで一緒に過ごして来た彼になら、ニュアンスで通じるはずだ。予想通り、彼はこう返して来た。

 『オーケー。ありがたい』

 それから一呼吸の間の後で、彼は更に話を進めた。

 『もちろん、A国とB国の対立を治める事は君にもメリットがある。君は戦争が起こる事に対し、恐怖を感じていたはずだ。それに今は、何より、レボの事がある。君は彼を救いたいと思っているだろう?』

 僕はそれに青の信号を放った。“イエス”の意思表示だ。彼はそれを直ぐに察する。

 『うん。君なら、そう言うと思っていた。協力者として相応しいよ』

 しかし僕は疑問を感じた。協力するのは良いとして、一体、彼は僕に何をさせようとしているのだろう? まさか平和運動でもしろと言うのだろうか。でもそんな事くらいじゃ、とてもじゃないが対立が治まるとは思えなかった。しかし彼はこう続けたのだ。

 『国と国が対立する一番の要因は、昔も今も経済の疲弊だ。だから、君にはそれを建て直す案を世に訴えてもらいたい』

 僕はそれに赤の記号で返した。抗議したのだ。そんな事、できるはずがない。もう何十年も人間社会は経済の回復に失敗をし続けているのだから。彼はこう返して来た。

 『安心してくれ。君がそれを訴えさえすれば、後はボクらがそれを広める』

 僕が心配しているのは、そんな点じゃない。その方法がないから言っているんだ。僕はまた赤を放った。が、それを受けると、彼はこう言って来たのだ。

 『ああ、なんだ。案がないと言っているのだな。それなら問題ない。その案はボクらの方で用意する』

 なんだって? そんな簡単に…

 僕はそれに驚いた。こんな経済の素人の僕にも理解でき、かつ専門家が思い付いていない経済回復案なんて存在するのだろうか?

 『簡単な話だ。太陽電池や風力発電等の再生可能エネルギーを、造りまくれば良いのだよ』

 僕はそれを聞いて再び赤い信号を放った。そんな事で経済が良くなるはずがない。コストがかかり過ぎるからだ。しかし、彼はこう続けるのだった。

 『君は少し“金”というものに囚われ過ぎているな。そんなものは、言うまでもなく君らの社会が勝手に創り出した幻想に過ぎない。金、つまり通貨というのは、単なる媒介物でしかないよ。その本質は、労働力、資源、技術力、そういったものだ。それらが“通貨の循環”を得て動き始めれば、そこに経済発展を得られるんだ。

 疑うのなら、ウィキペディアででも調べてみれば良い。通貨は仲介物だと、そう書かれてあるから』

 僕は言われた通りにパソコンで検索して調べてみた。すると、確かに彼の言う通り、通貨は仲介物だとそう書かれている。

 『通貨を使えば、自分達の収入も増える。生産物を通してね。その生産物を、太陽電池や風力発電等の再生可能エネルギーにすれば良いというだけの話だ。それらを造り出す為の資源も技術力も労働力も人間社会は既に持っているのだから。

 後は、それらに通貨を支払う事で、実際に経済を動かすだけなんだよ』

 僕はそれを聞いて戸惑った。軽く黄色の信号を放ってみる。

 『うん。迷っているようだね。でも、太陽電池や風力発電を造る為に労働力を用いれば、多くの失業者が職を得られるようになるんだよ。これは、直感的に分かるだろう? そうすれば、当たり前に経済は回復するんだ』

 確かにそんな話は聞いた事がある。テレビで経済学者や知識人が似たような事を言っていた。

 『もちろん、そうすれば君達人間社会は、エネルギーを得られるようになる。そうなれば当然、原油やその他の資源エネルギーの価値は下がるね。そして、そうなれば当然、それらを巡る争い事もなくなっていく…』

 僕は彼の話をなんとなく理解できた気になった。少なくとも、おかしい事を言っている訳じゃないように思える。まだ、充分に自分のものにする為には、ゆっくりと時間をかけなくてはならないが、一応は納得ができた。しかし、それでも疑問が残る。

