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episode 7

金曜日、午後7時を回ると、誰もオフィスにはいなくなった。

そこから一時間、時計は8時過ぎ。

うちの会社は定時は5時半。

ここ数年、定時に帰ったことなんかない。

家庭のある係長や課長のほうが、いつも早く帰宅する。

別にひがんでいるわけでなく、この数年

仕事に没頭して生きてきた。

理由なんか今更考える必要もない。

あの一言のせいではない、と信じたい。


お前はここで頑張れよ。


そうよ、あたしはここで頑張ってきたのよ。

べつにあの男に言われたせいではない。

ただただ仕事が面白くなって、生きがいになってただけだ。

毎日毎日、目の前の仕事を必死に消化してきただけだもの。

自分の時間なんて週末だけで十分。

来週の朝の会議の資料を仕上げてだいたいのめどがついた。

帰る前に一息つきたい。

首と肩を回しながら、給湯室に向かった。


オフィスのコーヒーはもう片づけてあるので

インスタントコーヒーを入れた。

思い切り甘くして、ミルク多めに

甘ったるいコーヒーで疲れを取る。

今日はもう金曜日だし。

明日は休みだし、疲れようがどうしようが

明日はゆっくりしたらいいだけ。

無理ばっかり言う客先にも

人の弱点ばかり探そうとする同僚にも会う必要がない

でも、それだけが人との接点なんて淋しいな、私。

親友は結婚して家庭があって、子供もいて。

毎日慌ただしいらしい。

そっちの幸せを邪魔するのは切ない。


ブラインドを開けて外を見てみると、窓の外は雨だった。

傘はあったよね、ロッカーに。

そう言えば、もう梅雨だったなあ。季節なんかどうでもいいくらい

毎日あっという間に過ぎる。

天気予報まで真剣に見る余裕なんかない。

7月に入ったら夏休みの大学生とか、町の中に溢れて

営業で町を歩くのも嫌になっちゃったり、って僻みだな。

自分だって大学生だった。圭司に初めて会ったのも大学生の頃だった。


私は大学3年で、両親を一度に無くして。

大学進学で家を出てたけれど、その後の事で社長である叔父叔母に

なにかとお世話になってた時期で、その日も用事があって

叔母を訪ねて家に行って、孝也のところに圭司が来ていた。

圭司はもう入社していて、私のような平凡な大学でなく

ご立派な大学を学部で首席卒業していて、エリートまっしぐら。

なにか話をしたんだけれど、もうあんまり覚えてないや・・・

「10年前のことなんか忘れるわよ。」

思わず声に出てしまった。

独り言言うなんて・・・疲れてるんだ。

ブラインドを閉めて、最後の一口のコーヒーを飲みほした。

「さて、コップ洗って帰ろうかな。」

くるり、と振り返ると、誰か立ってる!!!!

「!!!!!!!」

叫びかけて、必死に我慢した。


「お前、どんだけ気付かない訳ー?何分待ってると思うのよ。」

佐久田圭司!!!!

「ちょっと、なんでいきなり立ってるのよ!足音も立てないで!

 何分も、っていつからここにいるのよ!」

圭司は薄笑いを浮かべて言った。

「う~~~ん。10年前がどうとか言ってるところあたり?」


しまった!聞かれてる!!!


「10年前ってなに?」

突然覗きこむように私の顔を見てきた。

近い!近すぎる!

「ちょっと、離れてよ。なんでもない事よ。」

自然と顔が赤くなってる。でも、意識しないようにした。


ふと思い出した。

孝也の一言

 「あいつもずっととらわれたままだ。

 幻に取りつかれる苦しさはお前が一番わかってるだろう??」

・・・・・・・・・・


「なにぼーっとしてるんだよ。終わったんだろう。帰るぞ。」

すっと手を差し伸べてきた。

あまりに当たり前のように言われたからつい、

「うん・・・・・・じゃなくて!!!!」

思わず手を差し出そうとしちゃったじゃないのよ!!!


「終わったんだろう?帰るって言ってたじゃん。」

「いや、そうだけれど、何で一緒に帰んなきゃなんない訳?」

思わず冷静さを失ってそう言うと、

圭司はにんまり笑って


「家が一緒だから。」

「一緒じゃないわよ!!!!」


なんて答えてたくせに、何故か一緒に会社を出てしまった。

雨は止んでいたけれど。

アスファルトが雨に濡れた匂いが、胸に入ってきて

なんだか苦しくなってきた。

きっと匂いのせいだ。

ゆっくり並んで歩いた。

時々、タバコの匂いと、圭司のコロンの匂いとが

感じられる位近い。

なんだか鼻の奥がつんとした。


「飯くって帰ろうぜ。」

その優しい微笑みに、ただうなずくしか出来ない。

いつまで経っても、いくつになっても

こんなに立派な大人になっても。


そして私以上に、落ち着き払った圭司が

幻に取りつかれるなんて本当にあるんだろうか・・・・

ぼんやり、そう思いながら、さっき差し出された手を思い出して

一人で、心がドキドキした。

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