Episode 3
翌朝出勤すると佐久田圭司はすでに出勤していた。
この調子で帰宅時間もずらせば
会うことも少ないはず、仕事以外は。
それもフロアは違うし、何より
役職が違いすぎる。
ま、その辺は気にしない気にしない。
と思ってたのに10時にはすでに、うちのオフィスに現れた
課長と何やら話をしていた。
気づかない振りをして、仕事の電話をかけた。
電話を15分ほどかけて切ると、20歳の奈津美ちゃんが横に立ってた
「すみません、高岸さん、電話が終わったら来てほしいと課長から伝言です。」
課長席を見ると、パソコンを2人で見つめ
2人で話しこんでる
冷静、冷静に。私は課長席に向かった
なんだか喉の奥がからからしてきた。
「お呼びですか?」
喉の渇きを感づかれないように。そっと声をかけた
課長と奴と一緒に顔を向けてきた
「ああ、待ってたよ。この紙に書いてあるファイルをさがしているんだが。
検索かけても見つからないんだ。」
紙を渡され、ああと思った
部長のファイルの中にあるべきものだ
消して行ったんだろう。うわ、複雑な気分。
「ちょっと探しますね。」
一番近いネットワークのパソコンに座った。
共有ファイルに入るとやはり消えてる。
「ないですね、バックアップを探してみます。」
たぶん、消したんだろう。でも、
部長だったらバックアップまで消すとは思えない。
そこまで用意周到に出来ないでしょう。
正解、半月前だけれどバックアップ発見。
その時パソコンの前に人影を感じた。
課長だと思って、顔も見ずに話し始めた。
「半月前のバックアップです。
それなりのところに頼めば、
消したのも再現出来るはずだけれど・・・。」
顔を上げたら、課長じゃなかった。
「あ、佐久田・・さんでしたか。」
「やるねえ、高岸君。」
奴のその表情にさらに複雑気分。
「コンピュータ、前から得意だったもんなあ。」
「そんな難しい事やってませんよ。」
「ありがとう、助かった。」
「半月前のよ、いいの?」
「俺のファイルに送っておいて。たぶん十分だよ。」
「はい・・・」
奴はおもむろに机の上のメモを取った
さらさら、と何か書いて
「これも頼むよ。」と手渡し、そのまま
じゃ、と手だけ挙げて部屋を出て行った。
メモを見ると。
成長したじゃーん!
は?なにこれ??
本当人の事バカにして。
周りの人がいなかったら絶対丸めて投げてた。
そのメモは小さく折りたたんで手帳に挟んだ。
家に帰ったら捨ててやる。
そのまま気持ち悪いくらいに静かに日々が過ぎた。
通勤電車で会うこともない、マンションでも気配もない。
仕事で絡むこともない。たまにちょっと見かけるだけ。
なのに集中力を乱されるのは何ででしょうな。
だいたい5年前、突然別れを切り出したのは向こうだ。
付き合い始めたのは大学卒業して、新卒として入社して
この支社に配属されて
当時、主任になったばかりの奴が上司になった。
実は伯父の家で会ったことがあったので
お互い、社長の親族だというのを隠してた
共通の秘密があったからか、仲良くなって
3ヶ月くらいで付き合い始めて・・
奴は女にもてて、いつも誘いがあって
付き合ってるのも隠してたから
誰と付き合ってるだの、誰が狙ってるだの
噂は入り放題入ってきて、なんだか
かなり精神的に振り回されて、
それでも、それでもたぶん好きだったから、
いい感じで付き合ってきたのに、ある日
「俺、本社行くんだ、お前はここで頑張ってろ。」
なんて愛のかけらもない一言で終わったっけ。
そうだ、愛なんて感じたことあったっけ?
言いたいこと遠慮なく言うし、人の欠点を
そこまで言うかってくらい言うし
ロマンのかけらもないし、
仕事が優先だったし、何より
愛してるって言わなくなって
ああ、その頃から便利な女だったのかなって
そんな風に思って落ち込んだっけ
でも、私は付き合った人他にいなくて
好きで仕方なかったのに、
そんなバッサリ切られて
本当身も心もずたずたってこういうことだなって
そんなに悩んで、夢に見て泣いて
心の奥から必死に追いだし続けたのに
こんなにやすやすと人の心にまた入ってくる
本当許せない。
こんな図々しい人他に知らない・・・
「た・・・・高岸・・・・」
ふっと我に返ると、係長が顔をひきつらせてる
「え?何???」
「あのさ、眉間の皺、跡がつくぞ
何があったか知らんが、すごい形相だぞ。」
思わず慌てて眉間に指をあてる
「リラックスリラックス~~~」
ああ、顔に出てるなんて・・・・
怒りをキーボードにぶつけてたらしく
おかげで入力が異常に速くはなってたけれどさ・・
言われてみれば微妙な空気・・
私、怒ってるって思われてるな、やっぱり。
それもこれも佐久田圭司のせいだ。