episode 35
店を出たのは午後10時。
そのまま車で少し遠回りして
夜景のきれいな公園に私たちは立ち寄った。
海沿いで、風は冷たいけれど
空気が澄んで、キラキラと夜景が煌めく。
色とりどりの明かりの下には
沢山の人たちが暮らしている証拠。
普段は私たちもあの夜景の一つなんだろう。
車を降りると結構風が強い。
「寒くないか?」
圭司はそっと私の手を取った。
「大丈夫、ちゃんと着込んできたから。」
ふふふ、と理由もなく笑みを交わして
手をつないで遊歩道をゆっくり歩いた。
「綺麗ね、部屋からとはまた違う。」
「たまにはいいな。」
「本当、家と会社の往復だけじゃ良く見えないよね。」
しばらく歩くと、見晴らしのいい高台に差し掛かった。
「いい眺めね。」
私たちは足をとめた。
「奈央。」
「なに?」
圭司は自分のダウンのポケットに私の手ごと手を入れた。
「あったかいね。」
そう言うと圭司は微笑んだ。
「何度も言わないから良く聞いておけ。
お前と離れた5年間、いつお前が他の奴に
持って行かれるんじゃないかって
後悔ばっかりしていた。
本社に来てもこそこそ逃げて行ってたよな。」
「あ、気付いてた?」
ちょっと恥ずかしくなってうつむいた。
「でも、追いかける資格はないと分かってたからな。
今回転勤の話が持ち上がった時
これはチャンスだって思ったんだ
身勝手だろう?」
ポケットで握り締めた私の手を更に強くぎゅっと掴んだ。
「一生かけて償うから。」
そう言って私の顔を覗き込んだ。
「必ず・・・一生よ。」
そう返事をした。
「あの5年が無かったら、私はいろいろ台無しにしてたと思う
仕事もここまで身を入れられたかわかんないし
ぐっと大人になれたと思う。
きっと無駄じゃなかったのよ、圭司。
あの頃、いつも大人で余裕のあなたに追いつきたくて
でも全然敵わなくて自信がなかったもの。」
ふふふと笑いながら圭司は呟いた
「大人になったか?」
「まだまだだけれどね。年は取ったのにね。」
そう言って笑った。
すれ違って間違ったかもしれない。
回り道だったのかも知れない。でも、間違いは正せばいい事。
私達は、やっと正しい道をスタートしたばかりなんだ。
「幸せになろうね。」
そう言って、繋いだ手を握り返した。
この日を一生忘れない。
「さあ、冷える前に帰ろうか。」
そう言ってまたゆっくり歩き出した。
いつまでもこんな幸せな気持ちでいよう。
もうこの手を離す日が来ませんように。
笑いあって生きていけますように。
そして、圭司と子供たちと
幸せな家庭を紡いでゆきたい。