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その3

「いいか、山田。ラブコメの主人公には必ず備わっている能力がある」

 何だかんだと一緒に登校することになった秀ちゃんが、歩きながらまた変なことを言いだした。

 折角早起きしたのに、秀ちゃんがわざと寝坊してくれたせいで、いつもより少しだけ早いくらいの登校になってしまった。削られた私の睡眠時間を返せと抗議したいところだが、どうせ言ってもどこ吹く風だろう。

 そんなことよりも、秀ちゃんは言いたいことを言いきらないと満足しない性質なので、内心面倒に思いつつも私は先を促すことにする。

「どんな能力なの?」

「昨日も言ったが、ラブコメ主人公は異性にモテる。例外はあるかもしれないが、どんなに冴えない男であっても、ラブコメ主人公になれば最低2人には好かれる」

「確かに三角関係はつきものだね、恋愛漫画って」

「ああ。そしてそのモテる段階へと移行するための"フラグ"を作るという、ラブコメ主人公にとっては必須ともいえる恐るべき能力が、今の俺には備わっているんだ」

「……それって、今からそのフラグを作るっていう前振り?」

「その通り」

 ちらりと左腕の腕時計に目を落とし、まあ見てろ、と秀ちゃんは自信に満ちた会心の笑みを浮かべた。





「山田よ、ラブコメ主人公というのは、曲がり角が見えた時……そこからロマンスが生まれるんだ」

 ちょっとここで待ってろよ、と私を立ち止まらせ、わけのわからない迷言を言い残し、引き締まった漢の顔をした秀ちゃんが、数メートル先にある曲がり角に向かってずんずんと歩いて行く。私はその後ろ姿を何とも言えない顔をして見送った。

 そして曲がり角に差し掛かった時――信じられないことに、秀ちゃんの目論見通り少女が飛び出してきた。

 前を見て歩いていた秀ちゃんと、走って飛び出してきた少女がぶつかる。計ったように完璧なタイミングだ。

 少女の身体は秀ちゃんという壁によって弾かれ、その場で尻もちをついてしまった。きゃあ、と可愛らしい悲鳴が数メートル離れている私のところまで聞こえてくる。

 転倒を免れた秀ちゃんは、私たちと同じ制服に身を包んだ少女に向かってペコペコと頭を下げて、手を差し伸べている。少女がおずおずとその手を取って、立ち上がった。

 それから一言二言会話を交わしているようだが、悲鳴とは違い、普通の話し声では私の場所までは聞こえない。当たり障りのない会話だとは思うが、内容が気になった私は秀ちゃんと少女の元へと歩み寄った。

 距離が縮まるごとに、ぼそぼそと話し声が聞こえてくる。やがて少女の愛らしい顔立ちもはっきりと見えるようになると、なるほど、ラブコメに出てきそうな可愛らしい子だと納得してしまった。

 そして私が秀ちゃんの傍らに寄り添った時には、秀ちゃんは少女に向かって笑顔で、

「――白いレースのついたパンツ、とても似合ってますよ」

 間を置かずして、バチン、と気持ち良いほど濁りのない弾んだ音が、爽やかな夏の朝空へと響き渡った。




 羞恥と怒りで顔を真っ赤にした少女が猛スピードで走り去っていく後ろ姿に、私は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「フラグをへし折ったようにしか見えないんだけど」

「甘いな山田。インパクトのある出会いこそが次への布石になるんだ」

 全く悪びれない顔をして、思い切り叩かれて赤くなった右頬をさする秀ちゃんに、私はいい加減この幼馴染との腐れ縁に終止符を打った方がいい様な気がしてきた。

 まあ、結局は切るに切れない縁だということは、自分でもよく分かっているけれど。

 つい溜め息を吐き出した私の横顔を、秀ちゃんがじっと見つめていたことに、この時の私は気付かなかった。

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