episode 34
スーツがキツくてどうにもならなくなった10月。
私は最後の出勤をした。
あとは有給が残っていたので、今年一杯で退職扱いになった。
仕事上、名前はそのまま名乗りたいのもあって、
入籍を延ばしていたけれど、10月21日、
圭司の誕生日に合わせて入籍することにした。
仕事で遅い圭司と、区役所で落ち合って、
時間外受付で受け取ってもらうことにした。
朝から圭司は普通どおりに出勤した。
私と言えば、その日は昼間に、病院の検診に出掛けた。
今日は区役所の後、圭司の誕生日のお祝いと入籍記念に
ご飯を食べに行く予定だから
誕生日のプレゼントと一緒に渡したくて、超音波写真を戴いてきた。
これ見たら間違いなく驚くよね。
全然見せてなかったもの。この日まで隠していたおいたんだもの。
家に帰る途中に、雑貨屋で、写真立てを買って、超音波写真を入れた。
箱に戻してラッピングをして
とてもワクワクする気持ちを押さえながらリボンをかけた。
そこまで終われば、あとは出掛ける時間まで待つだけ。
昼間家にいるのは、なんだか落ち着かない。
なんだか働いている圭司にも申し訳ない気がして、のんびり出来ない。
テレビをつけてもワイドショーぐらいしかないし。
今夜は外でご飯を食べるから、買い物も夕飯の下準備もないし
もう一度、区役所に出す書類を全てチェックしてみたり、
妊婦雑誌を読んでみたり。
なんだか落ち着かないうちに夕方になった。
打ち合わせどおり、圭司の仕事終わったよ、の電話に合わせて家を出て、区役所に向かう。
今日は車で出勤してた圭司は、もう駐車場に着いていた。
なんだか圭司、疲れて見える。
車から降りてきた圭司の前に立ったとき
「お疲れ様、疲れたでしょう?」
思わずそう言うと、圭司は
「ただいま」
そう言いながら、頬にキスをした。
ちょっとドキドキしていたら、
「さあ、行くぞ。」
そう言いながら、私の肩を抱いて歩き始めた。
時間外受付に書類を渡し、入籍は呆気なく終わった。
「さ、メシ食いに行こうか?
佐久田奈央さん。」
そうご機嫌な顔で、車のドアを開けた。
「乗りにくくないか?」
4WDで車高があるので、気をつけて乗る。
「まだ、そんなに不自由してないわよ。」
そう言うと、私のお腹をじろじろ見ながら。
「なんかここ数日で、奈央のお腹、一気に出た気がする。」
そんなたった数日で変わらないでしょ。
「太ったって言いたいの?」
軽く睨むと、笑いながら車を出した。
食事は和食にした。
個室でゆっくり出来るし、
私の好きな豆腐と湯葉の美味しいお店。
夜は冷え込むようになって来たので、鍋から上がる湯気が嬉しい。
二人でゆっくり食事を楽しんだ。
仲居さんが、お茶をお持ちしますね、と
茶碗を下げてくれたので
プレゼントを渡そうと、脇に置いていた紙袋を手に取った。
「圭司、誕生日おめでとう。
まずこれがひとつめね。」
そう言って、時計店のロゴの入った紙袋を差し出した。
「入籍の記念日でもあるから、
特別にね。私から。」
ちょっと値段はしたけど、記念日だから。
時計はいつも付けるもの。結婚の記念品として
選ぶのにすごく悩んだ。
箱を開けて、圭司は
「ありがとう、誕生日だって祝ってもらうの久しぶりだし、
まさか入籍まで出来るとはね
一年前には考えられないことだよ」
そう言いながら、はめていた時計を外し
箱から出した時計をはめてくれた。
「うん、ちょうどいい。ありがとう。」
「私だってこんな展開予想もしてなかったわ。」
そう答えながら、もう1つの紙袋を差し出した。
そこに仲居さんが、食後のお茶を運んで来てくれた。
お茶うけに、美味しそうなイモ羊羮。
「美味しそうな羊羮ですね。」
思わずそう声をかけると、仲居さんはにっこりほほ笑んで。
「どうぞ、ごゆっくり。」
そう言って仲居さんが部屋を出て行った。
圭司を見ると、包みを開けて
写真立てに釘付けになっている。
私は吹き出してしまいそうになった。
「これが今日の一番のサプライズでしょ?」
そうわざとらしく冷静に言うと。圭司は顔を上げて、小さな声で
「これって、奈央。」
「ごめんね、黙ってて。
言うと仕事に行くのに余計に心配かけそうだし、
今日まで黙って驚いてもらおうと思って。」
「この写真。てことは。」
「そうなの、実は双子なの。
一気に2人の子供のパパよ。」
超音波の写真は、ちょうどいいアングルで
赤ちゃん2人がはっきり写っていた。
いつも余裕綽々で、私はとても圭司には敵わない。
驚いている顔を見るのは滅多にないこと。
思わず優越感を感じながら私は言った。
「気分はどう?圭司。」
テーブル越しに、覗き込むように圭司を見ると、
圭司は、笑みを浮かべ私の左手を引きよせた。。
そして私の、手の甲に唇を付けた。
「悪くないね。」
そう呟いて、自分の頬に私の手を当てた。
「私もよ。」
そう答えた私の心は、とても温かい気持ちだった。
こんなに幸せになれると思ってなかった。
結婚して幸せなんて思えるなんて。