その1
この物語は、前作のBeach Soundの恋、で描いた佐伯と永久のその後、を描いたものです。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです・・・<m(__)m>
「なんでだ?」
詰問口調でそう言われても頷くわけにはいかない。
「永久は俺の事が好きじゃないのか?」
一転、悲しそうな口調で言われて、ますます困ってしまった。
視線を佐伯 音羽に向ける。そうして盛大に溜め息を吐いた。
「佐伯さん、ダメ」
「音羽」
言葉を続けようとしたのに佐伯のぴりっとした声に阻まれる。
名前で呼べ、という事だ。想いが届いたあの日、確かに名前で呼べと言われ、渋々了承したけれど、約3年の月日が流れてもなかなか慣れない。ついつい苗字で呼んでしまい、その度にこうやって訂正させるのだった。
「・・・音羽さん、兎に角ダメです」
溜め息と共に呟くと、佐伯の表情は満足感と寂しさが混ざりあった複雑なものになる。それに、少しだけスパイスのように苛立ちが含まれていた。
「永久はそんなに俺と一緒にいるのが嫌なのか?」
もう何度同じ言い合いをしてきただろう。
俺は今大学の四年生。つまり、もうすぐ卒業なのだ。そうして就職の時期・・・。
就職先は今のバイト先でBeach Sound。
その為に今アパートを探しているところであった。
「一緒に居たくない訳ではないんです。・・・そうじゃなくて・・・例えばですよ?一緒に住む、となったら音羽さんは俺から家賃とってくれないでしょ?」
覗き込むように佐伯の目を見て聞いてみる。
「当たり前だ。買ったマンションだぞ?お前から家賃をとるわけがない」
自信満々にそう言われて苦笑した。
「だから、ダメです」
意思を曲げるつもりは毛頭ない。
まだ何かを言おうとしている佐伯を横目に、話は終わりとばかりに座っているソファーから立ち上がった。
「お前のその意思を曲げない所は、長所でもあるが今の俺には苦々しいよ・・・」
背後で佐伯の嘆息交じりの声がしたのだった。
今日は日曜日で大学も休みだった為、俺は昼間からBeach Soundで仕事をしていた。
「因幡くん、これお願い」
昼間の店長である、美人で優しい如月の声で、俺は物思いから浮上する。
急いでシルバーのトレーに軽食のサンドイッチセットを乗せ、客席の間を縫うようにし目的地に到着した。
「お待たせ致しました。サンドイッチセットです」
そう言い、手早くテーブルにセットする。
その客は読んでいた単行本から目線を上げ軽く頭を下げると、サンドイッチを1つ摘み頬張った。俺は其れを見届けると、1つお辞儀をし如月のもとに戻る。如月はまってました、とばかりに笑みを広げ俺を手招きした。
「はい?」
笑顔がちょっと不気味で嫌な予感を覚えつつ、如月を見ると、その綺麗な顔が、子供の様に綻んでいた。
「音羽から聞いたよ。随分と嫌がっているみたいだね」
案に何を指して言っているのかわかった俺は苦笑する。佐伯と如月は学生の時分からの友人だ。話も筒抜けというものらしい。
俺は溜息を1つ吐き、如月の綺麗な顔を見詰めた。
「一緒に住むのが嫌なんではないんですよ?これからもずっと一緒に歩いて行きたいですし。・・・でも、だから余計に養ってもらうような事はしたくないんです。・・・俺間違ってますかね?」
存外に真剣に応えると、如月の顔が苦笑に変わった。
「それ、僕が責められてるみたいなんだけど?」
如月はオーナーの千葉と共に、彼の豪華なマンションに住んでいる。
俺は急いで首を振った。
「それが、全部悪い事だなんて思っている訳じゃないんですよ?!ただ俺には向いていないと思っているだけで・・・」
すみません、と小さく謝ると、如月はプっと吹き出す。肩を揺すりながら笑う如月に、俺も頬を緩ませた。
「うそうそ、そんな風には感じないよ。・・・ただ、音羽の気持ちも解って欲しいんだよね。大切な人を近くで見守りたい、甘やかしたいと思うのは男の性だからね」
それはそうかもしれないが、やっぱり自分には無理なのだ。