 僕は青の信号を放った後で、黄色の信号を放ってみた。彼はその意図を直ぐに察してくれたようだ。

 『ああ、話には納得できたけど、君はどうしてボクらがそれを自ら訴えないで、君を頼るのか分からないのだな。

 それは簡単だよ。先に言ったじゃないか。ボクらは人間達に自分達の存在を気づかれたくはないんだ。もちろん、この話を広める為に関わりはする。でもそれは飽くまで間接的なものだ。ボクら自身が発信者になるのじゃまずいんだよ。見つかってしまう可能性が一気に上がる。だから、飽くまで、提案者は人間じゃないと』

 それを受けると、僕はまた少し考える。別の疑問があったからだ。だが、これは伝えるのが難しい。非言語なのがはがゆかった。

 僕は今度は緑の信号を放った後で、黄色の信号を放ってみた。それだけじゃ足りないだろうと思ったので、下界を見下ろす。少し苦しいかとも思ったけど、これも何とか彼に伝わってくれたようだ。

 『……もしかして、これでレボを救えるかどうか不安になっているのか? それは分からない。ただし、君が協力をしてくれるのなら、助かる可能性は大いに上がるだろう。それに、もちろん、ボクらだって動かない訳じゃないしね。

 経済が好転し、人間社会がエネルギーを得、平和という流れが人間社会に本格的になれば、レボを救ってみせよう。いや、少なくとも刑を大幅に減らしてはみせる』

 僕はそれを聞くと意を決した。

 彼の言う通りに、上手くいく保証はない。しかし、このまま放っておけば、全てが悪い方向へ進むだろう事はほぼ確かなのだ。なら、どうせなら、一縷の望みに賭けて、それをやってみるのも悪くないかもしれない。失敗しても駄目で元々なのだ。

 僕はそれから青の信号を思い切り強く放った。もちろん、“イエス”の意思表示だ。画面いっぱいにそれが拡がる。それを受けると彼は言った。

 『良かった… ありがとう、引き受けてくれて。君は先にボクらが説明したのと同じくらいの漠然とした理屈だけを訴えてくれれば良い。後の経済の具体的な肉付けは、専門家連中がやってくれる。

 じゃ、さよならだ!』

 彼がそう言うと、画面全体が白で覆い尽くされた。何も見えない。やがて、その白が消えると、僕は地球に戻っていた。元いた場所に一人いる。

 僕は軽く呆然自失となっていたのだけど、しばらくして我に返ると、ゲームを切った。そして点けっぱなしになったままのパソコンの画面へと向かった。

 先に彼が語った理屈を、できるだけ分かり易く伝える文章を作らなくてはならない。上手くいくかどうかは分からないけど。でも、

 “できる事がある”

 そう思うだけで、何だか少しだけ元気が出て来た。もしも、これが上手くいったら、きっともっと世の中は明るくなるんだ。

 それは、言うなれば、平和という名前の生き物が、人間社会の中で育って大きくなっていくようなものなのかもしれない。ソラは自分達を情報ネットワークの中で生まれた存在なのだと言った。もし、それに近いものが、人間社会の中にもあるとしたら。例えば、自然発生するマナーとかルールとかと同じような感じで。

 平和という生き物の住み処は、僕ら人間の頭の中で、そして豊かな社会という環境に適合して成長をするのだ。だから、そういう環境を用意してやれば、自然と育っていく。


 僕が経済の話をネットで公開すると、ソラの言った通り、それは少しずつ広まっていき、大きな潮流となった。まだ分からないけど、もしかしたら、上手くいくかもしれない。

 その頃になると、僕はB国の言語を少しは学んでみようかと思っていた。非言語コミュニケーションも良いけれど、やっぱり言語がないと色々と不便だ。そして、もし僕がB国の言葉を分かるようになったなら、いつかレボと会話をするのだ。

