その6
うだるような暑さの中、相変わらず外で元気に鳴いている蝉の声と、教科書の内容を読み上げる教師の声をBGMに、私はぼうっと窓の外を眺めていた。
空は晴れ模様だというのに、私の心は全く晴れる様子がない。憂鬱だ。
私の頭の中で、昨日の出来事が浮かんでは消えてを繰り返している。
昨日の屋上での驚愕の自作自演劇の後、何事も無かったかのように秀ちゃんと教室に戻り、午後の授業を受けたものの、今と同じように全く身が入らなかった。
気を抜くと溜め息ばかり吐きそうになる。
「今日は朝からずっと上の空ねぇ。どうかしたの?」
休憩時間になると、そんな私の様子を見兼ねたのか、友人のひとりが顔を覗き込むようにして声をかけてきた。
「ちょっと眠くて」
「何、悩み事でもあるの?」
「まあ、そんなところ」
特に否定もせず答えると、友人は好奇心で目を輝かせた。
「もしかして安井君の件?」
「……安井君?」
誰だっけ、と呟く。友人は途端に半眼になって、呆れ顔を作った。
「この間あんたに告白してきた隣のクラスのイケメンのことよ」
「ああ、あの人のことね」
そういえばそんなこともあった。すっかり忘れていたが。
「告白してきた相手の名前を忘れるなんて、あんたって人は……あの徳川君の幼馴染なだけあるわね」
「……どういう意味、それ」
「類友」
「…………」
そこまできっぱりと言われては、私も押し黙るしかなかった。
そもそも、私の悩みの元凶は、安井君ではなくその幼馴染の徳川君の方なのだけれど、それをわざわざこの友人に言う気にはなれなかった。また呆れ顔をされること間違いなしだからだ。
それにこればっかりは、私が自分自身の胸の内で決着をつけるしかないことで、他人に打ち明けてどうにでもなるようなものでもないと思っている。
ちらりと机に突っ伏して居眠りをこいている悩みの種を見やり、私はひっそりと溜め息を吐いた。
私にとって、秀ちゃんは幼馴染だ。
それ以上でもそれ以下でもない。
しかし。しかし、だ。
だとしたら、このもやもやと曇りがかった心模様は一体どういうことだろう――そう己に問いかけるものの、実は答えはとっくの昔に出ていたりする。私はよくいる鈍感主人公のように、そこまで自分の感情に鈍くはない。
むしろ鈍感なのは、秀ちゃんの方だろう。私の気持ちに全く気付く素振りがない。あんな変人の行動にいちいち付き合っていられるのは、私が秀ちゃんに幼馴染以上の感情を抱いているからに他ならないのに。私は好きでもない他人のために、面倒を背負いこもうとは思わない性質なのだ。
しかしよく考えてみれば、秀ちゃんが私の気持ちに気付かないのも無理はないのかもしれない。今まで幼馴染以上の好意があることを表に出したことは一度も無かった。何しろお互いの感情が恋愛に発展しようがしまいが、結局のところ秀ちゃんとの関係性や立ち位置がほとんど変わるとは思えなかったし、だったら無理をして関係を変える必要もないと思っていたのだ。
だがその目論見が甘かったことが今回のことで良く分かり、少なからず私の心を打ちのめした。
エロゲー(18歳未満のくせにいいの、と聞いたら男の義務教育だとほざいていた)だのギャルゲーだのをやり込んでいるスケベな秀ちゃんだが、今まで浮いた話などひとつもなかった。そんな秀ちゃんが、あんなことを仕出かすほどの執着を見せた彼女に、正直勝てる気がしない。
自称ラブコメ主人公になった秀ちゃん風に例えるならば、現在の私は、身近な立場に甘えていた幼馴染キャラが、ぽっと出のメインヒロインに主人公を横から掠め取られたという状態なわけだ。
そういえば秀ちゃんが、最近の幼馴染キャラは不遇なのが多い気がする、とぼやいていたのを思い出す。
私の場合、勝ち取る努力をしなかったという点においては自業自得だけど、確かにそうかもしれない、とつい思ってしまうのだった。