四匹眼▼「月曜日はこの世の終わり sideB」
四匹眼▼「月曜日はこの世の終わり sideB」
― 人が飛ぶ理由って、一体なんだろう? 飛ぶのに必要なものって、一体なんだろう?
飛びたい。
空を。あの青く果てしない大空を。雲一つ無い、どこまでも続く青空を。
「人間には、どうして翼が無いの?」
幼い頃、母にそんな疑問をぶつけた事があった。極々単純で、心の底から純真で、どうしようもなくシンプルな疑問。
「緑、私たちに翼は必要ないのよ? ほら、空を飛ぶなら飛行機もヘリコプターだってあるでしょ。ロケットで宇宙にも行けちゃうじゃない。ね?」
当時の私は、勿論そんな答えに納得しなかったし、現に今でも、その答えを受け入れられない私がいる。
だから、私は魔訪遣いになった。
だから、私は今、こんなところにいる。
「空が… 青い。とっても青い」
ここは、とある高層ビルの屋上。今日と言う記念すべきこの日に、何故私はこんな場所を選んだのか?
答えはシンプル。
私が住むこの町で、ここが一番高い建物だったから。
ただそれだけ。
昔から驚くほど単純で、どこまでも真っすぐで、至ってシンプルな私の思考。
それでも、私のようなただの女子高生が、部外者が、こんなビルの屋上まで易々と侵入出来てしまったという事実は、ちょっとだけ私に勇気をくれた。最後の後押しをしてくれた。
馬鹿は高いところが好き、なんて何の根拠も無い戯言だと思っていたけれど。それって結構、真理かも。
だって、私、今からそんな馬鹿なことをやろうとしてるんだから。
「飛ぶって、気持ち良いのかなぁ」
自殺行為?
そんなの知らない。
私はただ確かめたいだけ。私はただ、納得したいだけ。自分の欲求に、疑問に、ひたすら従順なだけ。
無機質で無愛想なフェンスを乗り越えると、もう私と空を遮る邪魔者は何もない。
私と空との境界線が曖昧になる。
ビル風。
なんて言葉を使ってしまうと、本当に味気ないけれど… こんな私を歓迎してくれているかのように、或いは叱咤するように、風は先ほどから強く吹いている。
鳥だ。
飛行機だ。
スーパーマンだ。いいえ、どれも不正解。
… さぁ、もう時間ね。
ビルと空との境界線に立ち、私は、両手を広げる。
I can fly なんて、恥ずかしくてとても言えないけれど、かと言って、何も言わないのも寂しい気がして。
私は、一言…
「飛びます」
それだけを言い残して、私は飛んだ。私にしか見えない、私だけの翼を携えて。
◆
結論から言えば。私は、何も感じなかった。
青空を背に飛ぶ解放感も、ミジンコみたいな人間達を見下す事も、重力から解放された喜びも。
私は、何も感じなかった。何一つ感じ取る事が出来なかった。
そこにあったのは… ただただ、飛んでいるという事実だけ。
現実感が無い。リアリティが無い。あるのは、ひたすらに広がり続ける虚無感だけ。底なしの虚しさだけ。
「そっか。やっぱり、そうなのね?」
私は、気付いてしまった。
いいえ、本当は、最初から知っていたはずなのに。ずっとずっと前から。
「人が、空を飛ぶのに必要なものは…… 翼なんかじゃ無かったのね」
鳥は、翼があるから飛ぶんじゃない。それじゃあ、人間は?
そう。私の求める答えは、いつだってまっすぐでシンプルだった。
▼「おめでとう。そして、おめでとう。ミドリちゃん。これで君は… 解放だ」
どこからともなく聞こえてきたそんな言葉に導かれて。
私の体は、まっすぐに、シンプルに、上空から落下して、ランチタイムの時間帯、人々の行き交うスクランブル交差点の、そんなど真ん中に叩きつけられた。
人間としての原形を失い、その内部を恥ずかしげも無くぶちまけ、四肢を悉く色鮮やかな肉片に変え、周囲に紅き血潮の華を撒き散らす。そんなありのままの私を、有象無象の衆目に晒す。
かろうじて形を保っていたその口元に、一抹の憂いを含んだ、そんな微笑みだけを浮かべながら。
そうやって、私は… 死んだ。
一人目《終》