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その9

 ――徳川先輩にね、どうしても確かめたいことがあるから協力して欲しいって頼まれたんですよ。まあ、あまりにも馬鹿馬鹿しいことなんですけど。徳川先輩にとっては、人生の未来設計に関わる重大事項だとかだそうで。しかたなーく、手伝ってあげたんです。でも失敗しちゃったみたいなんで、山田先輩が話を聞いて慰めてあげてくださいよ。大体、こうなった原因は山田先輩にあるようなもんですし。




 そんな話を聞かされてしまったその日の放課後、私は帰宅するなり秀ちゃんの家に直行した。

 おばさんに快く家の中に上げてもらい、数日前振りに秀ちゃんの部屋の前に立っていた。最後にこの部屋に上がったのは、遅刻した秀ちゃんを迎えに行ったきりだ。

 扉を前にした私の心境はというと、顔を会わせる勇気がない――なんてヘタレたことを考えていた少し前までのものとは打って変わって、何がなんでも会ってやる、だった。

 秀ちゃんと美少女後輩がグルだったという、何から何まで自作自演だったという真実が発覚した今、単に私だけが振り回されたという事実だけが残っている。秀ちゃんの奇行に振り回されるのはいつものことだったが、秀ちゃん自身は自覚なしとはいえ乙女の純情を弄んでくれたのだから、文句のひとつやふたつ言わなければ、私の不満は収束しそうにない。

 それに何を落ち込んでいるのかも問い質さなければならない。美少女後輩曰く、原因は私にあるらしいのだ。

 よし行くか。

 意気込んで、入るよ、と一声かけてからドアノブに手をかけた。




 踏み込んだ部屋の中は、凄まじい熱気に包まれていた。

 電気のついていない薄暗闇の部屋。閉め切ったカーテン。ベットに出来た人ひとり分の盛り上がり。ここまではデジャヴュを覚えるが、あの時と違ってエアコンがついていない。

 日は落ち始めたとはいえ、こんな夏に、閉め切って熱気のこもった部屋で、ずっと引きこもっていたんだろうか。

 こんな環境では、熱中症になってもおかしくない。

 部屋に入る前にあったちょっとした憤りや不満は、どうしようもない幼馴染への呆れによって引っ込んでしまう。

 吐きだしそうになった溜め息を飲み込んで、幼い頃から何度も呼び続けてきた名前を口にする。あまりにも口に馴染んでしまったその名前を。

「……秀ちゃん」

 ぴくり、と盛り上がっている布団がうごめいた。

「あの美少女後輩さんから聞いたよ。全部秀ちゃんが仕組んだことだったって」

 返事はない。

「秀ちゃんはさ、結局、何がしたかったの?」

 反応もない。

 それでも私は、言葉を紡いだ。

「主人公になって、何がしたかったの?」

 秀ちゃんはいつだって唐突に、思いついたことを思いも寄らぬ方法で実行する。

 だけどそれは秀ちゃんなりに明確な理由があって行われるもので、今回も決して『なんとなく』などと曖昧な意思でやったわけではないだろう。

 茶番にわざわざ私を付き合わせたのだって、傍から見れば下らない理由でも、秀ちゃんにしてみれば大真面目な理由があったはずだ。

 秀ちゃんの答えが返ってくることを待って、私はそれきりじっと黙り込んだ。

 沈黙の中、部屋にこもった熱気にあてられて、じとりと額に汗が滲み、口の中に渇きを覚える。

 時間だけが無為に過ぎて、このまま何も語らない気なのかと思い始めた頃、布団の塊からくぐもった声が聞こえ始めた。

「……いいか、山田」

 蚊の鳴くような、か細い声だった。それでも久しぶりに聞けた秀ちゃんが私を呼ぶ声に、胸を撫で下ろす。

「うん」

 安堵感、充足感――この気持ちをどう言い表わせばいいのか分からないまま頷けば、

「俺はな、最近のラブコメ漫画やギャルゲー、エロゲーで、さらには恋愛要素がおまけ程度にあるアニメで、幼馴染キャラの不遇さがやたらと目につくのが嫌だ」

 秀ちゃんは堰を切ったように喋り出した。

 ――それってネタの飽和でそういう傾向なのも増えたように見えるだけじゃ?

 さり気なく数日前にその意見に同意していた自分を棚に上げて、というか昔からよくあるだろうと思いなおす。初代ガンなんたらかんたらでも、幼馴染キャラ、別のキャラと結婚してただろうに。

「何で長年一緒にいた幼馴染キャラよりぽっと出の新キャラを選べるんだ?」

「……まあ、恋をするのに時間は関係ないって言うし」

「俺だったら断然、気安くて長年一途に思ってくれてた幼馴染ルートを選ぶ」

「そうは言っても、好みは人それぞれだと思うけど……」

 それに、長年傍に居すぎると、気安さゆえに逆に恋愛に目覚めにくい可能性もある。

 そもそも、その実例が目の前にいるのだが。

 ついじと目で布団の塊を見つめれば、布団の塊こと秀ちゃんの身体が、ぷるぷると震えだした。地を這うような低い声と共に。

「……なのに」

「……なのに?」

 首を傾げつつ、私は震えている秀ちゃんへと歩み寄る。

「……この、」

「……この?」

 秀ちゃんが包まっている布団に手をかけようと瞬間、

「この、裏切りものおぉぉぉ!」

「きゃあ!?」

 突然空中に舞い上がった布団が視界を覆い、その衝撃によって生まれた熱風に襲われた。咄嗟に、らしくもないか弱い乙女のような悲鳴が零れた。

 その驚きといえば、露出狂の変質者にバサァ! と下半身を見せられた時と同じくらい(ただし実際に遭遇したことはない)である。はらりと視界の隅で布団が床に落ちるのを見届けながら、私は幼馴染の凄まじい剣幕に一歩後ずさった。

「なーにが、恋に時間は関係ない、好みは人それぞれだ? だからか、だからなのか? そういう考えだから山田は新キャラの方に平然と走れるのか。少女漫画や乙女ゲーでも結局幼馴染キャラはあて馬か」

 余程布団の中が暑かったのだろう、汗で顔中に張り付いた髪を振り乱しながら、ベッドの上に仁王立ちになった秀ちゃんが、唾でも飛ばしそうな勢いで訳の分からないことを捲し立てた。

「秀ちゃん、落ち着いて……」

 むしろ自分の胸の鼓動を落ち着かせつつ、私は口先だけでも秀ちゃんを宥めにかかる。こうなった秀ちゃんに対しては無駄な努力とは分かりきっているけど。

「これが落ち着けるか俺が山田ルートまっしぐらなのに何お前は勝手に告白された挙句徳川ルートから安井ルート行ってるんだよ軌道修正もさらりとかわしやがって脈有りかと思いきや確認作業で嫉妬するどころか告白の後押しするわ見切りをつけたかのように安井ルートに走り出すわこの鬼悪魔人非人リセットボタンはまだかよちょっとセーブデータ消してくる」

 息継ぎの無さが人類を超えているような気がしたが、そんなことよりも怒涛のネタバレの方に私は驚く。

「山田ルートまっしぐら? 安井ルート?」

「あ」

「……秀ちゃんて、私のことが好きだったの?」

「いうえお」

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