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その2

 次の日の早朝、私は約束通り秀ちゃんの家の前に立っていた。

 私と秀ちゃんの家は、道路を挟んで向かい側にある。

 隣合わせではないので、窓から窓を伝ってお互いの部屋を行き来する、なんて漫画の幼馴染にありがちなことは出来ないが、気軽に待ち合わせをすることが出来る距離だ。と言っても、普段はもう少し遅い時間に適当に家を出て、ばったり遭遇したら一緒に登校するといった具合で、いちいち示し合わせたりはしないので、少しだけ新鮮味がある。

 そして指定された待ち合わせ時間の10分前には、私は秀ちゃんの家の前に立っていたが、いくら待ち続けても秀ちゃんは一向に家の中から出てこなかった。

 さすがに待ち合わせの時間を20分過ぎた頃には、私は秀ちゃんの家のインターホンを鳴らしていた。

「あら、せりかちゃん。早いのね」

 扉を開けて出迎えてくれたのは、秀ちゃんの母親だった。おっとりとした優しい雰囲気の良識的な女性で、どうしてこの人からあの息子が生まれたのかは甚だ疑問である。

「おはようございます。……あの、秀一君は起きてますか?」

 おばさんは困ったように頬に手を当てて、首を傾げた。

「もしかして約束をしていたのかしら? ごめんなさいね、あの子ったらまだ部屋で寝てるみたいで……叩き起こしてもらえないかしら」

 寝ている息子の部屋にそう簡単に年頃の娘を上げてもいいのかと思わないでもないが、そこは幼馴染という長い付き合いからくる気安さが免罪符となる。

「はあ、分かりました」

 頷いて、私は秀ちゃんの家に上がり込んだ。




 秀ちゃんの部屋に入ること自体は、よく遊びに来ていることもあってそう珍しいことではない。

 しかし、朝に秀ちゃんを起こしに行く、というシチュエーションは今までになかったので、何となく緊張する。やはり青少年の寝起きはうら若き乙女にとってあまりよくない気がする。健全な男子には色々あるだろうし。頷いてしまった手前、引き返すことも出来ないけど。

 私は若干重い足取りで、勝手知ったる他人の家とばかりに階段を上ると、2階のつきあたりにある秀ちゃんの部屋の扉をノックした。

「秀ちゃん、寝てるの……?」

 軽く2度ほど扉を叩き、窺うように尋ねるが、部屋の中から反応は返ってこない。それでも期待を込めて数十秒間扉の前で佇んで後、私は肩を落として溜め息を吐いた。

「入るよ?」

 反応がないことを知りつつも、一応断りを入れてから、私は恐る恐るドアノブに手をかけた。

「暗……」

 朝とはいえ、カーテンが閉め切られた秀ちゃんの部屋は薄暗かった。エアコンが効いていて少し肌寒い。半袖の私は腕をさすりつつ、男部屋にしては綺麗に片付いている部屋の壁際にある電気のスイッチをオンにして、人ひとり分に盛り上がったベットへと向かう。

「秀ちゃん、朝だよ」

 ちょこんと黒い頭が飛び出た布団の塊に声を落とすものの、秀ちゃんが起きる気配はなかった。元々秀ちゃんの寝起きはあまり良い方ではないので仕方ないのかもしれない。

 とりあえず、私は布団を引き剥がすというある種オーソドックスな行動に出た。

「起きなさ……ん?」

 ばっさりと綺麗に引っぺがすつもりが、何かが引っかかって上手くいかなかった。あれ、と首を傾げつつもう一度強く引っ張ってみれば、秀ちゃんが布団を奪われまいとしがみ付いていた。実は起きているんじゃないだろうかと疑わしい。

「……本当に寝てるの?」

 もしこれで寝ているのだとしたら、どれだけ寝汚いのだろうか。

「もういいや、1人で登校しよ」

 面倒臭くなって、私は役割を放棄することを選んだ。ぺいっと布団を手放す。

「おいおい、そこはラブコメ主人公の幼馴染キャラとしての役目をしっかり果たせよ」

 踵を返そうとした私を慌てて引き止めたのは、寝ていたはずの秀ちゃんだった。

「……起きてたんじゃない」

「たった今目が覚めた」

 ぼりぼりと寝癖の出来た頭を掻いて、ベットの上にあぐらを組んだ秀ちゃんを、私は半目で睨みつける。

「そっちから人を誘っといて、寝坊するなんてどういうつもりなの」

「山田よ、すでに俺の物語は始まってるんだ。ラブコメの主人公として、幼馴染に朝起こされるというイベントを無視するわけにはいかない」

 妹、または幼馴染に起こされるのは重要なファクターなんだ、お前にも分かるだろ? と、そんな同意が貰えて当然という顔をされても、私にはさっぱり分からないが、秀ちゃんがわざと待ち合わせ時間に起きて来なかったことは理解した。

 まさか実際にお見せしようって、こういうことなんだろうか。

「……あ、そう」

 朝っぱらから変な茶番に付き合わされた私は、付き合ってられないとばかりに、疲れたように相槌を打つしか出来なかった。もう本当どうでもいいから先に学校に行こう。そうしよう。

 今度こそ部屋を出て行こうとする私の手を、秀ちゃんががしりと掴んだ。

「まあまあ、待てって」

「今度は何?」

「あー、えーと……そうそう、どうせならエロゲーみたいに元気な俺の息子の世話を――」

「いっぺん死んでみる?」

「すみませんでした」

 クラスメイトの女子たちによる秀ちゃんの評価が"色々と残念な人"である理由が、よく分かる朝の一幕だった。

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