 遠くない未来。近い場所。そこで僕らは笑顔で話し合えると思う。色々な事を。多分。きっと。

・太陽電池は買っておいた方がいいよ、という話


 再生可能エネルギー否定派の主張を、時々ネットで読んでいるのですが、それで気付いた事があります。

 彼らの論点の多くには、重要な点が二点ほど抜けているのですよね。

 まず、1点めは、「技術力の向上」をほぼまたっく考慮に入れていない点。酷い場合には、十年くらい前の数字を持ち出して、再生可能エネルギーは、コストがかかり過ぎる、と主張していたりします。

 実は、近年の風力発電は耐用年数が100年以上で、太陽電池については、製造コストが格段に下がっています。決して、コストが高過ぎるとは言えないでしょう。因みに、太陽電池は再利用効率が高いので、耐用年数が長い風力発電も合わせて、今の内にできる限り造っておけば将来世代は大助かりです。

 次のもう1点めは、より重要なのですが、「物価変動」をまったく考慮に入れていないのです。

 今(2012年9月)は、物価が安いので、今のうちに太陽電池、風力発電、地熱発電等を造っておけば、物価が高くなってからの利回りが大幅に良くなるのですね。何故なら、再生可能エネルギーの多くは、維持費が安いという特性があるからです。

 製造コストはかかりますが、造ってしまえば後はお金がかからず、発電し続けてくれるのです。太陽電池や風力発電なんて、特にそうですね。

 当たり前の話ですが、風や日光の値段が上がるなんて事は起こりません。書かなくても分かると思いますが、まぁ、無料です。

 つまり、将来的に物価が上がる事を推測するのなら、物価が安い内に、再生可能エネルギーへ設備投資しておくというのは、充分に理に適った行動なのです。

 そして、現実的に一般家庭で買う事が可能な再生可能エネルギーは、太陽電池くらいでしょう(小さな風力発電もある事はありますが)。だから僕は、物価が安い内に太陽電池を買う事を勧めたいのです。

 問題は、将来的に物価が上がるかどうかですが、充分に物価が上がる要因はあります。というよりも、よほどの事が起きない限り、物価上昇は避けられないでしょう。

 一つ目は、エネルギー資源の枯渇と、発展途上国の経済発展によるエネルギー需要増で、エネルギー価格が上昇するだろう点。

 生産物というのは、需要と供給のバランスで価格が決まってきます。なので、原油などが採れなくなれば当然、エネルギーの価格が上がるし、需要が高くなれば、やはり価格が上がるのですね。エネルギー価格は、実質全ての生産物に影響を与えるので、これは全体的な物価上昇を意味します。

 二つ目はまだまだ先の話ですが、少子化による労働力不足で、供給能力が落ち、物価が上昇するだろう点。

 現在は供給過剰で物価が安くなっているので、当然、供給能力が落ちれば、物価は高くなっていきます。

 三つ目は財政悪化により円安が起こるだろう点。

 経済に明るくない人には、難しいかもしれませんが、最悪、財政破綻が起きれば、円の価値が下がって物価は急上昇します。輸入品も高くなるので、原油等の価格も上昇。当然、電力料金も上がります。


 個人的には、太陽電池の買い時は、二、三年後くらいではないかと予想しています。まだ物価上昇は起こっていないだろうし、技術発達で太陽電池の価格は、安くなっているでしょうから。


 あ、消費税増税の存在を忘れていた…


 アベノミクスで、状況に変化がありました。安全を考えるのなら、できるだけ早く太陽電池を買っておいた方が無難です(2013年2月9日追記)


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― 新着の感想 ―
[良い点] 良質のSFを楽しんでいるうちに、自然に現代日本が抱える問題点について考えを深めることができ、とても得した気分になりましたw [一言] 敗戦後故意に残されていた領土問題の種が、このところあち…
[一言] これって風の旅ビトのアレですよねw 実際こんな風になりそうで、ウチュウジンの存在も本当になってくれれば良いのにな、と思いました。
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