episode 8
居酒屋で席に着くと
圭司はまずネクタイを緩めてため息をついた。
思わずぼーっと見入ってしまった。
昔からこの仕草が好きだった。
堅苦しい上司が一気に緊張が解けて
彼氏の顔になるこの瞬間が好きだった。
顔に皺も増えてるし、何本か白髪も見えてるけれど
その仕草の魅力は、悔しいけれど全然変わらない。
「どうした?」
急に話しかけられ、我に返った。
「なんでもないよ。」
「おっさん臭いとか思ってるだろう。おしぼりで顔拭くとか。」
いや、ちょっと違うけれど・・・でも
何考えてたかなんて知られたくない。
「もう35だもんね。おっさんなのは仕方がないじゃん?」
「お前だって30だろ。」
ぐ・・・・そこはお互いさまだった。
2杯めの生ビールを注文して待っている時
圭司がふと話だした。
「やっと、今回の件の片がついてきたんだよねー。」
「・・ああ、賄賂の・・・」
「うん、やっと人間らしい生活が出来そう。」
ふふふっと、こっちを向いて微笑みを見せた。
「・・・人間らしくなかったんだ。」
「そだね、こっちに来てもうひと月位だけれど
一日も休みってなかったね。マジで疲れた。
会社泊ってた日も多かったし。」
ええええ??
思わず目を見開いて、圭司を見つめてしまった。
そんなに大変だったのは知らなかった。
そうか、私自身、4階の圭司の部屋を意識しないように
わざと目を向けないようにしてた・・・
「なんだ、知らなかった??」
「知らなかったわ。」
そう言われると、目の下はクマが出来ているし
ちょっと痩せたかなとか思う。
「大丈夫なの?そんな無理して・・・・。」
その時2杯目のビールが来た。
「大丈夫。この週末は休むつもりだし。」
大丈夫と言われても、疲れを表面に見せてるのに
気が付いてしまったら、なんだか・・・・
「ま、飲むべ。今日は!」
居酒屋を出て、マンションに帰ってきた。
いいと言うのに部屋の前まで送ってきた。
「じゃ、またな。」
そう言ってあっさり部屋に戻って行った。
なんだか拍子抜けた。
この間のキスの余韻が
忘れようとするたび蘇ってた。
そりゃそうだよね。
疲れてるんだろうな。
早く寝たいんだろう。
でもなんでこんな無性に淋しくなっちゃうんだろう。
本当ダメだ。
私は、ダメだ。
こんなに自分に言い聞かせてきたのに。
また、無防備な自分に戻ってしまった。
しばらく玄関にぼーっと立ったまま考え込んでいたけれど
深呼吸して、靴を脱いだ。
シャワーを浴びてテレビのスイッチを入れた。
まだ11時30分
寝るにもなんだか中途半端。
その時、携帯が鳴った。
だれ?番号だけが表示される。
登録されてる人じゃない。
おそるおそる、名前は名乗らず
「はい・・・」
そう出ると
「奈央、もう寝た??」
間違う訳がない。
圭司の声だった。