「それは解ってます。・・・でも、俺1度もお金を出させてもらった事、ないんです」
引っかかっている事を口にする。
佐伯は解らない、というように、ん?と言って小首を傾げた。その動きで彼のさらさらな髪が揺れる。
俺は其れを眺めながら、言葉を紡いだ。
「その、一緒に出かける時も、食事をする時も、俺に払わしてくれないんです。俺はまだ学生だから良いんだって言って、今まで一度も・・・」
そこで言葉を切る。如月の形の良い眉が困ったように下がった。
「因幡くんは、甘えるのは苦手?」
一瞬如月が何を言っているのか理解できない。素直にそれが表情に出てしまったのだろう、如月が苦笑した。
「ん~・・・、確かに金銭の問題ってちょっと厄介だよね。でも、音羽は君よりずっと年上だし、君を守りたいっていう思いは強いと思う。勿論、君も好きな人を守りたいって気持ちがあるのはわかってる。でもお金を払う事だけがそれに当てはまるわけじゃないと思うんだ。少しでも側にいて、相手が心休まるようにするのも、守っている事になるんじゃない?・・・だから音羽に守らせてやってくれない・・・?」
目から鱗だった。そういう考えもあるのだ、と思うと今まで頑なに同居を拒んでいたのが馬鹿らしくなってくる。
ちらりと如月を見ると、満面な笑顔が向けられていた。
「・・・前向きに考えてみます」
それでも直ぐには、はい、と言えない。俺は苦笑を浮かべ、そう言及するのにとどめたのだった。
『そんな事で悩んでるの~?』
携帯の向こうから呆れたような飯塚 慧の軽快な声がする。相変わらずだ、と苦笑が零れた。その向こうで、落ち着いた低い声が聞こえる。
『慧、因幡っちは真剣に悩んでるんだろ?しっかり聞いてやれよ』
柊 柾の声に慧は、うるさいなぁ~と毒づきながらも、何処か嬉しそうだ。
柊は以前びーちさうんどにいたが、今は別の店の店長を任せられている。慧も当然のようについていった。
『良いじゃないか、養われたって。僕も如月さんとおんなじ考えだよ。お金だけじゃないもんね。』
綺麗な慧の笑顔が脳裏にうかんだ。つられて俺の口角が上がる。
『勿論側に居たいし、守って貰いたいし、その逆も当然じゃないか。だから、永久もうじうじしないで決断しなよ』
以外に強い後押しのように感じる。
決断・・・。しても良いのかな?そんな事を思った。
けれど、やっぱりあんなに嫌がっていたから、なかなか同居をOKする事を言い出せない。
それに、今日は何時もと違っていた。
突然、新顔が居たのだ。何も聞いていなかった俺は戸惑う。
その子は今年20歳になったばかりだと言う。
茶色がかった髪は長めにカットされ、其れが顔を動かすたびにさらさらと揺れるのだ。
慧とは違う、綺麗な顔立ちの彼は 羽生 美桜とスタッフ全員の前で、その綺麗な顔立ちに負けない位綺麗な声で自己紹介をしたのだった。
勿論教育係、というものが任命されるのだが、佐伯は其れを俺に任命したのだった。
「永久。お前が面倒みろ」
そう一言言い、業務がスタートする。
無理だ。俺に人を育てる事なんてできない、と思うけれど、スタッフ達は各々の持ち場に散って行き、佐伯もフロアーから姿を消してしまった。そう言えば、昨夜オーナーの所に行くと言っていたのを思い出す。
ふ~・・・と息を吐きちらりと横を見ると美桜の綺麗な顔が、何やら不満げに歪んでいるのが見えた。
え?と思ったけれど、店はスタートしている。俺は自分に任された任務を遂行すべく引き攣らないように注意しながら笑顔を美桜に向けた。
「羽生くん、行きましょうか?」
しかし、反応がない。顔を向けると、少し低い所から綺麗な顔が鋭い視線を向けてきた。
え?
と思ったのも束の間、その顔が急に笑顔に変わる。
「大きなお世話。あんたに教わる気ないから」
笑顔のままそう言い放つと、フロアーに顔を向けそうして何時の間にか戻って来ていた佐伯の元へと小走りに近付きその逞しい腕に綺麗な手を這わせたのが見えた。
そうしてちらりとこちらに向けられた視線は、多分俺の見間違いではないはずだ。
これが俺の頭痛の種になるのだった。




